第56話 予想外の暴露
「……大体、何でと言いたいのは、私の方なのです」
沈黙に耐え兼ねたように口を開いたのは、マニュアルちゃんの方であった。
「お前こそ、どうして御主人様の傍に居るのです? 恨みはあれど、一緒に居る理由なんてない筈なのです」
「私が研一さんに恨みなんてある訳――」
「そんな事はない筈なのです。生物は原則として親を大切にするモノだと聞いているのです。自分の母親を殺した相手を、どうしてそんなに慕っているのです?」
それは別にセンを傷付けたい訳でなく、純粋な疑問であった。
スキルとして千年近く存在してきたマニュアルちゃんではあるが、人の形として生まれ人の心を持って、まだ三か月も経っていないのだ。
人間の常識みたいなモノを、ルールブックでも流し読みしたような雰囲気で朧気に知っているだけで、暗黙の了解や細かい事なんて全く理解出来ていないのである。
「研一さんが、お母さんを殺した?」
「知らなかったのです? 生きているのなら基本、親は子の傍に居ようとする筈なのです。疑問に思ったりしなかったの――」
少なくともマニュアルちゃんが持っている知識では、センくらいの年齢の子どもの傍には、親がすぐ傍に居るモノ。
人間でも魔族でも、そこは変わらない筈だと当たり前の事のように語ろうとするが――
「マニュアルちゃん!」
そこでようやく、研一が静止の声を上げる。
もう少し早く止めていれば防げたのかもしれないが、事態の変化に付いていけず戸惑っていたので出遅れてしまったのだ。
「け、研一さん。今の話って――」
「ああ、俺が殺したぜ? お前を手に入れる為には、どうしても邪魔だったんでな」
もう周囲の人間に注目され過ぎている。
ここで事情を説明してしまえば、協力してくれているテレレやロザリーの苦労が全て水の泡になってしまうかもしれない。
それならば自分がセンに拒絶される覚悟をして、肯定の言葉だけ研一は絞り出した。
「ど、どうしてそんな目で私を見るのです……」
だが、覚悟をしても尚、マニュアルちゃんに批難がましい目を向けるのだけは抑えられなかった。
時期を見て話すつもりだったのに。
どうして今、わざわざ話したんだという怒りに似た気持ちを止められなくて。
「嘘を吐いたり騙したりするのが悪い事の筈なのです。事実を告げただけなのに、どうして私がそんな目で見られているのです……」
心の底から崇拝する研一に、そんな目で見られマニュアルちゃんが恐怖で身体を震わせる。
少し前までは確かに嫉妬の気持ちで話しており、センさえ居なくなれば、自分だけが研一に見てもらえる人外だという打算があったのは否定出来ない。
だから、そこで怒られたのならマニュアルちゃんだって、自分が悪いとすぐに認めて謝る事が出来ただろう。
「御主人様。教えてほしいのです。私は何が悪かったのですか? 何を直せばいいのです……」
けれど、センの母親の件に関しては本当に疑問に思ったから聞いただけで、マニュアルちゃんには悪意なんて微塵もなく――
何が悪いのかさえ、本当に解らなくて。
その場凌ぎで謝るなんて失礼過ぎる事、崇拝している研一に出来る訳がない。
必死で理由を尋ね、どうすれば許してもらえるのかと乞い願うが――
「いいや、何も悪くねえぜ。単にもうちょい母親殺された事も気付かず、騙されたままのコイツの姿を楽しんでいたかったってだけの話さ」
マニュアルちゃんが悪いと、研一に責める事は出来なかった。
元々は事実を隠してきた研一に、非がある話。
確かに、マニュアルちゃんは研一が隠していた事実を伝えただけで、悪い事なんてしていないのだから。
――それ以上に、注目されている場では演技を貫くしかなかった面が大きいが。
「う、嘘です。何か私が悪い事をしてしまった筈なのです……」
けれど、研一が意味もなく怒鳴る訳もなければ、非難するような目で自分を見る訳がない。
演技なんて解らなくても、それだけはマニュアルちゃんも理解しているらしく、必死で食い下がる。
(そこは、もう少し察してくれ……)
さすがの研一も、このマニュアルちゃんの鈍さには、嘆かずには居られない。
研一は、チラリと視線をすぐ傍に居るセンへと向ける。
「…………」
本当は、今すぐにでも自分の母親の話を聞きたいだろうに。
この場では事情を話せない事が解っているのだろう。
歯を食い縛って研一の服を掴み、必死で説明を求めたい気持ちを堪えている。
そんなセンに比べると、どうしてもマニュアルちゃんが、あまりに空気が読めてないように研一には見えてしまって。
「そ、そんな目で見ないでほしいのですー!!」
それが態度に漏れ出てしまったようだ。
研一にそんな目で見られるのには耐えられないとばかりに、マニュアルちゃんは叫び声を上げたかと思うと――
背を向けて、一目散に走り出す。
「あっ――」
反射的に後を追おうとする研一であったが、服を摘まんでいるセンに気付いて足を止めざるを得なかった。
マニュアルちゃんも心配だが、センだって置いていけない。
「あっちは私が追うから!」
そこで事情が解からず動けなかったが、マズイ事態になっている事だけ察したロザリーが声を上げる。
マニュアルちゃんの方は自分が何とかするから、研一は、センとしっかり話し合えという強い意志を込めて。




