第67話 テレレの素顔
「ふふ……」
そこで顔を伏せたままのテレレの口から、笑い声が漏れて――
ようやく研一は気付いた。
「あははは!」
テレレから悪感情が一切流れて来ていない。
ゲスタブの所から連れ出して今の今まで、ずっとだ。
「国の未来より私一人の方が大事? 攫ってもいい? なあに、それ。まるでプロポーズの言葉じゃない」
堪え切れないとばかりに、テレレが笑い声を上げながら顔を上げる。
心底おかしいと言わんばかりに、目から涙が出ているくらいに大笑いしていた。
「揶揄ってましたね!?」
「ごめんごめん。君が私が怒ってるんじゃないかなんて、見当違いの事を感じているのが、何だかおかしくて」
謝りつつも、堪えられないとばかりにテレレの喉から笑う音が溢れ出す。
抑えても抑えても、どうしても溢れて留められないとばかりに。
「身勝手な押し付けだって解っているから、本気で怒ってるんじゃないかって思って――」
「あのね」
そこで研一の言葉を止めるように、テレレが自分の額を研一の胸にコツンと当てる。
再び研一に顔が見えない姿勢になったテレレは、そのまま言葉を放っていく。
「私って生まれた時から党首が決まってたからね。皆を守るのは当たり前だと思ってたし、皆も同じように思ってるのよね」
「そうなんですね」
「だからさ。真面目で一生懸命な誰かを守ったり助ける事なんて、当たり前の事だった。それに感謝される事はあっても、見返りなんて来るなんて思ってなかったの」
魔力を振りかざして魔物の群れを薙ぎ倒せば、さすがはテレレ様だと感謝の声は上がる。
魂を見る力で他国との取引を上手く成立させれば、これだけ有利な契約が出来るのはテレレ様だけだと崇められる事だってあった。
だが――
「初めてだったよ。私が守ろうとしたから、お返しに守ろう、なんてしてくれた人は、さ。ありがとう」
そこまででしかないのだ。
だって立場も能力も、テレレとそれ以外の人間の間には圧倒的に差がある。
対等でもないのに守ったり助ける事なんて出来はしない。
初めて研一に守られて、嬉しかったのは間違いない。
「あの、ね……」
けれど、テレレが研一から顔を隠した理由は、ここから。
顔を隠さないと、不安でどうしようもなかったが。
それでも伝えたい言葉は別にある。
「その、嫌だったら断ってくれていいんだけど、君に頼みたい事があるの」
「内容次第ですけど」
「ああ、うん、そうよね。その、ね……」
きっとここで研一の事が好きになっただとか――
あるいは、それじゃあサラマンドラ国まで攫ってほしいなんて言葉ならば、逆にテレレは感情のままに告げられた。
けれど、テレレの願いは、そんな事ではなかった。
「私と友達になってほしいの」
本当は恋人にしてほしいと思っているのに、遠慮して友達でいいと言っている訳ではない。
ただ研一と友達になりたい。
それだけが、テレレの心の底からの願いであった。
「その、ごめんね。初めて助けてくれて、それで君に惚れてっていう方が、物語とかだと定番だとは思うんだけれど――」
恋人だの夫婦だの、恋愛が絡む関係性にテレレは良い印象が全くない。
何せ、仮の夫候補があのゲスタブだ。
向けられた想いなんて性欲か、テレレを手に入れる事で自分が国で何よりも特別な人間だと思いたいという優越感だけ。
一緒に居て楽しいなんて思えた事すらない。
「その、ね。もしそんな関係になってしまって、君にゲスタブが私に向けてくるような気持ちを向けられたら、きっと私、耐えられない」
そんな中で出会った、初めて自分を助けてくれた人。
対等な同じ人間として扱ってくれた研一と一緒に居たいけれど――
今の居心地の良いままの関係で居たい。
それがテレレ自身、明確には形に出来ていない彼女の願いであった。
「その、男女間の友情とか存在しないって話は聞いてるの。そんなの上辺だけで絶対に破綻するってよく他の人が話していたの知ってるし、無理なら断ってくれて大丈夫」
不安を覆い隠すように。
研一の返事を聞く前にテレレの口から言葉が飛び出す。
「断っても、嫉妬させる為の演技は今までと同じように続けるから、そこは安心して」
(そんな怖がるような提案か?)
