第69話 魔族ジーン
「こんな場所からの挨拶失礼します。始めまして、救世主様とドリュアス国の党首様。私、ドリュアス国の捜索を任されていたジーンと申します。お見知り置きを」
ジーンと名乗った魔族の男は、枝に乗ったまま恭しく頭を下げる。
病的な青白さと背中に生えた蝙蝠のような羽が印象的な、男の魔族であった。
(吸血鬼ってのが実際に居たら、こんな感じなのかもな)
これで西洋風のタキシードでも着込んでいたのなら、研一が想像する吸血鬼そのものだっただろう。
――紳士的な態度に似合わず、腰巻のような物を巻いているだけの荒々しい恰好な事だけが研一の抱いている吸血鬼のイメージからは違っていた。
「本当に見事な結界でした。この男の助力がなければ、百年経っても魔族はドリュアスという国を見付ける事が出来なかったかもしれませんね」
「……他の人間は、どうしたの? こんな短時間で罠も結界も破壊したんだから、もっと居た筈でしょう?」
枝の上から降りる様子も見せず、話し続けるジーンとの会話に付き合う気なんてないとばかりにテレレはそれだけ告げると――
敵意を隠しもせずにジーンを睨み付ける。
「さすがは音に聞こえたドリュアス国の党首様! 察しがよろしい!」
大仰に手をパンパンと叩きながら、ジーンはテレレの推測通りだと告げると――
間を置く事なく、その答えを口にする。
「御想像通り、全員、食べさせて頂きました」
「た、食べただって? 一人や二人じゃない筈だぞ?」
全く予想していなかった答えに研一の口から驚きの声が漏れる。
魔族が人を食べる、そういう話自体は聞いた事はあった。
けれど、実際に食べている場面を見た事がなかったから実感が薄い上に、相当な人数が居たのに全員一人で食べられるのだろうかという疑念が拭えなかったのだ。
「そういえば救世主様は別の世界から来られたのでしたね。それでは僭越ながら、私から説明させて頂きましょうか」
どうやらゲスタブは、研一の事も色々と伝えていたらしい。
疑問も当然だとばかりにジーンは説明を始める。
「食べると言っても頭からバリバリと食べたという訳ではありません。そういう事をする魔族も居ますが、私は違いますね」
殺した後に魔力の塊にして吸収するような事を想像してもらえれば、大体近いですと付け加えて。
ジーンは更に説明を続けていく。
「一部の魔族はですね。食べた相手の知識や能力、魔法を奪う事が出来るのです。私はその一部の魔族というヤツでして、食べた相手の魔法を一定確率で取得する事が出来るのですよ」
「つまり人間を食べ続ければ、いつか最強になれるって事か?」
「いやあ、これで不便な能力でしてね。例えば仮に火を出す魔法を覚えたとしても、出せる火の出力は魔族本人の魔力に依存しますし、持てる能力の数も、多くても三つくらいまでが限度なのですよ。だから私は滅多な事では人は食べません」
外れ能力を掴まされて枠を無駄に消費しても困りますからね。
なんて、やれやれと言いたげに溜息を吐いて更にジーンは言葉を続ける。
「一説によると、強く気高い者ほど能力を獲られる確率は高いという話がありますが、本当にそうなのでしょうね。ドリュアスで生まれ育った人間だけが使えると言われる魔法を取得するまで、結局全員食べる事になってしまいました」
「全員?」
ジーンの話にどう反応していいか解からず、話を聞くままになっていた研一であったが、そこである言葉に引っ掛かりを覚え――
ゲスタブの方に視線を向ける。
「俺様をあんなゴミ共と一緒にすんじゃねえよ。あいつ等みたいな役立たずと違って、俺様には魔族での地位が約束されてんだよ」
研一の視線だけで、それがどういう意図なのか気付いたのだろう。
ゲスタブはジーンに小脇に抱えられたままの姿勢で、それでも研一達を睨むようにして言葉を紡いでいく。
「お前等が悪いんだぜ。俺の物にならないんなら、ドリュアスなんて、もう必要ねえ。俺は俺を正しく認める陣営に――」
「身の程知らずの勘違い男は黙って頂けますか?」
ゲスタブが話している途中だというのに、ジーンは気にした様子も見せずゲスタブを軽く上に放り投げると――
間髪入れずに腕を振り上げる。
「て、てめぇ。何を……」
ジーンの腕がゲスタブの身体を真っ直ぐに貫いた。
驚きにゲスタブの目が見開かれたのは一瞬。
すぐに力を無くしたように、だらりと折れ曲がり動かなくなる。
「救世主とやらの顔を確認する為に必要だったので、仕方なく生かしていただけですからね。それも済んだ今、とっくにアナタは用無しなのですよ」
吐き捨てるようにジーンはゲスタブに告げたかと思うと――
汚れでも払うように無造作に腕を振って、ゲスタブを放り投げた。
「…………」
もう既に死んでしまったのか。
呻き声一つ上げる事無くゲスタブが宙を舞い、池の中へと着水する。
大きな水柱を上げ、そのままゲスタブは沈んで見えなくなった。




