第80話 何者にもなれない者の末路
「またかよっ! てめぇは、いつもいつも肝心な場所で邪魔しに来やがって!」
不機嫌さを隠さないゲスタブの叫びが周囲に響き渡っているが、研一の耳には、まるでテレビの向こう側の音声のようにしか聞こえなかった。
ゲスタブへの怒りや憎しみを抱けるほど、今の研一の心に力がなかった。
(俺はまた、間違えたのか……)
マニュアルちゃんが救世の装飾具と呼ばれ防具や装飾品だった時代、どれだけ遠くに居ても所有者の死を感じられたように。
その逆の現象が研一に起きていた。
(はっきりと、これだけは解かってしまう。もうマニュアルちゃんは、どこにも居ないんだって……)
スキルが消えた訳ではない。
その証拠にこの世から居なくなってしまいたい程の自己嫌悪で、身体は何よりも強化されている。
ただ、マニュアルちゃんという存在だけが消えてしまっていた。
「そもそもてめぇが現れたのが全部悪いんだろうが。てめぇが現れなきゃテレレは俺の物で、ドリュアスだって好き放題出来た! 魔族にドリュアスの情報を売るなんて危ねえ橋を渡る羽目にも、腹に穴を空けられるような事だってなかったんだよ!」
傷心で何も考えたくない研一の気持ちなんてお構いなしに。
ゲスタブが好き放題に喚き続ける。
「何もかも順調だった俺様の人生設計を無茶苦茶にしやがったんだ! 仕返しにてめぇの仲間達を無茶苦茶にする権利くらいあるだろうが!」
「うるさい……」
何を言っているかなんて、どうでもよかった。
ただ耳障りな声をこれ以上聞いているのが鬱陶しくて、研一が虫でも払うように腕を振る。
「ぐはっ!」
それだけでゲスタブが勢いよく地面に叩き付けられ、這い蹲るが――
研一は目を向ける事もしない。
どうすれば、この悲劇を防げたのかという後悔だけが次々に溢れてくる。
(俺の事なんて放っておいてもらって、テレレやサーラに薬の材料を取りに行ってもらうべきだったのか?)
確かに、それならば今回の悲劇は防げただろう。
だが、研一は動けない程のダメージを負っていた研一に治療は必要だったろうし、治療に手一杯でテレレは戦えるような状態じゃなかった。
この二人をほとんど無防備な状態になる事を承知で、サーラを使い走りに動かすなんて現実的ではないし――
それじゃあドリュアスの別の誰かに材料を取っていってもらえば、単に別の誰かが犠牲になっていただけ。
「ゲホッ!」
そこで咳き込むような音が研一の耳に響いて、ゲスタブに目を向ける。
先程研一に地面に叩き付けられた時に、内臓でも負傷したのか。
苦しそうに血を吐いていた。
(ああ、そうか)
テレレにゲスタブを追い出した方がいいんじゃないか、なんて提案するくらいなら。
あの時に研一自身の手で追い出すなり、殺すなりしておけばよかったのだ。
女を襲おうとした事なんて一度や二度じゃないという話だし、本当ならとっくに追い出されるなり処刑されていたような男。
そんな人間を魔族相手に仲間を売る時まで、生かし続けた事がそもそもの間違いだったのだ。
(そうだよな。生きているだけで他人に害しか与えられない人間なんて、世界が変わろうがどこにでも居る)
誰にでも生きる権利があるだとか。
人は反省してやり直せる生き物だから許す事が大事なんてのは、奪われた事がない人間の綺麗事でしかないと研一は思う。
ただ生きているだけで他人に迷惑を掛ける害しかない人間。
それは確かに存在するのだと。
(というか、何でさっきので死んでないんだ?)
