第86話 乙女の心は複雑で
(君は優しくあっても、甘い訳ではないんだね)
かつて、テレレは研一に問い掛けた。
自分の譲れないモノを捨ててでも、自分の隣に立って一緒に国を守ってくれるのか、と。
(ふふ、今は逆の立場だね)
今度は研一が問い掛けてきているのだ。
この場所を捨てて、自分達と一緒に悪人の振りをして生きていく気はあるのか。
俺の旅に同行するというのは、そういう事だと。
――それらを理解した上で、一緒に来て欲しいのだろう。
(少し前の私なら迷って、きっと決められなかった……)
研一という友達と過ごしたいなんて甘い夢だけ見ていた女には、研一と共に悪人と誤解され生きてく事も。
こんなにも自分の事を想ってくれている、ドリュアスの民も見捨てられなかっただろう。
けれど、少し前のテレレと今のテレレの間には、明確に変わっていた事があった。
(男女間に友情は成立しないって、こういう事だったのね……)
もう研一の傍で、楽しく過ごしたいなんて甘い気持ちだけで満足出来そうになかった。
その優しさを独り占め出来るなら。
身体くらい差し出していいし、上げられるモノなら何だって上げたい。
研一という人間の優しさを、全部自分に向けてしまいたいという気持ちが、身体中から溢れ出してしまいそうで――
(私自身で選べって言うなら、もう答えなんて決まってる……)
テレレは零れだしそうな気持ちに、今だけ蓋をして。
党首としての仮面を必死で顔に貼り付けて、大きく息を吸う。
ここまでは全て、研一がお膳立てしてくれた。
ここからはドリュアスの党首であり、研一を愛してしまった女の子の舞台だと。
「双方止まって!」
まずはテレレの事だというのに、本人そっちのけで暴れ回っている研一とドリュアスの民を鎮めるべく動き出す。
何度研一に吹き飛ばされても、ドリュアスの民がゾンビみたいに這い上がり纏わり続けているような状況では、落ち着いて話も出来ないからだ。
「皆、気持ちは有難い。けど、それで研一の気分を害したら、私が何の為に彼の相手をしたのか解からなくなるでしょう?」
最初の大声で注目を集めて動きを止めつつ。
これ以上暴れられては逆に困ると、テレレは理詰めで周囲を大人しくさせていく。
「研一。私はこれでも、貴方を評価しているの」
「ほう?」
当の本人に自分の頑張りを無駄にするなと言われれば、ドリュアス国の民もさすがに暴れ続けられないし。
そもそも研一達はテレレの選択を待っていただけだから、ドリュアスの民が大人しくなった以上、暴れる理由もなく、静かにテレレの言葉を聞く態勢に入る。
「確かに貴方は私を脅して手籠めにしたわ。それでも、約束を守って食糧が必要な時は魔物を狩ってくれたし、魔族の大将も討ち取ってくれた」
「当然だろ? 俺様は紳士だからな。これで約束は守るんだよ」
テレレの言葉に、研一は頑張って悪人の演技を保ったまま、合わせていく。
民を人質に取って無理やり襲ったという設定で紳士も何もないと思いはするが、テレレが評価していたという流れを作ってきた以上――
そのパスを受け止めた会話を作るべきだと思ったから。
「それなのに貴方は最後の最後で約束を破った。皆に心配掛けないように、私が望んで貴方の相手をしているって事にして。貴方は面白いからいいって答えたわよね?」
「あー……。そうなるな。わりぃわりぃ、もうどうせ先もない国だしいいかと思ったが、確認くらい必要だわな。うっかりしてたぜ」
確かにテレレの言うとおり。
設定上では、そういう事になっている筈だが――
(やっぱり、ドリュアスは捨てるんだな)
ドリュアスに残るなら、研一を完全な悪者に仕立てあげた方が遥かに過ごしやすくなるだろう。
それなのに、こんな事を言い出すなら、研一達と旅に出る選択をしたと判断する。
けれど――
「それなら契約違反に新しい報酬を追加させてもらえない? 私の初めても、私の身体も。十分に楽しんだくせに、契約違反されて黙ってられる程、安いモノじゃないつもりなの」
テレレは研一の予想に反して。
これからも自分はドリュアスの党首だと言わんばかりの態度で、その報酬を提案してきた。
「もし何かまたドリュアスが困ったら、一度は助けに来る事。無理だって言うなら、他の国の党首達に救世主は約束を好き放題に踏み倒す男だから、どんな約束もするなって次の会議で伝える」
テレレは研一と共に行く道を選ばない。
それは植物を操るドリュアスの魔法しか使えない自分では、外に出てしまえば足手纏いになるという想いに加えて。
それならば研一の為に裏で補助する為に連絡を取り合える体制を作った方がいいという打算的な考え方もあったのだが――
一番の理由は別にあった。
(だって、研一とずっと一緒に居たら、きっと私の心臓なんか、すぐに破裂しちゃう……)
党首の仮面を被ってなかったら、好き過ぎて顔すらマトモに見れなくなっていた。
この状態でずっと一緒に過ごしていくなんて、テレレにはどうしたって出来なかったのだ。
「正気か? もうこんな国、先なんて長くねえだろ?」
けれど、研一にはそんな事は解からない。
最後に本当にそれでいいのかという最終確認の言葉だけを送って――
「私を、私達を甘く見ないで。滅びるどころか、今以上に繁栄して見せる」
その言葉にテレレが頷いた事で、それで決めた。
テレレが残りたいなら、これ以上は何も言うまい、と。
「はっ、さすが策略家で知られるドリュアス国の党首様だぜ。転んでもタダでは起きねえって事かよ。負けたぜ。一回だけは必ず助けに来てやるよ」
そして、ただテレレに全てを知った上で選んでほしくて始めた、長い長い茶番劇を終わらせる。
サラマンドラ国の党首ですら敵わなかった、絶大な力を持つ救世主。
そんな男すら手玉に取ったドリュアス国の党首、という結末で。
「ったく、残念だぜ。お前みたいに良い女は絶対に連れて行きたかったのによ」
最後に研一はそれだけ告げると――
(うわあ、コイツ。絶対テレレ様の気持ちに一切気付いてない……)
二人の会話の邪魔をしないよう、黙り込んでいたロザリーを抱き上げて。
身体能力に物を言わせて大きく跳躍し、ドリュアス国から離れる。
こうして、研一のテレレと過ごす日々は終わった。
(……えへへ、良い女だって)
ドリュアスの党首という生き方以外知らなかった女に。
恋という新しい道を示して。
そして――
(良い話ですけど、何か私の時と違い過ぎませんか!?)
邪魔しないように気絶した振りを続けて、いつ起きればいいか解からず目を瞑ったままのサーラに。
感動と怒りでぐちゃぐちゃになった心だけを刻み込み。
Web版では、ここから通常エンドになります。
正規エンドは書籍化した時に読める事でも期待していてくれると嬉しいです。
解かり易く言うとマニュアルちゃん生存エンドだったのですが、諸事情で、Web版ではこちらを投稿させて頂きました。




