第26話 善意の刃は深く食い込んで
「……あの子がさ。弱みとか握られてアンタのおもちゃになってるだけなら、私だって、ここまでする気なんてなかった」
ただの時間稼ぎの為だけの言葉が想定外の流れを生む。
研一の甘過ぎる予想に反して、もっと別の理由からシャロンはセンの事を助けようとしているらしい。
研一は邪魔をする事もせず、静かにシャロンの言葉に耳を傾けていく。
「だってそれならアンタを恨めるじゃない。アンタに怒れるじゃない。その気持ちがあるなら、今に見てろって耐え忍んで、力を付けてこんな場所から抜け出したいって思える」
実際、そうやってシャロンは今まで生きてきた。
ゴミのように親に捨てられてたかと思えば、拾われた先では商品扱い。
偶々踊りの才を見出されたから、最近まで一座に在籍出来ていたものの、一緒に拾われた他の子は全員幼児趣味の権力者に売り飛ばされている。
それでも諦める事も腐る事も無く生きて来れたのは、そうやって自分を物みたいに扱ってきた連中を、いつか見返してやるという意地があったから。
この身一つで伸し上がってやる、と自分の生き方を自分で決めたからこそ、結局売り飛ばされたけど、心折れて腐る事も無く今も生きている。
「別に他の道だって構わないのよ」
そんな生き方が出来る人間ではないかもしれない。
そんな僅かな夢を見る事さえ許されない状況がある事だって知っている。
だから、意志を強く持ち自分の力で生きるべきだなんて、傲慢な事を言う気はシャロンにはない。
「男を利用して生きていったっていい。どうせ成功なんてしないんだって諦めて、惰性で生きていくのだって構わない。それが本人の意志で選んだ道なら、他人の私がとやかく言う気なんてなかった」
ただ悲惨な状況の連続に押し流されて。
自分で選ぶ事すら考えられない状況ならば、今だけは助けてくれる人の手を取るという選択肢を教えたかっただけ。
そこから自分の生き方を探し、セン自らの意志で選んでほしかった。
(ふむ……)
シャロンの言葉は、断片的で研一には少し解り難かった。
それでもセンの事を真剣に考えてくれている事は伝わったので、理解出来るように自分なりに噛み砕き、解釈していく。
(要はセンちゃん自身が諦めるなり、あるいは自ら望んで俺の傍に居るって言うなら、それがセンちゃんの選んだ生き方。どれだけ悲惨で救いがなくても、赤の他人の自分が横から口を挟む気はないって事かな?)
概ね間違った解釈はしてないだろうと判断する研一だが、だからこそ解からない事が出来てくる。
シャロンの言葉どおりなら、彼女が身体を張ってまで研一に向かってくる理由なんてないのだから。
「けどね。騙して選ばせもしないってのは違う。それだけは、私は絶対に許せない」
(騙して? 何の話だ?)
研一の疑問に答えるようにシャロンの話は続く。
ガキを騙して何が悪いなんて悪人演技をする事も忘れ、研一は静かに次の言葉を待った。
「あの子、凄く嬉しそうに言ってた。救世主様がお母さんの事を助けてくれたって。大怪我したから、今は回復出来る場所で休んでて会えないけど、会えるようになったらいっぱい褒めてもらうんだってさ」
「……」
「アンタみたいなゴミには解かんないでしょ。あの子はね、アンタがお母さんを助けてくれたと思って必死に恩返ししてるだけ。恩のあるアンタに少しでも喜んでもらえるのなら、何でもしたいって思ってるだけなのよ」
「…………」
「何であんな気持ちを踏み躙れるのよ。何でそんな事平気で出来るのよ……」
許せなかった。
一矢報いる事も出来ず、無駄に穢される事になるだけなのは本当は解っていた。
それでも。
お前のした事はここまで自分を怒らせる事なんだと、刻み付けに行かなければ気が済まなかったのだ。
(なんてね。言って解かるような人間なら、最初からこんな外道な事出来る訳ないじゃない)
きっと訳解かんねえ事言うなと一喝されて終わり。
掠り傷の一つも出来ずに犯されるんだろうなあ、と怒りに任せて随分と早まった事をしたもんだと今更ながらに思うシャロンであったが――
全く想像していない光景が視界に飛び込んでくる。
「え?」
「…………」
血の気を失い、今にも倒れそうな青白い顔をした研一が佇んでいた。
驚き過ぎているのか。
表情を失い固まる姿からは、今までの傲慢な態度なんて見る影もない。
まさに呆然自失という言葉が相応しい姿である。
「アンタ、もしかして知らなかったの?」
あまりの変貌っぷりに、今までの確執も一瞬忘れて。
嫌味も皮肉も混じらない、純粋に疑問を問い掛けるだけの声がシャロンの口から反射的に飛び出していた。
「あ、ああ。勿論、知ってるぞ。センちゃんの母親を殺したのは俺なんだぜ。知ってて騙してたに決まってるではないですか」
誤魔化すように早口で答える研一であったが、全く誤魔化し切れていない。
むしろボロが出まくりで、黙っていた方が誤魔化せた可能性は高かっただろう。
(……えーと、これってどういう事?)
