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憎まれ救世主 ~優しき青年が授かったのは、憎まれる程に強くなる力~  作者: お米うまい
第七章 マニュアルちゃん

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第79話 全てを賭して

「何だ!?」


 いよいよゲスタブがマニュアルちゃんを犯そうと、倒れているマニュアルちゃんに手を掛けた瞬間――


 マニュアルちゃんの身体に、ツギハギのような模様が現れたかと思うと、その線に沿って一瞬で全身が紙のように変化してバラけていく。


「チクショウ! 逃げやがったか!」


 それをゲスタブは紙の人形か何かを身代わりにし、気付かれないようにマニュアルちゃんが逃げ出したのだと判断した。


「こうなったら、この罪人をぐちゃぐちゃにしてやる!」


 それならば、もう残っているロザリーに八つ当たりするしかないとばかりに標的を変えると、迷う事無くロザリーへと向かっていく。


(ああ、よかった。私を狙ってくれて……)


 自分に危機が迫っているというのに、ロザリーの心は穏やかだった。


 というのも、ロザリーもゲスタブと同じく、マニュアルちゃんが隙を突いて上手く逃げ出してくれたのだと思っていた。


 けれど、蹴られ過ぎたダメージが大き過ぎて、遠くへ行けずに隠れているだけだろうと考えていたし――


(テレレ様の気持ちにも気付けない、こんな恩知らずの罪人の命でも、あの子を助ける為の時間稼ぎくらいに使えるなら、少しは価値も出てくるわよね……)


 逆恨みとも言える見当違いをしていた罪悪感が、ロザリーの気力を完全に奪っていた。


 もはや抗う気力なんて欠片もなく、このまま終わりになってもいいという諦観に支配されるままに、ゲスタブからの仕打ちを受け容れようとする。


「クソが! あのガキ、近くに隠れてやがったのか!」


 だが、それを許さないとばかりにマニュアルちゃんを構成していた、先程の紙の束が動き出す。


 何十、何百という紙が縦横無尽に宙を舞い、次々にゲスタブに襲い掛かった。


 そこに破壊力なんて微塵もなく、傷の一つも付ける事は出来ていない。


 けれど――


「クソが! 鬱陶しいんだよ!」


 ゲスタブがどれだけ振り払っても振り払っても、紙の一枚一枚が意志を持っているかのように纏わり付き続ける。


 ひたすらにゲスタブの視界を奪うように紙が顔に貼り付いて、それ以上ロザリーにゲスタブを近付けさせない。


(何が起きてるって言うの?)


 目の前の光景に、ロザリーは言い知れない不安のようなモノを感じていた。


 まるでそれ自体が意志を持っているかのように紙が飛び交っているが、こんな自在に人工物を動かせる魔法なんて聞いた事がない。


 炎や植物といった自然物を操る事は出来ても、人の手で加工の施された物は魔力を通し難くなるからだ。


 だからこそ、魔法使いの多くは魔法を阻害する衣類を減らして、露出部分を増やすか。


 あるいは、植物で出来た衣類等、特殊な物を身に纏うしかないというのに。


 それでもあんな精密に紙を動かす方法なんて――


(そんなの、この紙自体が魔力で出来てでもない限り――)


 そこまで考えたロザリーは、気付いてしまった。


 無数の紙の一つ一つから、マニュアルちゃん自身の魔力を感じてしまう事に。


 そして、それが意味する事を。


(馬鹿よ! 大馬鹿よ……)


 自分の身体を分解したのだ。


 救世の装飾具なんて言われて装飾品として顕現する事が多かったが、マニュアルちゃんという名前の通り、説明書こそが本来の在り方に最も近く――


 その姿ならば、人の姿を捨ててでも少しの間くらいは動けるという賭けに出たのだ。


(アイツにもっとたくさん褒めてもらうんじゃなかったの!)


 だが、マニュアルちゃんが物の状態で動けたり、人の姿を自在に切り替えられるなら、過去に倉庫に押し込められて大人しく待っている筈がない。


 二度と人の姿で研一に会えなくなる覚悟をして、自分を助けようとしてくれているのだとロザリーには推測出来た。


 ――事実は、更に残酷だ。


 神の力で人の形を持って顕現していたのだ。


 それを捻じ曲げて勝手に姿を変えたマニュアルちゃんの人格は、もうほとんど消滅していた。


『私は、コイツを止めないといけない』


 たった一つだけ残された使命感に従い、ただゲスタブに機械的に纏わり付いているだけ。


 もうマトモに思考する力さえ残っていない。


「お、ようやく諦めたか? それとも魔力が尽きやがったか?」


 そして、人間に例えるのなら――


 腕や脚が千切れかけの状態で、全身から血を噴き出して動き回っていたようなもの。


 もはや飛び回る事も張り付く事さえ出来なくなったのか。


 どこにでもある紙にでもなってしまったように、マニュアルちゃんだった物が地面に落ちていく。


「……何でよ」


 その意味を理解してしまったロザリーから、思わず声が漏れる。


 抑え切れない怒りが溢れ出してしまったような、低く小さな呟き。


「はっ。どうやらもうお前を助ける奴は居ねえようだな……」


 それがロザリーを助ける事も出来ず、隠れているマニュアルちゃんへの怒りだと思ったのか。


 ゲスタブはようやく、ロザリーを屈服させられたような気分になって、喜び混じりの声を上げるが――


「何で、もう少しだけ早く来れなかったのよ!」


 自身を捨て去る覚悟でロザリーを守ろうとしたマニュアルちゃんが、自身の身が朽ち果ててもいないのに、動かなくなる訳がない。


 例え人格を失い、思考能力なんて無くなったとしても。


 それでも尚、全てを任せられる御主人様の存在を近くに感じたからこそ、足止めという役目を終えて止まっただけなのだ。


「……悪い。遅れた」


 そこに研一が佇んでいた。


 都合よく窮地に駆け付けられるヒーローになんてなれない。


 己の無力に打ちひしがれ、ロザリーと目を合わせる事すら出来ない、力を持っただけのただの青年が、ようやく辿り着いたのだった。

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