出来るだけ平静を装って告げているつもりのテレレであったが――
らしくない早口だけでも怖がっているのが解かる上に、額だって研一の胸に当てたままなのだ。
表情は見えないように出来ても、身体の震えは全く隠せない。
「断る理由なんてないですよ。友達になりましょう」
勿体ぶる事もせずに、あっさりと研一は答えを返す。
けれど、テレレはまだ研一の胸に額を付けたまま、顔を上げようとしない。
「あの、その、ね」
「はい」
「私って心を読めるなんて思われているし、ずっと党首だったから、そういう能力を持った凄い党首としての話し方とか接し方しか解からないというか……」
「もしかして、さっき揶揄うように話していたのも、それですか?」
「……うん。実は、そう。優位に立って相手をコントロールする以外の話し方って全く解からないの」
「だからって――」
それであんな態度を取るのか、と突っ込みたくなる研一であったが――
「解ってる! けど、初めて助けられて嬉しくて。君なら本当の意味で友達になってくれるかもって期待もあって。でも断られるかもって怖くて」
テレレからすれば、初めてだらけの気持ちで、本当にどうすればいいか解からなかったのだ。
「気を抜いたら、にやけそうになるし。でも、何か気を抜いたら、私なんかと友達になりたくなりたいんじゃないかって思って泣きそうになるし。それじゃあ、もう、党首としての仮面を被るしかなかったの!」
というか、今でも気持ちは無茶苦茶で整理なんて付いてないらしく。
党首じゃない自分っていうのが解からないし、友達同士の距離感だって解からず、その想いに振り回されるままに叫び出してしまう。
「というか友達って、そんな丁寧に話さないんでしょ! もっとこうセンちゃん達と話しているみたいな感じで話そうよ!」
そこで初めてテレレは、顔を上げて研一の方を向く。
もう心詠みの巫女と呼ばれる神秘性も、一国の党首に相応しい駆け引きの巧みさを裏に感じる悪戯めいた雰囲気もなく――
ただ初めての友達との会話に目を輝かせているだけの少女が、そこには居た。
(あれ、もしかして――)
大人っぽいテレレの対応や雰囲気に自分よりも年上のように感じていた研一だが、よくよく見れば顔付きは綺麗ではあるものの幼さを残しているし――
流線型と言えば聞こえはいいが、凹凸に乏しい体型も単にまだ成熟し切る前の身体だっただけなのかもしれなかった。
(いや、でも異世界だしなあ……)
とはいえ、実際に聞いてみない事には本当の事は解からない。
それに党首という責任のある立場を押し付けられ、望んでもいない子作りを強いられているのが自分より年下で合ってほしくないという願望が。研一の中で、せめぎ合う。
「ねえ、君が元居た世界の話とか聞かせてよ。こことは全然違うんでしょ?」
黙り込んでしまった研一に、テレレが我慢出来ないとばかりに会話をせがみつつ。
余所見をせずに自分を見ろと言わんばかりに、研一の顔を両手を掴んで勢いよく迫る。
「解かったから! ちょっと落ち着――」
まるでキスでもしようとしているような態勢というか。
あまり勢いが良過ぎてそのまま押し倒されてしまいそうで、慌てて研一が口を開いた瞬間だった。
「救世主様! テレレ様! 緊急事態です!」
テントの入口を開け放ち、一人の女性が入って来る。
研一が初めてドリュアス国に来た時、水浴び場で研一を覗き扱いした女性であった。
「……何? 余程の緊急事態でもなければ、絶対に私とダーリンが二人でいる時は邪魔をしないでって言ってあった筈だけど?」
突然の事にも関わらず、テレレは即座に党首としての表情を見せると。
不機嫌さを隠しもしない底冷えする声で、乱入者とも言える女性に目を向ける事もせずに問い掛ける。
――同時に、名残惜しむように研一の顔を掴んでいる手に僅かに力が込められた。
「も、申し訳ありません。で、ですが、本当に至急の案件で――」
「具体的には?」
「罠と結界が破壊されました!」
「何ですって!?」
女性の報告にテレレの口から悲鳴のような叫びが上がる。
それは党首としての対応をしているテレレからは、今まで一度も聞いた事がない程に切羽詰まったもので――
(これは想像以上にヤバイ事態か?)
研一は気を引き締めるように、身体に力を込める。
これから始まる戦いに、決して負けないようにと気持ちを込めて。
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