第60話 新たな問題
「とても良い事があったみたい。今日の君の魂は、昨日に比べて随分と澄んでる」
センとマニュアルちゃんの問題が解決した次の日の朝。
研一を見掛けたテレレが開口一番に告げてきたのは、そんな言葉であった。
「ええ。ずっと抱えていた悩みが解決したと言いますか……」
誤魔化す事もせず、すっと研一の口から言葉が飛び出てくる。
それもその筈。
センの母親の事は研一の胸に深い棘のように刺さり続けていた事件であったし。
マニュアルちゃんの事だって、信頼されてている事は疑っていなかったが、ぎくしゃくとお互いに空回っている感じが否めなかった。
その二つの悩みが一気に晴れたのだ。
「この世界に来て、今が一番気分が晴れやかな気がします」
「君がそうして笑ってくれていると私も嬉しくなる。だけど……」
「だけど、なんです?」
「そんな晴れやかな心で、今まで見たいな演技は出来る?」
研一の悩みが晴れた事自体は、テレレとしては本当に心から喜ばしかった。
けれど、研一があそこまで本来の自分と違う演技をスムーズに出来ていたのは、どこか自暴自棄で自分というモノがアヤフヤだったからだとも思っている。
「もう嫉妬は随分と集まっていると思う。綻びが出ないように、君は魔族が攻めてくるまで、あの子達と隠れてくれればいい」
悩みが晴れた今では、相当に演技するのは辛い事になるかもしれない。
それならばテレレとしては、余計な無理なんて研一にさせたくなかったのだ。
「今まで一緒に風呂に入ったり徹底してきてたのに、急にどうしたんです?」
ただ研一にはテレレが自分に気を遣ってくれている事なんて解からない。
突然の提案に戸惑いの声が漏れるのは当然だろう。
「そりゃあ確かに、それも一つの方法だとは思いますけど、ここまで徹底してきたんだから、むしろ今止めたら全部台無しになったりしません? 嫉妬とか憎しみって一気に燃え上がったりしますけど、よっぽどの事でもない限り継続力みたいなモノって低い気がしますし、魔族が来るまで続けた方が確実な気が……」
それに悩みが晴れたお陰で、随分と気分的には余裕が出来てきており。
今の内に少しでも力を増す為に、嫉妬を更に集めておきたかった。
「うん、君の言う事も解かる。だから私は今まで徹底して、君が皆に嫉妬されるように色々な事をしてきた」
「ですよね」
「けど、今まで徹底していたからこそ出来るの。今から君達がずっと姿を見せなくなったとする。もう救世主としての力は見せてやったんだから、後は魔族が来るまで、あの子達と一日中楽しむ。そう言い出したって言えば、どう?」
「なるほど。それは確かに大勢の人にイラ付かれそうですし、ボロも出そうになくていいかもしれないですけど……」
テレレの提案に納得して頷きそうになる研一であったが――
違和感のようなモノを覚えて言葉を止める。
「テレレさんは、なるべく俺が憎まれないような方針を目指していた気がするんですけど、何か方針を変えないといけない事でもありましたか?」
嫉妬にだって敵意や嫌悪は付き纏う事は、最初から折込済みだし、むしろ研一としては戦いさえ終われば、早々にドリュアス国を後にするのだ。
力さえ強くなるのなら憎悪だろうが嫉妬だろうが何でもよかったのに、必要以上に憎まれていい理由がないと、テレレが強硬に主張していたのだ。
急に研一に嫌悪が集まる方針転換をするのは、僅かに違和感があった。
「……君は私に隠し事が出来ないのに、私が嘘を吐くのはズルいかな」
研一に語り掛けるでもなく。
独り言のようにそれだけ呟いて、テレレは事情を話し始めた。
「ゲスタブがね、私に君の相手をさせているんだから、君の仲間達、ロザリーやセンちゃん達に自分の相手をさせるべきだなんて喚き散らしてるの」
「はあ?」
全く意味が解からず、研一の口から思わず声が漏れる。
ここに来て女神から授かっている筈の翻訳魔法に異常でも起きていて、誤訳でもされたと言われても今ならば信じるだろう。
「一応、掟に従えば私は本来、あの男と子どもを作らないといけないからね……」
「いや、でも、テレレさんは納得してる訳じゃないんだし、仮に納得しているんだとしても、無茶苦茶な話じゃないですか……」
物じゃないんだから、貸し借りとかそういう話じゃない。
テレレやロザリー達の心というものをまるで無視した、あまりにも身勝手過ぎる暴論だ。
「気持ちは解かるわ。私も何言っているんだって本気で思うもの……」
けれど、どうやら誤訳でも何でもないらしい。
テレレも頭が痛いと言わんばかりに顔をしかめつつ、話を続けていく。
「あの男の中で私はアイツの物なのが当然で、君は無断でアイツの物を使っているって認識なんでしょうね」
「そんなの無視しとけばいいじゃないですか」
いくら掟だからって、ただの身勝手な我儘にしか研一には思えない。
それなのに、従おうとするテレレを信じられないような目で見る事を抑えられなかった。
「……出来るなら私だって、そうしたい。けど、そうして無視を続ければ、私の見ていない場所で誰に何をするか解からないからね」
酷く疲れたように乾いた笑い声を上げて、テレレは話を続けていく。
「君の世界には居なかった? 自分の思い通りになるのが当然だと思っていて、そんな事はないと当たり前の事を言われた瞬間、俺の機嫌を損ねるなって暴れ出すような、どうしようもない人間」
「……そりゃあ、思い出したように湧いてましたけど」
例えばマナーやルールに違反になる身勝手な行いをしているのに、注意されたら空気が読めないだとか、気分が悪くなっただのと逆ギレするクレーマー。
相手が抵抗しないのを良い事に嫌がらせを繰り返した挙句の果てに、自分の悪行は棚に上げ、相手の反撃に大してだけ喚き散らす。
そんな人間なんて、掃いて捨てたくなる程に見てきた。
「それなら、さっさと追い出してしまえば……」
ただ、ここは日本ではない。
魔族と生存戦争を繰り広げる異世界だ。
無能な味方や不穏分子なんて下手な敵以上に、周囲の命を脅かす害悪な存在でしかなく、無理をしてまで味方陣営に置いておいても仕方ないだろう。




