第68話 最悪の嫌がらせ
「……罠と結界だけが壊されてる」
研一とテレレの二人は、破壊されたという罠と結界の確認の為に、水浴び場とは別にある、水源池に赴いていた。
二人しか居ないのは、この破壊をもたらした者が魔族であった場合、遭遇してしまったら、二人以外では足手纏いにしかならないからだ。
(マズいな。これって、この国の言わば最大の防衛装置みたいな物だろ?)
壊された罠と結界を見た研一の脳裏に、ドリュアスが魔族に一方的に蹂躙される姿が浮かぶ。
そもそもドリュアスという国は、密林の中という魔物から襲われ放題にしか見えない場所にある上に、テントという防衛力の欠片もなさそうな拠点を使用しており――
どうにも防衛力という観点で言えば、頼りなさを拭えない。
(そもそもこの国自体が、俺が知っている国の常識から大分違うんだよな……)
はっきり言って研一の常識から考えると、ドリュアスは国と言うよりは、村や集落といった印象しかない。
(この世界では国かどうかって人の多さとかだけで決まる訳じゃないみたいだからな……)
魔法を使い植物を高性能な薬に変える事が出来るという、ドリュアス国の人間だけが持っている特殊性。
そんな自らの価値を知っているからこそ、植物の材料となる密林を命懸けで守り育てている。
それが多く見積もっても町くらいの人口しかいないドリュアスの評価を大きく高め、国として周辺に認めさせているのだが――
(それでも規模が小さい事には変わりない。結界無しの丸裸じゃ、魔族どころか魔物の襲撃だって耐えられないんじゃないか?)
結局、戦力的にはサラマンドラ国の騎士団長であったベッカ一人居れば、テレレ以外なら全員蹴散らせるくらいの軍事力しかないのだ。
だからこそ罠や防衛装置が重要なのに、それが悉く破壊されていては不安にもなろうというモノだ。
「植物を無駄に傷付けず、正確に防衛の為の罠や結界だけが破壊されている。こんなのは知識のない魔物には出来る筈が無い」
周囲の様子を一瞥すると、テレレは迷いなく断言する。
魔物とは言ってしまえば、強い獣のような物。
いくら獣の勘が鋭いとはいえ、科学的な仕掛けの物と魔法仕掛けの罠が織り交ぜられているのに、全て見破られるとは考えられないからだ。
「って事は、やっぱり魔族の破壊工作か? 偶然で全部の結界が壊されるなんて有り得ないもんな」
そして、罠以上に見破り難いのが結界だ。
結界は全て、ドリュアス国最強の力を持つテレレお手製の品であり、膨大な魔力と巧みな技術に寄って作られている。
強い隠蔽の効果に加え、無意識に生物が避けてしまうようになる魔法が強く込められているのだが、これを見破れる上に破壊する意味がある相手なんて、魔族以外に研一には考えられなかったのだが――
「……違う。魔族じゃないっ」
テレレは静かに首を振り、研一の言葉を否定する。
そこには隠しきれない怒りのようなモノが滲み出ていた。
「もし結界を見破れる力があって、こんなに一斉にバレずに破壊出来るなら、破壊してすぐに襲撃すればいい。けど、そうしてない!」
「……ああ、そうか」
そこまで言われて、ようやく研一は気付いた。
隠蔽魔法は外から見えなくする効果しかなく、内側から見れば丸見えだ。
無意識に避けてしまう効果だって、中に居る人間には何の意味もない。
その上でこのタイミングで、こんな事をやらかしそうな人間なんて、一人しか心当たりがなかった。
「ゲスタブか……」
「正確にはゲスタブ達、ね……」
研一の言葉を僅かに訂正して、テレレは説明を始める。
「ゲスタブが言っていたでしょ? 自分が党首になったら女を好き勝手出来るようにするから、自分の分の獲物を男達に獲らせるって話を付けていたって」
「いや、けど、そんな事してどうする気だ?」
これが研一が現れたせいでゲスタブの計画が潰された腹いせであり、ゲスタブに協力していた奴等も一緒になって行動した事までは理解出来る。
けれど、そこまでの事をした以上、おそらく既にテントの中はもぬけの殻で、どこかへ行ってしまった後の筈。
「他に行く当てでもあるって言うのか? 確かドリュアス国の人間は特殊な魔法が使えるから価値が高くて、他の国からは喉から手が出る程に欲しい人材だって聞いてるけど……」
「……あるじゃない。他所の国まで行かなくたって物凄い勢力が身近に、さ」
「それって――」
テレレの言葉から研一は、それがどこの勢力なのか察するが――
それでも信じられない想いに言葉を詰まらせる。
「あいつ等、魔族に取り入る気なのよ。その手土産代わりに罠も結界も破壊して行った。それ以外に考えられないわ」
研一の予想通りの答えがテレレの口からもたらされる。
「嘘だろ……」
それでも信じられない想いに研一の口から声が漏れる。
(別に魔族に取り入るとかは好きにすればいいさ。けど、その為にここまでするのかよ……)
罠も結界もない今の状態は、拠点としては丸裸のようなもの。
もし今すぐに魔族が攻め込んでくれば、膨大な被害が出るだろう。
それこそ、皆殺しにされてしまってもおかしくない。
(ずっと一緒に過ごしてきたんだろう!? どうしてそんな事が出来るんだよ……)
信じられないというよりも、信じたくなかったのかもしれない。
そんな人間が居るという事を。
「ねえ、そもそも何で今回、魔族達がドリュアス国を狙っているって解ったと思う?」
「それは――」
研一だって気には、なっていたのだ。
サラマンドラ国が襲われた時は魔族の軍勢が向かってきているという話を事前に聞いていた。
けれど、ドリュアス国は密林の中にある村や集落と言っていい小規模な場所な上に、結界の隠蔽効果で隠された場所。
魔族達が狙い撃って襲撃する事は極めて難しく――
そもそも小規模なので、さっきテレレが言ったように見付かった時点で、蹴散らされて滅ぼされてもおかしくない筈なのだ。
「魔族との戦いで人間が劣勢なのは、この国の人間でも知っているもの。それなら自分達は人間を裏切って魔族側に就くから生かして欲しいって持ち掛けた人が居たからよ」
その答えがテレレの言葉。
自分だけが助かる為に魔族に擦り寄り、保護してもらう代わりにドリュアス国の情報を明け渡した者が居たのだ。
「それで欲張って魔族内での地位を確約してもらうまで、重要な情報は出し渋っていたそうだから、何とか今まで気付かれずに済んでいたけど、それももうお仕舞いね」
言葉と同時にテレレが顔を向けた先。
見上げる程に大きな大きな木の枝の上に、誰かが立っている。
「アレだ! あの小僧がアンタ等が探してる救世主ってヤツだ!」
「なるほど。本当にお若い方ですね」
魔族の男が、ゲスタブを小脇に抱えて佇んでいた。




