第77話 従者の意地
「わああああ!」
ロザリーに意識を向けていた隙に密かにゲスタブの死角へと移動していたセンが、マニュアルちゃんを助けようと体当たりを仕掛ける。
全身全霊の突撃。
「はっ。諦めてたが、てめぇの方から来てくれるのかよ」
けれど、荒事どころか殴り合いの喧嘩すら一度もした事がない上に――
こんな悪党ですら傷付ける事を躊躇ってしまうセンの体当たりは、とても攻撃と言えるようなモノではなかった。
子どもが駆け寄った程度の威力しかなく。
不意を突いたにも関わらず、ゲスタブのを体勢を崩す事すら叶わない。
「てめぇをボロクソにしてやった方が、こっちのガキを殺すよりもあのクソガキは面白い顔しそうだからな。お望みならてめぇの方から――」
「ひっ!」
ゲスタブは片腕でチョークスリーパーでもするようにマニュアルちゃんを押さえ付ける体勢に移行すると、空いた腕をセンに伸ばす。
近付いてくる腕以上に、ゲスタブの悍ましい欲望が読心能力でセンの頭に流れ込み、恐怖と気持ち悪さで硬直してしまうセンであったが――
「させないのです!」
研一以外の相手なんてセンやロザリーを省けば、どうなろうとどうでもいいと本気で思っているのがマニュアルちゃんだ。
センと違って、ゲスタブを傷付ける事に何の躊躇いもない。
全力で暴れ始めるマニュアルちゃんを、片腕で、それもセンに注意を向けた状態で抑え込んでおく事はゲスタブには出来なかった。
「ぐっ。て、てめぇっ!」
暴れている最中に肘が腹に直撃した上に、拘束が緩んだ瞬間に股間を蹴り上げられ、思わずマニュアルちゃんの拘束を解いてしまうゲスタブ。
けれど、絶好の逃走の機会にも関わらず、マニュアルちゃんはあえてゲスタブを抑え込もうと向かっていく。
「逃げるのです! お前を守れなかったら、私は御主人様に顔向け出来ないのです!」
それは別に、勢いのままにゲスタブを倒せると思ったからではなかった。
ゲスタブの言うとおり、自分が酷い目に遭うよりもセンが酷い目に遭う方が、研一が傷付いてしまうに違いないと感じたし。
ロザリーだって魔法で拘束されたままで、動けそうになかったからだ。
――センの足の速さでは、ただ逃げただけではゲスタブに追い付かれてしまうだろう。
(この身が滅びても、御主人様の大事なモノを守ってみせるのです!)
今までのスキルの所有者には、救世の装飾具だなんて大層な呼ばれ方をしても、マニュアルちゃんは何の役にも立ててなかった。
ただ倉庫に押し込まれ、遠い場所で所有者の死を感じる事しか出来なかったが――
(その為に、今回の私は人の形を持って生まれてきたのです!)
今回は自分の意志で動ける身体がある。
初めて心の底から御主人様と認め、大好きになった研一の大事な物を守る為に、朽ち果てるまで戦える身体がある。
その使命感が、マニュアルちゃんの身体を突き動かしていた。
「で、でも――」
その激しい想いが読心の能力で全て伝わってくるからこそ、センは動けない。
確かにセンが死ねば、研一は心の底から嘆き悲しむだろうが――
マニュアルちゃんだって、同じくらい研一には大事な仲間なのだから。
「いいから行くのです! お前がここに居たって出来る事なんて何もないのです! 早く御主人様を呼んでくるのです!」
センが何を考えているのかなんて、マニュアルちゃんには解からない。
ただ、研一の一番大事なセンだけは絶対に逃がさないといけないという想いが、この言葉ならセンを遠ざけられるだろうという叫びを、意図せずに口から飛び出させる。
「う、うん! すぐに研一さんを呼んでくるから!」
確かにマニュアルちゃんの言うとおり、ここに残っていたところで、センに出来る事なんてなかった。
それならば自分に出来る最大限の事をやろうと、センは後ろ髪を引かれる想いを全て引き千切るように、全力で駆け出す。
研一さえ来てくれたら、絶対に何とかしてくれるという信頼と確信に導かれて。
(ようやく、行ったのです……)
いくらマニュアルちゃんが、見た目よりは力とかが強いとはいえ、それでもテレレに次ぐ力を持つゲスタブを抑えておく事なんて、本当は出来る訳がない。
不意討ちのダメージでゲスタブが思うように動けていなかった事と、後先考えずに全力で立ち向かっていたから、奇跡的に抑え込めておけただけに過ぎず――
「ガキが! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「ぐっ――」
ダメージが抜けてくれば、均衡なんてあっさりと崩れ落ちる。
体力が尽きてきたところに、ゲスタブの全力の膝蹴りを腹部に受けたマニュアルちゃんは、そのまま崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「てめぇの役目は俺に犯されてボロ雑巾みたいになって、あのクソガキの顔を歪める事だろうが! 下らねえ抵抗してんじゃねえぞ!」
「ゲホッ!」
よほどマニュアルちゃんに反撃されたのが、気に喰わなかったのだろう。
ゲスタブは倒れたマニュアルちゃんを全力で蹴り上げて、更に追撃を加えようと足を振り上げるが――




