第59話 自覚ある願いと無自覚の芽生え
「ごめん、マニュアルちゃん……」
マニュアルちゃんの嘆きを聞いた研一は、言葉を飾る事もせずに頭を下げた。
素直に謝罪する事しか出来なくて。
「ご、御主人様が私なんかに頭を下げるなんて、いけないのです!」
そんな研一の姿なんて見たくないのだろう。
話を盗み聞きされていた事に怒る事すら忘れて、慌ててマニュアルちゃんが走り寄る。
「全て御主人様の御心を理解出来ない、至らない私の不徳なのです! どうか頭を上げて――」
「悪い事をしたら謝る。そこに立場なんて関係ないよ」
必死で研一の頭を上げさせようとするマニュアルちゃんの声を研一は優しく。
けれども、断定する強い口調で遮る。
「立場が上だから悪い事も見逃されるなんて事も、立場が下の者が理不尽に我慢するなんて事もいけない。悪い事は誰がしても平等に悪い事であるべきだ」
「御主人様?」
強い願いの込められた声にマニュアルちゃんが疑問の声を上げるが、それに研一は気付かないまま、言葉を続けていく。
「ごめん、マニュアルちゃん。君だけは絶対に俺の事嫌わないなんて思って、無意識に甘えて後回しにしてしまってた」
「甘えて、です?」
「ああ。俺が何をしたってマニュアルちゃんだけは、絶対に俺の味方なんだなんて無意識に勘違いしてた」
初めて会った頃からマニュアルちゃんは、盲目的と言っていい程の信頼を寄せてくれていた。
だから何をしていても、マニュアルちゃんだけは自分の事を嫌いになったりなんてしない。
そんな気持ちを無意識に持っていて――
少なくとも負い目のあるセンに比べて、後回し後回しになっていた部分があった事にマニュアルちゃんの嘆く姿に、研一は初めて気付かされた。
「勘違いじゃないのです! もし救世主の役目を放り投げても、女神に反逆したとしても、私だけは御主人様と共に戦い、死ぬまで一緒に居るのです!」
けれど、その謝罪の言葉はマニュアルちゃんには逆の意味に響く。
今までは信用していたけれど、もう信用出来なくなったと言われたと思って、必死に縋り付こうとする。
「うん、ありがとう」
女神よりも自分を選ぶと言われた事に僅かに驚きつつ。
マニュアルちゃんの言葉を信じているという気持ちを込めて、迷いなく頷いて。
(それにセンちゃんより年上っぽい見た目のせいで、何かセクハラみたいな気がして触れようとしなかったのも、悪かったんだよな……)
今まで変に気を遣い過ぎたせいで逆に傷付けてしまった事への申し訳なさを込め。
研一は、マニュアルちゃんを抱き締めたのだった。
○ ○
(私は、おかしくなってしまったのです……)
ずっとずっと、あの魔人みたいに御主人様に頭を撫でられたり抱き締められたりしたいと、願っていた筈だったのです。
そうしてもらえれば凄く幸せな気持ちになれると思っていたのに。
(それなのに顔が熱くて、胸の奥が爆発しそうな程に暴れているのです……)
こんな激しい感覚なんて、役に立たない防具だって言われて、焼却処分された時に感じた事があるくらい。
御主人様に抱き締められているのに、こんな感覚を覚えるなんて――
(やっぱり私は、欠陥品なのです?)
想像通りに動いてくれない自分の心が悲しくて。
それなのに私の意志に反して、ドンドン身体が熱くなっていく自分に別の意味で泣きそうになった。
「確かにセンちゃんは特別だよ。それは認める。初めてスキルの影響なく話せる相手だったし、母親の事だってある。誰よりも守りたいと思っている子だ」
そんな時、御主人様のそんな言葉がすぐ傍から響いて。
熱かった筈の身体が急に冷めていくと同時に、破り捨てられた時を思い出すくらいに胸が痛くなる。
(ここで泣いては駄目なのです……)
ただでさえ人の形をしているだけの、御主人様が望んでいた本物の人間じゃないのに。
中身まで不安定な不良品だなんて思われたくなくて、歯を食い縛って涙が零れそうになるのを堪える。
でも、我慢なんて出来る訳なかった。
「けどさ。俺の事情をこの世界の誰よりも知ってるのに、迷いなく俺と俺と戦うって言ってくれた。この世界で一人だけで戦い続けていかないと思ってた中、マニュアルちゃんにどれだけ救われてたか解からない」
「あ、う……」
身に余る光栄なのですと返事をしたいのに、喉が固まって声が出ない。
代わりに目から涙が出てくるのを止められない。
「だからさ。捨てられてしまうなんて悲しい事、言わないでくれよ。マニュアルちゃんは俺にとって一番の戦友みたいなもんなんだからさ……」
そんな言葉と共に、私を抱き締めていた御主人様の力が強くなる。
これからもずっと一緒に居てもいいだなんて。
必死で私に伝えようとしてくれているみたいに。
(私が不良品かどうかなんて、もう、どうでもいいのです……)
再び熱くなってくる顔や身体の事も。
ずっと止まらない涙の理由も、どうでもよかった。
そんな些細な事よりも、私なんかを失うかもしれないなんて怖がって、震える腕で抱き締めてくれてる御主人様の気持ちに応え、守り抜く事こそ。
救世の装飾具なんて言われている自分の役目であり、望みなのだから。
「はい。もう二度と捨てられるなんて御主人様の気持ちを疑ったりしないのです」
そうして、私は御主人様を抱き締め返す。
少しでも御主人様の震えを止め、守る事が出来るように、と。
(ああ、そうなのです。ずっと私は、御主人様にこうしたかったのです……)
御主人様の温かさを身体中に感じて、私の身体は幸せな気持ちでいっぱいになっていく。
もう燃やされた時みたいに身体が熱くなる事も、爆発しそうな程に胸が暴れる事もなくなって。
ようやく不安定な私の身体も落ち着いてくれたのかと安心する中。
――本当に、アナタはそれでいいの?
私の頭の奥から、そんな声が聞こえた気がした。
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