第225話 統治者は貴方の下僕
(やっぱりリティアは凄いでござるな……)
新しいファブリスの統治者として動き始めてミリティは、想像以上の業務量に疲れを感じつつ――
ほとんど一人で業務をこなしていた親友の事を思い出し、自分なんてまだまだだと気を引き締めていた。
(主様。アレからファブリス国は、大きく変わったでござるよ……)
もう獣人を一方的に迫害しようとする者は、ファブリス国には居ない。
というのも研一を連れてきたのもミリティなら、最後の最後まで執着していたように見えたのもミリティだった為、誰もがミリティに連なる獣人を恐れているからだ。
下手に手なんて出そうモノなら、またあの男がやってきて暴れ回るんじゃないか、と。
(それだけなら単に人間と獣人の立場が逆転しただけで、結局何も変わらなかったかもしれないでござるが――)
だが、話はそれで終わらなかった。
怠惰で無責任だったファブリス民の間に、ある一つの共通認識が生まれたからだ。
それこそ『約束や契約は命を賭けてでも守るべき』という言葉であり、破った者には救世主がお仕置きに来るなんて、都市伝説のようなモノまで生まれている。
――しかも、子どもより大人の方が怯えている状態で、子どもが悪ふざけで救世主の事を口にしようモノなら、慌てて大人達が口を塞ぎに来て。
周囲を見渡して、研一が居ないか確認して胸を撫で下ろすような始末だ。
(健全な状態とは、とても言い難くはあるでござるが……)
いつ来るか解からない恐怖に怯え、ビクビクとした態度で働くファブリス民の姿は、お世辞にもマトモとは言い難いだろう。
しかし、それを言い出せば、獣人が報酬に無頓着な上に反撃しないのをいい事に、好き放題無茶を言っていた頃の方が、よっぽどおかしくて。
(主様、こうなる事を予測していたでござるか? その影響か、獣人達への態度以外にも、色々と変化があったでござるよ)
党首になってミリティは初めて知ったが、そもそもファブリスの問題は、獣人だけに限った話ではなかったのだ。
例えばミリティファンクラブ、なんて研一に呼ばれていた正規兵達。
実はリティアに解雇される前から、獣人と同じく、あまり民衆からは、良い扱いを受けていなかったらしい。
というのも、魔獣から街の防衛なんて仕事は、やる者が居なくなった時点で、それは国が滅びるのと同意義だ。
言い方を変えれば、だから、誰かがやらないといけない仕事であり、誰かは嫌でもやってくれている仕事。
(辞められないのを解かっているからこそ、ぞんざいに扱っていたらしいでござる……)
無論、リティア自身は正規兵達に高い報酬を支払い重宝していた。
だが、それが後で衛兵達として雇用したような者達には、更に気に入らなかったらしい。
獣人達よりも弱いくせに、どの面下げて正規兵面してるんだとか、金ばかり取っている役立たずなんだから辞めさせて国民に還元しろ、と喚き散らしていたそうだ。
(それでいざ魔族と取引して危険が無くなり楽そうと見るや、一斉に自分達を兵士として雇用しろと志願してきた、と。そんな連中に死ぬかもしれないなんて心を痛めてやる辺り、拙者なんかより、よっぽどリティアの方がお人好しでござるよ)
自分なら衛兵達が死のうが自業自得だと吐き捨てていただろうと、ミリティは思う。
とはいえ、今回の件でその手の人間は、一部が死に、残りは例外なく心と身体に深い傷を負ったので、暫くは大人しくしているだろう。
――反省して心を入れ替えたと言い切れないのは、それが人間というものだからだ。
(命懸けで戦う者との約束には命を賭けろ。契約は絶対だという主様の言葉もあって、今じゃあ正規兵を馬鹿にする者も、このファブリスには居なくなったでござるし――)
とはいえ、その手の者が大人しくなってくれたのはミリティにとっては、とても有り難い事ではあるし。
当然、これだけで話は終わらない。
そもそも正規兵の事は一例でしかなく、どうやら抵抗し難い立場の者を一方的に好き放題扱うという風潮が、ファブリスには多くあったらしい。
雇用主側が俺に逆らうなら給料払わないぞと、無理難題を言う事もあれば、職人が最初に提示した報酬を後から釣り上げるなんて事も常態化していたようだ。
(今じゃあ主様のお陰で、その手の者は、ほとんどファブリス国には居なくなったでござる)
だが、その意識を大きく変えたのが研一とミリティの、最後のやり取りだ。
契約さえしっかりしていれば、あの暴れ放題だった救世主ですら民衆に必要以上に手を出せない、と示した事は大きかった。
まず何よりも契約。
そして、最初に言ったように契約は絶対という流れがファブリス全体に広がった事で、立場の弱い者が一方的に搾り取られるような事は、急激に減ったのである。
(その影響でござろうな。主様はスキルとやらの効果的にも性格的にも、きっと困ってしまうのでござろうが、熱心な信者のような者も存外居るのでござるよ)
この流れを作り出した研一に感謝している者も、意外に多く。
研一の銅像とかが密かに作られていて、実は裏で結構売れているらしい。
(悪い事や後ろめたい事をしている者は罰に怯えて、そうでない者は伸び伸びと働ける。そういう形を目指していくのが、いいのでござろうな……)
それならばミリティは、その流れを推し進めていこうと思う。
幸い、今は契約を破っている者に関しては、民衆が進んで密告するような状態であり、兵を差し向けたところで――
契約を無視するような者を放っておいて、救世主様の怒りを買っては困るので、と言っておけば、全員黙るのだから。
(龍の後ろに隠れる犬のようなモノでござるが――)
折角、研一が作ってくれた流れだ。
ここは少し狡い気はするが、無駄にしない為にも精一杯利用しないと勿体ないなんてミリティが考えたところで――
(あるいは、ここまでの流れ全てが、最初から主様の狙い通りだったのかもしれないでござるな……)
そうでなければ、ここまで綺麗に収まる訳がないなんて。
ミリティは研一の底知れない智謀に、怖れに似た敬意を抱くと同時に、身体がビクリと一度、大きく震えた。
そんな凄い人物に、ペット扱いされて首輪を繋がれて散歩していたと思うと、身体が火照って仕方なかった。
そして――
(それにしてもさすが我等が鍛冶の国の職人が作った作品というか、悪ぶっている時の主様にそっくりでござるよ……)
ちゃっかり買いに行っていた上に、堂々と飾っている研一の等身大の銅像を眺め。
悪そうに笑う姿を見て、また首輪を付けて連れ回してくれないかなんて、はしたないでは済まされない倒錯的な想いを抱いたのであった。
面白かった、続きが見たい。
書籍化して絵が付いているところが見たい。
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