第236話 涙の理由は――
「プロディさん、大丈夫ですか?」
部屋に案内され、見張りなどが居ない事を確認した研一が真っ先にしたのは、プロディの心配であった。
というのも、あまりにも衝撃的な事態だったから。
研一から見たプロディは、自身が死ぬ事になったとしても堂々とした態度を崩さない強い女性であり、人前で泣き出す事なんて想像すらしていなかったし。
今も沈んだ暗い表情をしているともなれば、心配するなと言う方が無理な話だ。
「計画を台無しにしてしまって申し訳ありません、研一様……」
「ああ、いや、謝ってほしいとか、そういう話じゃないんだ。驚いたけど、何とか上手く誤魔化せたと思うしね」
「はい……」
「えっと、だから、その、ただ本当に大丈夫なのか。プロディさんの事が心配なだけで――」
三人どころか、五人くらいは余裕で眠れそうなベッドの上。
研一は隣に座るプロディと肩が触れ合うくらいに隣り合って座り、なだめるように優しい声で言葉を紡いでいく。
――ちなみにセンは、少し離れた場所に座って、不安そうに二人を見ていた。
「私の事でしたら心配なさらず。ただ色々と見積もりが甘く、覚悟が足りなかった事に気付かされただけですので」
「見積もりが甘かった?」
「はい。ただ魔族との戦いの為に人を騙すだけの簡単な作業だと、そんな軽い気持ちでいたので、不意を突かれてしまって……」
そこでプロディは深呼吸でもするように、息を吸って言葉を区切る。
胸に手を当てて静かに息を吐く姿が、プロディの気持ちを押し付ける為の仕草だと気付いた研一は、急かす事もせず次の言葉を待った。
「マキ様や貴方以外に、私を救う為に己の身を削ってくれるような方が居るなんて、想像もしていませんでした」
魔族と人間の間に生まれたプロディは、その出自故に周囲から死を望まれて生きてきた。
それがある日を境に、民衆から国の党首のように扱われ始めたのだが、一番苦しい時に助けてもくれず、掌を返したように崇拝したように讃え始められたからって、気なんて許す筈がない。
そんなプロディに取って、幼少から苦しみを共に抱えて過ごしてきたマキ。
そのマキを助けてくれただけでなく、死の直前まで追い詰められていたプロディ本人さえも救い出してくれた研一。
その二人以外の人間なんて、どうでもいい塵と変わらず。
騙そうが傷付けようが、それこそ殺したところで心なんて痛まなかったのだが――
「ですが、こんな私の事を。自分がどうなっても構わないから救いたい。そんな風に思って下さる方を騙し、傷付け、裏切るという行為をしていると自覚した途端、胸が痛くなりました」
ほとんど交流もなく、ただ数回しか顔を合わせた事がないプロディの為に、心の底から怒り、犠牲になってでも助けようとしてくれた。
そんなセレスを前にして、他のどうでもいい者達を騙す時と同じように平静な気持ちで居る事なんて、プロディには出来なかったのである。
(これ以上、プロディさんを巻き込む訳には、いかないか)
今も暗い顔をしているプロディに、引き続き操り人形として振る舞ってもらうのは、あまりにも酷だろう。
何故なら、研一と共に居るという事は、これからも人を騙し続けていくという事。
それは、今回のセレスに限った話ではない。
魔王を倒し世界を平和にするまで終わりなんてなく、あるいは、世界を平和にした後でさえ、信じてもらえず、疑われ続けるのは確実。
既に泣く程に辛いというのなら、解放してあげるべきだと研一は思う。
「なあ、プロディさん。今からでもマキさんの所に戻れるように動いてくからさ。セレスさんに保護された後で、マキーナ国に帰らないか?」
「……」
「ほら、セレスさんのお陰で、俺の操り人形から解放されていくって流れも、今なら作り易いし……」
幸い、プロディの涙をセレスは魔法で操り人形にされているプロディが、それでも必死の抵抗の末に流した涙みたいに感じてくれている。
セレスに悪党だと恨まれたまま、プロディをセレスに保護させる事自体は、難しくないだろう。
「プロディさんには十分、助けてもらった。俺に恩とか感じて気を遣ってるなら、気にしなくていいか――」
「研一様。違うのです」
プロディの方から限界だとは言い出しづらいだろうと感じた研一は、頷くだけでいいように言葉を並べていくが――
強い意志の込められたプロディの短い声が、研一の言葉を遮った。
「確かにセレス様の事は、心が痛みました。こんな優しく気高い方を騙すなんて、どれ程、罪深い事をしているのかと感じましたが、それでも涙が出る程の事ではありませんでした」
「え、だって……」
「私が泣く程に辛いと思ったのは、研一様。貴方の事なのです」
言葉と共にプロディは、研一の手を包み込むように握って、言葉を続けていく。
「今までこのような想いを抱え、貴方は過ごしてきたのでしょう? その優しさを見せる事も出来ず、相手を騙してしまう事に心を痛めて……」
「…………」
「たった一人を傷付けただけで私は、こんなに辛かったのです。それなら数えきれない程の人を騙してきた貴方は、どれ程に苦しかったのかと思ったら、涙が止まらなくなってしまったのです」
そして、セレスの前で泣いていた時と同じように、プロディの目に涙が滲む。
どうやら本当にセレスを騙した事で心を痛めて泣いていた訳ではなく。
研一の今までの苦しみを想像して、辛くて泣いてしまったようであった。
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