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第87話 影の国、ドリュアス

「ジーンからの情報によると、この辺りだったな」


 それから数日後。


 制圧を目的とした魔族の部隊が、密林のある場所に向けて真っ直ぐ進んでいた。


 その高性能な治癒効果を持つ薬で、人間国を裏で支えているドリュアスという国を亡ぼす為に。


「いくら高度な結界で姿を隠そうと、既に場所が解っているなら、どうとでもなる」


 研一……というよりも、ほとんどサーラの手で壊滅させられてしまったジーンの部隊だが、そもそもジーンの部隊は隊長であるジーンを含めて、戦闘を主軸にしている訳ではない。


 ドリュアスを探る為の斥候や情報収集を目的とした部隊であり、倒されこそしたが念話を持つ魔族が多く所属しており――


 ドリュアスの拠点の場所はおろか、サーラの戦いの記憶すら、映像として全て魔族に念話で伝えられていた。


「あの炎使いの人間は、話によると別の国の党首らしいですね」


「ああ。おそらくドリュアスの党首も似たような強さを持っているだろう。正面からぶつかり合えば二人居ても負けはせんだろうが、ここは相手の陣地。いくら多少の情報収集が出来たところで、地の利は向こうにあるからな」


 魔族の部隊がすぐにでもドリュアスの制圧に動き出さなかった理由は、部隊を用意して向かわせるまでに時間が必要だったというよりも――


 サーラとテレレの二人を、同時に相手取るのを避けたかったというのが要因であった。


「さすがにいくら陣地がバレてしまったとはいえ、他所の党首が四六時中、張り付いて防衛をする訳にもいくまい。近い内に攻め落とせるだろうよ」


 一度、ジーン達を撃退しているし、日付けだって空けた。


 おまけに救世主がドリュアスに滞在しているという事を知った魔族が、今度こそサラマンドラ国を滅ぼすべく、近く攻め込むという嘘情報も流してある。


 今ならばサーラも居らず、制圧するのは容易だと、今回の襲撃を任された魔族の部隊長は感じていた。


「解ってるな? 我々は偵察部隊ではない。仮にあの炎使いの人間が居たとしても、恐れずに最後まで戦うのだ」


「解かってますって。あの忌々しいドリュアスの薬とやらの供給を絶てれば、魔族の未来は決まったようなもんですからね」


 その上で、仮にサーラが居たとしても最後の一兵になってまで戦う覚悟を持っていた。


 倒した筈の人間がドリュアスの薬の復活して、魔族が苦汁を舐めさせられた事は、魔族史に残る大きな戦いでも一度や二度ではなく――


 この作戦が成功するかどうかで、未来が大きく変わると思っていたからだ。


「問題は、救世主とかいう男だな……」


「そうですね……」


 その覚悟を持っている以上、本当ならば拠点の場所が解かった時点でドリュアスに攻め込みたかったのだが――


「あの武闘派で知られていたジュウザ達の部隊を一人で蹴散らしたそうだからな……」


「はい。ぶつかった時点で無駄死にですからね」


 サーラ以上に魔族が恐れたのは、救世主と呼ばれる者の存在だった。


 情報通りならば、マトモにやれば無駄に兵を消耗するだけで戦いにすらならないだろうし、救世主がドリュアスから居なくなったという情報を得るまで、動けなかったのだ。


「ここか。なるほど、凄まじい結界だな……」


 ようやく目的地の場所に辿り着いた部隊長は、感嘆の声を漏らすしかなかった。 


 どう見ても木々や草が生い茂っているだけの、密林の一角。


 言われなければ、ここに人間が住んでいるなんて夢にも思わないくらい、人間が住んでいるような気配なんて微塵もない。


(その癖して、虫や動物の気配は普通に感じられる)


 隠蔽に拘るあまり、逆に何の気配も無さ過ぎて怪しい場所も存在するが、ここはあまりにも自然過ぎて。


 事前に聞かされていて尚、本当にここに結界があるのかと疑ってしまう程であった。


(なるほどな。これだけの魔法が使えるならば、下手な軍事力を持っているより、遥かに防衛力がある……)


 さすがに噂に名高き、影の国ドリュアス。


 けれど、それもここまでだと言わんばかりに魔族の部隊長は己の拳に魔力を込めると――


「さらばだ! その歴史に終止符を打たせてもらう!」


 腕を振るって魔力を解放する。


 長大な風の刃が放たれ、目の前の結界を破壊する。


「は?」


 かに思われたが、部隊長の目に映った光景は、全く想像のしていないものだった。


「ど、ドリュアス国はどこだ!?」


 正面にあった木や草花が、風の刃に巻き込まれて次々と切り裂かれていくだけ。


 結界に隠された景色なんて、どこにもない。


 そこにあるのは、ただ木が生い茂っているだけの密林でしかなかった。


「ば、馬鹿な! 確かにジーンの部隊から送られてきた座標は、この位置だぞ!?」


 無論、その座標が間違っている訳ではない。


 確かに数日前まで、ここにはテレレ達を含んだドリュアスの民が暮らしていた。


 だが――


 この仕掛けこそ、ドリュアスを今まで存続させ続けてきた、ドリュアス国党首だけに代々伝えられてきた最後の秘策であった。


「何故影も形もない! 本当にドリュアスは影で出来た掴みどころのない国だとでも!?」


 部隊長が混乱のあまりに叫び出すが、別にそんな難しい話ではない。


 種は至って単純。


 単にテントを持って、密林内の別の場所に引っ越したのだ。


 そもそもドリュアスの民が少なく、わざわざテントなんていう防衛力の欠片もない上に不便な住処を利用している理由こそ。


 拠点の場所がバレた時に、簡単に移動する為なのだから。


「まさか、巨大な転移陣でも仕掛けてあったのか?」


 だが、国が。


 それも人間国を裏で支え続けている程の影響を持つ、ある意味では大国とも言っても過言でもない国が、そんな簡単に移動出来る訳がないという思い込みが、ドンドン思考を答えから遠ざける。


 そもそもこの絡繰りを知っている人間自体、ほとんど居らず。


 テレレの代になってからは、初めて使われた作戦だ。


 ――何度も使ってバレてしまえば、意味がなくなるからだ。


 本当の最後の最後まで隠しておくからこそ秘策であり、いざという時に生きてくるのだ。


「くっ、撤退するぞ! もしこれが何らかの罠なら、一網打尽になり兼ねん!」


 そして、そんな大国が数日で消え失せるなんて大規模な行動をした以上、魔族の動きは読まれていたと部隊長が想像するのも、仕方ない事だろう。


 結局、魔族はドリュアス国の底知れなさを思い知らされるだけに終わり――


 ドリュアスの党首であるテレレの名は、畏怖と共に稀代の策略家として、更に轟いたのであった。


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