第73話 唸れ、嫉妬パゥワー
「ぐわあああっ!」
あまりの痛みに絶叫が響き渡る。
けれど、それは研一の口から放たれた声ではなかった。
「馬鹿な! これ程の強さがあるならば、逃げ回らずに私を仕留めて、すぐにでも救援に向かっていればよかったでしょう!」
研一の背中を貫いたと思われたジーンの腕が、肘から完全に折れ曲がっていた。
かと思うと、肘から先の腕部分が消えていく。
これは折れた部分を塵にした訳ではなく、あまりにダメージが大き過ぎて本当に消滅してしまったのだろう。
それ程までに勢いよく、ジーンが研一の身体を貫こうとしたのだろうが――
(なんだ? 急に力が漲ってきたぞ)
その直前に異常な敵意か研一に流れ込み、急激に身体が強化されたのだ。
一体何が起きているんだと、敵意がする方向に顔を向けた研一は、あまりに予想外の人物の姿を目にして。
驚きと共に、声を上げてしまう。
「お姫様!?」
そこにサラマンドラ国の党首である赤髪の炎使い、サーラが居た。
怒りか何かで顔を真っ赤にしつつ、研一達を指差した状態で固まっていたかと思うと。
我慢出来ないとばかりに叫び声を上げる。
「あ、あ、アナタ達は! この緊急事態に何をしてるんですか!」
「何って――」
どう見てもジーンと戦っている最中だろうが、と答えようとした研一であったが――
今の自分の状態を省みて、言うべき言葉が見付からなくて黙り込んでしまう。
(……いや、何だろうな。この状況)
テレレを抱き上げている上に、首に腕まで回されている。
顔なんて、今でも口付けが出来そうなくらいに近い。
はっきり言って動き難くて、とても戦闘中に取るような態勢じゃない。
付き合い立てのバカップルでもなければ、ここまで密着するような事なんて、そうはないだろう。
「見付かっちゃったね、ダーリン」
おまけに何を考えているのか。
テレレは首に回していた腕に更に力を込めたかと思うと、サーラに見せ付けるように更に密着感を強めてきた挙句の果てに――
まるで猫が飼い主に甘えるように、研一の頬に自らの顔を擦り付けた。
「魔族の襲撃のタイミングが解ったからって急ぎで呼び出したのは、そちらでしょう! それで公務を保留して、急いでやってきたらいきなり魔族の群れとの戦闘――」
この光景には、サーラも怒りを隠す気もないらしく。
ジーンなんて視界の端にも映ってないと言わんばかりの様子で、更に捲くし立てていく。
「挙句、必死で魔族達を撃退して探しに来たら、何なんですか、この仕打ちは! 私だってそんな事してもらった事! じゃなくて! その場所変わって下さいでもなくて! そんな余裕あるなら私なんか呼び出さずに、二人でどうとでも出来たでしょう!」
(あー、うん。忙しい中、必死で救援に来てくれただろうに、それでイチャイチャしている姿なんて見せ付けられたら、そりゃあ怒りもするよな……)
本当にさっきまでは窮地だったと説明した上で、助けに来てくれてありがとうでも言うのが模範解答なのだろうが――
ここでサーラに感謝の言葉を述べる事なんて、研一には出来る訳がない。
「ば、馬鹿な。どうしてドリュアス国の党首が、こんな所に……」
何故なら、腕が消滅しただけでジーンという名の敵が、まだ残っているのだから。
突然の事態にどうしていいか解からず、立ち尽くしているジーンにテレレが声を上げる。
「まだ解からない? 引き留められていたのは、ジーン。アナタの方だったって事よ」
「何ですって!?」
「心を読めるならどうして、ゲスタブ達の裏切りを見逃したのかって言ってたわよね? 罠と結界が破壊されれば、そのタイミングで魔族が襲撃してくれると思ったからよ」
サーラが自らの国を離れて、ドリュアス国を守る為に常駐するなんていう事は、公務的にも立場的にも不可能と言っていいだろう。
けれど、常駐ではなく、ピンポイントならば可能だ。
あまり国を離れる事は出来なくても、襲撃してくるタイミングさえ解っているなら、その時に駆け付けるくらいは、頑張れば出来なくはない。
――そのくらいの時間も作れないなら、国同士の会議の場ににすら行く事が出来ないのだから。
「今、あの国でマトモに戦えるのなんて私と救世主様くらいじゃない。いくら大事な防衛装置が壊されたからって、無防備になった拠点に誰も残さず、空にするなんておかしいと思わなかった?」
更に襲撃のタイミングを限定する為に、あえて最大戦力である二人を拠点から離す。
その際、自分達という戦力を拠点に戻らせない為の時間稼ぎ要員が来る事すら、テレレの予想の範囲であった。
「備えておいて良かったわ。最初は簡単に倒せたと思ったから、サーラに無駄足踏ませて、どうやって謝ろうかなんて心配しちゃったけどね」
(ああ、だからあの時『――思ったより簡単に終わったし、これなら別に――』なんて言ってたのか……)
そこまで話を聞いていた研一は、テレレがジーンを倒したと勘違いした瞬間。
ボソリと呟いていた言葉の意味を知る。
アレは、サーラという備えが無駄になったかもしれないと思っての言葉だったのだ。
「ついでに言わせてもらうと、ドリュアス国の規模と密林っていう大軍が入り込むには難しい地形。おまけにゲスタブが衝動的に罠と結界を破壊したものだから、大規模な軍勢が来れない事も解かっていたわよ」
もし大軍を用いて蹂躙しに来ていたなら、テレレでもお手上げだっただろう。
けれど、ゲスタブの裏切りを人間側の何かしらの罠だろうと思い、本隊は連れてきていていないだろうという予測。
突然のゲスタブ達の暴走による準備不足。
降って湧いたようなドリュアスを滅ぼせる好機に、魔族が出来る作戦なんて奇襲めいたモノしか無い事まで、テレレは読み切っていたのだ。
「全て……。全て、アナタの掌の上だったという事ですか!?」
「……そうでもないわよ。アナタのせいで大事な人に恥ずかしいところを見せちゃったからね。だから、こうして説明しているのは仕返しみたいなモノ」
悔しがるジーンの姿が見たかったと言わんばかりに、ちょっと拗ねたように呟いて。
テレレはチラリとサーラの方に目を向けると、悪戯っぽく笑うと――
「それじゃあ、ダーリン。決めちゃって」
研一の頬に口付ける。
思いっきりサーラに見せ付けるような角度で。
「ああ――――!!」
サーラの叫び声と共に、研一の身体に更に力が漲って――
「くっ、こんな! こんな戦いとは程遠い空気の中で倒されて堪るものですか!」
急激に力を増していく研一の姿に、自分の死期を悟ったのだろう。
それでも悪足掻きとばかりにジーンが自分の身体を塵に変えて、逃げ出そうとする。
(俺の居ない間にセンちゃん達の居る場所を襲おうとしたんだ! 容赦なんてしてやるかよ!)
けれど、どれだけ空気が緩んでいたとしても。
このジーンという魔族が、ドリュアスを脅かそうとしていた敵である事に変わりはない。
研一は今にも身体から溢れ出しそうな力に身を任せ、全力で腕を振る。
迸る程に激しい衝撃波。
研一がこの世界に来て放った攻撃の中で、間違いなく最大威力の魔力の奔流が放たれ――
「こんな、馬鹿な――」
逃げようとしたジーンの身体を、一瞬の内に呑み込んだ。
後には文字通り、塵一残らず。
ジーンは跡形もなく、この世から消滅したのであった。