案の定、あまりに不審過ぎる研一の態度に、シャロンは今までの怒りなんて忘れてしまったように冷静さを取り戻し、現状の分析を始めていく。
(さっきの動揺は演技には見えなかった。じゃあコイツは本当に自分がセンちゃんに恩人だと思われているなんて知らなかったって事よね?)
人の心を持たない外道なら、他人の機微なんて理解しようともせず、自分に都合良く考える事なんてよくある事。
それだけなら疑問を持つ事なんてなかっただろう。
他人の気持ちなんて微塵も興味がない、ゴミのような男だと評価を変える事なんてなかっただろうが――
(それならセンちゃんが誤解してるって知ってショックなんて受けない筈。馬鹿なガキだなんて大笑いでもするのが、今までのコイツの態度から考えたら自然な筈だけど――)
問題はセンの心の内を知った後の反応である。
センの恩人だと思われている事に関して、どう見ても研一は初耳だった。
それならば何かすれ違いがあってセンが勝手に誤解していると考えるべきであり、極悪人からすれば願ってもない事態の筈なのだが――
口調も何もかも、おかしくなってしまう程のショックを受けている。
(というか何で自分が騙してるなんて嘘を吐く必要があるの? 今さっき気付いたコイツが、センちゃんを騙せる筈がないじゃない)
考えれば考える程に、怪しい事だらけ。
むしろ怪しい部分が多過ぎて、突っ込みが追い付かないレベルだ。
(しかも私の前ではガキ呼びなのに、裏ではセンちゃんって呼んでるってどういう事? センちゃんも本当は研一さんって呼んでるのに、何か表では救世主様って言うように命令されてるっぽいし……)
もう訳が解からないとばかりに叫び出しそうになるシャロン。
それじゃあまるで――
本当は仲良しなのに、周りには主人と奴隷に見えるように振る舞っている事になってしまう。
(……馬鹿げてる。そんな事したって誰も得しないじゃない)
無駄に研一の評価が下がる以外に意味なんてなさげ。
逆ならば救世主としての体裁を保つ為に取り繕っているで説明が付くが、わざわざ悪く思われる事に何の意味があるというのか。
目の前のコイツは子どもであろうと食い物にするゴミのような男の筈だと、浮かんだ考えを否定しようとする。
(……あれ? よく考えれば、何でコイツって私に襲い掛かりもせずに、ずっと話に付き合ってくれてるの?)
そこでシャロンは気付いてしまった。
あれだけ生意気な口を利いて、挑発するような事を言ってしまったのだ。
もし研一が本当に言葉どおりの性欲に塗れたゴミ男なら、とっくの昔に自分は押し倒され、乱暴されている筈だ。
(指一つ触れられてないって、おかしくない?)
それなのに距離を取ったまま一歩だって近寄って来ないし。
よくよく思い出してみれば話している最中だって、顔を真っ直ぐ見ていただけで舐め回すように身体を眺めたりもしてなかった。
「ねえ、アンタって――」
もしかしたら何か事情でもあるのかもしれない。
どんな事情があっても研一のせいで売られた事に変わりはなく、面倒臭い状態になっているから恨み自体は当然あるのだが――
だからこそ納得出来る理由でもあるのなら、聞いておきたかった。
「あー。もう何か気分じゃなくなっちまったぜー。明日には魔族との戦い始まるらしいし、無理して明日に響いても困るからなあ。よかったな、命拾いして」
けれど、そんなシャロンの気配を察したのか。
やや棒読みにすら聞こえる白々しさすら感じさせる言葉をほざいたかと思うと、シャロンの反応も待たずに逃げるように研一は部屋を後にする。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
慌てて後を追い部屋を出るシャロンであったが、既にもぬけの殻。
広い筈の城の廊下には人っ子一人、居やしない。
「どんだけ速く逃げてんのよ……」
一人残されたシャロンの声が、誰も居ない廊下に木霊する。
結局、この後出来る事なんてある訳もなく。
酷くモヤモヤとした気持ちを抱えて、シャロンは一人で眠りに就いたのであった。
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