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憎まれ救世主 ~優しき青年が授かったのは、憎まれる程に強くなる力~  作者: お米うまい
第七章 マニュアルちゃん

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第78話 隠し続けた想いの果てに

「止めなさい! 殺す気!!」


 ロザリーが黙って見ていられないとばかりに叫び声を上げる。


 今までは魔力を練り何とか拘束から抜け出そうと集中していたが、どう足掻いても抜け出せそうにない上に、さすがに我慢が出来なくなったのだ。


「うるせえ! どいつもこいつも! 俺の邪魔ばっかしてんじゃねえよ!」


「くぅあ……」


 だが、ロザリーの叫びは何の意味もなさない。


 むしろ、神経を逆撫でしてしまったらしく、ゲスタブの攻撃を苛烈にしただけだった。


「救世主様の悔しがる顔が見たいんでしょう! だったら真っ先に私を犯して、殺しなさいよ! 私が一番のお気に入りなんだから、それが一番効果的よ! 尤も、そうしたらアンタは殺された方がマシだってくらい、あの人に甚振られた末に無惨に死ぬでしょうけどね!」


「はっ。てめぇみたいな罪人がお気に入りだ? 冗談も休み休み言えよ」


 それならばと自分に注意を向けようとしたロザリーであったが――


 ゲスタブは馬鹿らしいとばかりに鼻で笑う。


「てめぇなんて精々、抱いたから情が移ってる程度だ。見てりゃ何となく解かんだよ。確かにあのガキは、お前の事も気にしてるようだが、一番じゃねえ」


「そりゃアンタに見る目がないだけよ」


「ほざいてろ」


 悪足掻きするロザリーの姿に、僅かに溜飲が下がったらしい。


 ゲスタブは少しばかり落ち着きを取り戻したらしく、息も絶え絶えに地面に転がっているマニュアルちゃんに視線を向ける。


「あのクソガキの一番は、さっき逃げた一番ちっこいガキ。それで二番はコイツだよ。てめぇだって解ってるんだろ?」


「…………」


 これ以上は何を言っても無駄だという想い。


 そして、最期になるかもしれないなら、例えそれがゲスタブの口から出た言葉であったとしても――


 研一がマニュアルちゃんを大事に思っているという言葉を否定したくないと気持ちが、ロザリーの口を閉ざさせる。


(私が、御主人様の二番目に大事な人?)


 蹴られ過ぎたせいだろう。


 意識が朦朧とする中、その言葉だけは、妙に、はっきりとマニュアルちゃんの心に届いた。


(それは、駄目なのです……。私は共に戦う戦友でないと駄目なのです……)


 ゲスタブに身体を汚される事自体には、マニュアルちゃんには恐怖も嫌悪もなかった。


 だって、そこに特別な意味など感じてなかったから。


 性行為なんて、ただ子孫を残す為に生物がする行為という印象しかないからであり――


 ロザリーを庇う為に自分が犠牲になるのなら、それは研一と共に戦い抜いた者の誉れとして、処理してもらえると思っていた。


 けれど――


(私が大事な人なら、御主人様に伴侶の事を思い出させてしまうのです……)


 マニュアルちゃんは、この世界の誰よりも研一が戦う理由を知っている。


 もし自分がゲスタブに犯されて、殺されてしまえば――


 異世界の全てを敵に回す事になったとしても、戦い続けてやるという決意させる程の傷を与えてしまうかもしれない。


 そんなの――


『最高だと思いません? あの人の伴侶と同じくらい、あの人の心に残れるんですよ?』


 朦朧とする意識の中。


 マニュアルちゃんの奥底に眠っていた、スキルとしての人格から声が響き始める。


『貴女も気付いているんでしょう? あの人は、いつか伴侶の為に元の世界に戻ってしまうわ。そして幸せな日々を過ごして、私の事なんて忘れてしまう』


 いつか研一の中から、忘れ去られて消えてしまうくらいなら。


 傷になってでも残るべき。


 その言葉はマニュアルちゃんの心に、実に甘美に響き渡った。


『それに下手に抵抗して怒りを買って殺させたりするより、時間を稼げるかもしれないわ。その方がロザリーだって助かる可能性は高くなる。良い事尽くめでしょう?』


(……ああ、そうなのです。ロザリーも守ってあげないと、いけないのです)


 だって、自分は千年近くも前から存在しているお姉さんなのだ。


 研一の次くらいには好きなロザリーの事も助けられるなら、その方がいいに決まってるなんて。


 スキルの人格からの声に、マニュアルちゃんは頷きそうになる。


 その瞬間だった。


 ――マニュアルちゃんは俺にとって一番の戦友みたいなもんなんだからさ。


 誘惑に屈しそうになる直前、不意に記憶が蘇った。


 生まれてきて一番嬉しくて。


 それなのに、どこか心の中に穴が開いてしまったような時の事。


(そうなのです。私は御主人様と共に戦う戦友なのです……)


 研一が、そういう在り方を自分に望んでくれたなら。


 自分の全てを賭してでも、その願いに応えるとマニュアルちゃんは決めていた。


 ――例え、それで自分の人格が完全に消滅してしまうとしても。


『止めなさい!」


 マニュアルちゃんのしようとしている事に気付いて、慌ててスキルの人格が止めに入る。


 もし、このスキルの人格がマニュアルちゃんと別人で、別の感性を持っていたなら、結末は違っていただろう。


 けれど、スキルの人格と、マニュアルちゃんは決して別人という訳ではない。


 何故なら――


『戦士として死んだって、あの人の心になんて残れないのよ!』


 戦いの中、戦士として死んだのなら研一の傷になる事も無く、よく頑張ったなと褒められるだけで終わってしまう。


 そんなズレた事を本気で考えてしまうくらい、両方ともマニュアルちゃんではあるのだ。


 例えるのなら。


 ただ寒い日の朝に、起きないと遅刻するという気持ちもあれば――


 それとは逆に、布団から出たくないという相反する気持ちを抱く事だってあるだろう。


 マニュアルちゃんは、この二つが分かれて人格を持っているような状態なのだ。


 つまり――


『本当は貴女だって気付いているんでしょう!? あの人に頭を撫でられた時、あの人に大事だって言われた時に感じた気持ちの正体だって!』


 スキルの人格とは、マニュアルちゃんが見ないようにしているだけの、本心のようなもの。


 蓋をして押し隠していた感情の溢れたモノでしかなく、マニュアルちゃんが知らない事も、マニュアルちゃんが感じない事も、決して言えないのだ。


(だからこそ、なのです!)


 故に、言われるまでもなくマニュアルちゃんだって気付いている。


 ただ人間の紛い物でしかない自分が、御主人様にそんな気持ちを抱くなんて身の程知らずにも程がある、と心の奥底に仕舞い込もうとしていただけ。


(初めて人型と顕現してから、私の気持ちは変わってないのです)


 千年近く誰も認めてくれなかった糞スキルでしかなかった自分を認めてくれた、たった一人の御主人様。


 だから、決めていたのだ。


 例え世界中の全てが――


 いや、この世界どころか研一が居た元の世界や神々さえ敵に回す事になったとしても、自分だけは研一の味方で居続ける。


 自分だけは研一を肯定し続ける。


 そんな想いを表す言葉なんて、最初から一つしかなかったのだから。


(愛している人の傷付く姿なんて、私は見たくないのです!!)


 ただ、愛する人を守りたかった。


 スキルでも救世の装飾具でもない。


 ただ研一を愛する一人の女として、マニュアルちゃんは己の全てを捨て去る事にした。

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