第81話 疲れ果てて
「ごめんなさい……」
ゲスタブが完全に息絶えたのを確認して、テレレが真っ先に取った行動は研一へと謝る事であった。
「その、本心じゃないの。そんな『もし』が起こらなくてよかったなんて……」
それは別にゲスタブに生きててほしかったとか、ゲスタブと結ばれたかったとか、そういう話では断じてない。
ゲスタブが死んだ事には、ようやく死んでくれたという昏い喜びのようなモノを感じていただろう。
「それでも言わずには居られなかった。少しでも、この男が苦しんで死んでほしくて、言葉が止められなかったの」
だが、それだけでは気が済まなかったのだ。
希望も何もかも、根こそぎ奪い取った果てに、絶望に呑まれて死んでほしいという気持ちが抑えられなかったんだ。
「あんなヤツのせいで、あの子が居なくなってしまったなんて、どうしても許せなかった……」
本音を言えば、ゲスタブが生きて逃げおおせてもよかった。
自分とゲスタブが結ばれて、ドリュアスがゲスタブの物になってたってよかったのだ。
それくらいの事でマニュアルちゃんが生きていてくれるなら。
些細過ぎて、どうでもよかったから。
「大丈夫、解かるから」
研一だってテレレの気持ちは、痛い程に解かっているのだ。
テレレが止めていなければ、それこそ死んでいようが、ゲスタブへの攻撃を続けていただろう。
「というか、俺の方がごめん。実はアイツを踏み潰してやろうとしたところを止められた時、実は少しだけイラ付いてた。こんな奴に情けなんて掛けるな。もっと苦しませるべきだろうって思ってさ」
「ごめんなさい。怒りのぶつけどころを奪ってしまって……」
「いや、そこは大丈夫。むしろ踏み潰して一思いに殺してしまっていたより、ずっとずっと心は晴れた気がする」
「そう……」
復讐は何も生まないなんて言葉があるが、そんな事はないだろう。
泣き寝入りするしかないよりは、遥かに怒りや悲しみを癒してくれるし――
百歩譲ってに何も生まないなら、その方がよっぽどマシだ。
好き勝手やった果てに悪党が許されるだけなら、反省なんてする事も無く、ただ新しい被害者を生むだけでしかないのだから。
「ねえ、研一」
それでも深い悲しみに言葉を発する事も、この場を離れる事も億劫で。
ただ立ち尽くしてしまっている研一に、テレレは意を決して声を掛ける。
「私を君の戦いに、一緒に連れて行ってくれない?」
それはドリュアスの党首という立場を捨て。
研一と共に居たいという言葉であった。
「マニュアルちゃんの代わりにって言うなら――」
テレレがどれだけドリュアスの為に身を粉にする思いでドリュアスに尽くしてきたか、想像だけで解かった気になる事さえ烏滸がましい話。
それでもドリュアスを捨て、自分に着いてきたいなんてマニュアルちゃんを失わせてしまった事への罪悪感と責任感でしかない。
そう思い、断ろうとする研一であったが――
「そういう気持ちが全くないって言えば嘘になる。けどね、本当にそれだけじゃないの」
テレレは真っ直ぐに研一を見詰め返して。
酷く寂しげに笑って語り始める。
「私ってね、魂が見えちゃうじゃない? でもね、だからこそ、その事で贔屓とかしないよう、掟に従って人を評価するように心掛けていたわ」
いくら魂が見えるからって、それで党首であるテレレが自分の裁量だけで人を評価してしまえば、それはただの依怙贔屓にしか映らず――
そう遠くない内に、民はテレレに媚び気に入られようとするだけに、なっていくだろう。
「頑張って働いて結果を出した人には褒賞を与えて、サボったり掟を破ったりする人には罰を与える。そうやって自分を殺して掟を守ってさえいれば、国は回っていってくれるんだって信じてね」
だから掟を守り、掟に則って人に接してきた。
少なくとも、そうしていれば何かあって人を罰する事になっても――
テレレに嫌われているから不遇な目に遭っているなんて思わず、掟を破った自分が悪いんだからと考えられると思っていた。
「けど、そんな私からすれば当たり前の考え方をしてくれる人ばかりじゃないのよね……」
働きたい奴にだけ働かせておけばいい。
俺は楽して好き勝手遊んでいたいだけなのに、小うるさい事ばっか言って鬱陶しいなんて思う人間も多く居て――
「自分達が生かされているのが当たり前だと思い込んで、生きる努力さえマトモに出来ない癖に、他人以上を求め続けるどうしようもない人達」
そういう自分だけ楽したい女は結託してゲスタブを誑かしてテレレを追い落とそうとし、結局は返り討ちにして殺す羽目になったし。
何もせず成果だけ欲しがる男達は、魔族にドリュアスを売り渡した果てに、喰われて死んでいった。
勿論、普通の人も居る。
当たり前の事を当たり前に思い、こなせる人間だってドリュアスには残っている。
むしろ、碌でもない連中は今回の事で大体死んでしまったと言っていいだろうが――
「もうね、疲れちゃった。そこまでして私が頑張る意味なんて、ここにあると思えない」
それでも今回の件は、本当にテレレには堪えた。
結局こんな事にしかならないなら、掟なんて真面目に守ろうとせず――
濁ってどうしようもない魂を持った人間を、最初から殺しておけば手っとり早かったとしか思えなくなってしまう程に。
「頑張っても、こうやって裏切られるだけならさ。君と一緒に居たい。もう私には、ううん、最初から私にとってドリュアスなんて重荷以外の何の意味もなかった」
そして、今は真面目に頑張っている他の民だって、どうせいつかは自分に不満を持って裏切っていくとしか思えない。
それならば、ドリュアスの党首なんて立場は全て捨て去って。
一人の人間になって、研一の友達として傍に居たかった。
「ねえ、ゲスタブから助けてくれた時に言ってた言葉に縋ってもいい? 国の未来なんかより私の方だ大事だって。攫ってもいいって。その言葉は今でも有効?」
テレレの呟きが、弱々しく響いて消えていく。
もうそこに研一を揶揄い、手玉に取る余裕なんて見当たらなくて。
ただ疲れ果てた少女だけが、そこに居た。
「……ああ。テレレがこれだけ頑張っているのに、守ろうともしない連中なんて、どうなってもいいさ」
研一は、迷いなくテレレの言葉に頷く。
あの時の言葉に嘘はなく、今もその気持ちは変わっていなかったから。
「嬉しい」
研一の魂に揺らぎはなく、その場凌ぎのお為ごかしではない。
いつもは見たくもない事ばかり見せるこの能力に、テレレは初めて心の底から感謝すると共に微笑んだのであった。