今の研一の力なら、魔物や魔族なんて消し飛ばさずに済ませる方が難しい筈。
それなのに、どうしてこんなゴミに限って耐えるんだと研一が苛立ったところで――
『元は魔王のスキルでも今は救世主に付与されているので、人間への殺傷力は抑えられます』
やけに乾いた、機械音声のような声が頭に響いた。
声質だけはマニュアルちゃんに似ていたが、それが逆に感情のなさを浮き彫りにし、研一の心を掻き毟る。
(抑えられている、ね……)
つまりは殺せないという訳では、ないのか。
それならば死ぬまで攻撃を続ければばいいだけ。
苦しみが増える分だけ、却って都合がいいとばかりに研一が地面に這い蹲るゲスタブを踏み付けようとしたところで――
「その必要はないわ」
研一と共にやってきていたが、ロザリーの救助等をしていたテレレが用事を済ませて研一の傍に立ち、静かに研一の拳に触れる。
「?」
どうして止めるんだろうと心底、意味が解らないとばかりに首を傾げる研一であったが――
「やっぱりテレレだぜ! 例えドリュアスを売り渡して、魔族に寝返っても、愛する俺の事だけは特別だって事だな!?」
ここで研一を止める理由なんて一つしかないとばかりに、ゲスタブが歓喜の声を上げた。
テレレに抱き着く為に立ち上がろうとする。
けれど――
「もうすぐ死ぬ人間に、無駄に手を汚す必要なんてない」
テレレの冷めた声に力でもあるように、ゲスタブが足をもつれさせ、倒れた。
気を取り直したように再び立ち上がろうとするが、今度は身体を起こす事すらままならない。
「な、なんだ。何が起きて――」
「お腹に大穴が空いてたのよ? そもそも今まで普通に動けていた事がおかしい」
いくらドリュアスの回復薬が非常に効果が高いとはいえ、これ程の怪我ともなれば一晩は安静にしておくものなのだ。
それを好き勝手自由に動き回っていて、無事で済む訳がない。
「そもそもいくら薬の材料に浸かっていたからって、鍛錬をサボっていたアナタに正しい薬の精製が出来る訳がない。高い魔力と素材の効能に任せて無理やり身体を繋いで、痛みを消しているだけ。よく今まで動けてた」
「お、オイ! それでもお前なら――」
「助けられる」
テレレの言葉に、ゲスタブは安堵する。
これで助かるのだと。
「けど、お断り。ずっと死んでほしいと思っていた不快な相手が、ようやく消えてくれるのよ? どうしてわざわざ助けるの?」
けれど、テレレは心底解からないといった表情でゲスタブの期待を踏み躙る。
ただでさえ嫌いな上に、もはや掟がどうこうで庇える次元を超えた裏切り者だ。
殺す理由はあっても、助ける理由なんてどこにもない。
「もしもの話をしてあげる」
もはや顔を上げる体力すらないゲスタブに。
それでもまだ音を聞くくらいの力は残っている事を正確に把握して、静かに語り掛けていく。
「もしアナタが暴れ回らず大人しく完全回復するまで待って逃げ出していたなら、もしアナタが真面目に鍛錬をして薬の精製技術を持っていたら。アナタが死んだと思い込んでいた私達に気付かれず、アナタは生きて逃げおおせてた」
「……」
「それ以前に、マトモに鍛錬もしてなければ薬の勉強もしてないのに、あれだけの怪我を塞いで一時的とはいえ、動ける薬を作れた。それだけの素質があったのだから、ほんの少しだけ真面目に生きていただけで、私もドリュアスもアナタの物だった」
こうして何も手に入れられず。
死んでいく事になったのは全てゲスタブ本人の責任だと伝えると、そこで言葉を区切り――
「けど、そんなもしが来なくてよかった。私、アナタの事、本気で嫌いだから」
ゲスタブの最期に合わせて、その言葉を送る。
アナタが死んでくれて本当に嬉しかったという気持ちを込めて。
「…………」
言い返す事も聞き返す事も出来ないまま。
ゲスタブは、その人生に幕を閉じたのであった。
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