第212話 痛さには、ご褒美を
(これは、何でござろう?)
不思議な感覚と共に、ミリティは意識を取り戻す。
それは例えるなら――
ずっとそのまま眠り続けていたいような夢見心地な気分にさせてくれるのに、同時に全力で荒野でも走り抜けているような疾走感も襲ってきているような。
とても、この世で感じられるモノとは思えない不思議な体験であった。
「ああ、なるほど。これが天国というヤツでござるか」
そこで研一の放った攻撃に呑み込まれた事を思い出したミリティは、死後の世界なら、この不思議な体験にも得心がいったとばかりに、一人頷く。
けれど――
「……ごめん。死んだと思い込んでしまうくらい怖がらせて」
非常に申し訳なさそうな声で、研一はミリティの勘違いを否定する。
ミリティが居るのは天国どころか、あの世ですらない。
お姫様抱っこでミリティを運んでいる、研一の腕の中だ。
研一の腕の中にいる居心地の良さ。
そして、ミリティを抱えたまま必死で走る事で生まれている風圧が身体に当たる感覚が入り交じったモノこそ、先程、ミリティが感じた体験の正体だ。
「ミリティさんには伝えてなかったんだけど、俺の攻撃って人間に対しては殺傷能力が大きく落ちるんだ。これでも人類の救世主の力だからさ」
(主様の顔がこんな近くに。結構、睫毛長いし整った顔しているでござるな。やはり、ここが天国……)
ミリティがどうして生きているのか説明する研一だが、気絶から起きたばかりで細かい事を話されても頭に入ってくる訳もなく。
目をパチクリとさせて、自分を抱える研一の顔をミリティは眺め続ける。
「もしミリティさんが黒幕の一派で、自分が党首になる為に魔族をファブリスに誘き寄せ、ファブリス全体を危険に晒していたんだったら、あれ以上、俺は協力出来ない。そう思ったから黒幕の仲間か確かめさせてもらう為に、あんな事をしたんだけど――」
(偽者とはいえ主様を用意してくれるとは、神様とやらも粋な事をしてくれるでござる。折角の褒美、堪能しないと失礼でござるな……)
そんなミリティの様子に気付かず。
どうしていきなり攻撃なんてしてしまったのか、説明していたからだろう。
ミリティの次の行動に反応が遅れてしまう。
「ちゅー」
ミリティは研一の首に手を回したかと思うと、そのまま研一に口付ける。
そのまま研一の唇を割り入れるように舌を捩じ込んで――
「な、何してるんですか!? ミリティさん!!」
「え、あれ? 本物でござる!?」
そこで慌てて研一はミリティを突き放し、叫び声を上げた事で。
ようやくミリティは、自分が研一に抱きかかえられている事を理解すると同時に、先程何をしてしまったのかを理解したのであった。
〇 〇
「……なるほど。そういう流れでござったか。いきなり黒幕がどうこう言われて、殴り掛かられたから何事かと思ったでござるよ」
お互いの心の安寧の為に、さっきの出来事は、なかった事にした。
若干顔を赤らめて気まずそうにしつつ、それでも必死で真面目な顔を作り、ミリティは状況は理解したと頷く。
――ちなみに、今でも研一に抱えられたままである。
これはミリティが研一と並走するよりも、研一が抱えて走った方が速いからだ。
「本当にごめん。けど、ミリティさんは死ぬって確信してただろうに、一歩だって逃げようとしなかったからね。私利私欲で国を奪おうとしている人が出来る覚悟じゃない。今は黒幕とは何も関係ないって思ってる」
「痛い想いをした甲斐があったでござるね。信用頂けたようで嬉しいでござるよ」
「本当にごめ――」
「もう謝るのは無しでござるよ。事情は理解したし、十分納得も出来たでござる」
更に謝ろうとする研一を、ミリティは止める。
確かに獣人達で国を統治する為に、魔族を引き寄せるような悪党だったら、協力出来ないという研一の言葉には、同意しかなかったから。
「ただ、どうしても拙者には信じられないでござるよ。ウルススがそんな大それた事をするとは到底思えないのでござるが――」
けれど、どうしても納得出来ない事もあった。
国の乗っ取りを謀っていた強硬派が居ない現在、ミリティを党首にしようとしていた人間なんて、同じ獣人であり部隊長であるウルススくらいしか居ないが。
(そんな事するくらいなら、人間の居ない場所で獣人達だけで安穏に隠れて生きていこうってタイプでござるよ……)
国を危険に晒してまで、獣人達で統治しようなんて言い出すタイプとは思えない。
どうしてもミリティの知っているウルススと、印象が合わないのだ。
「ああ。ウルススさんじゃないからね。多分、あの人も何も知らないんじゃないか?」
そのミリティの予想は正しいとばかりに、研一は迷いなく肯定する。
ウルススを黒幕だと考えるには、どう頑張っても説明が付かない事が多過ぎるからだ。
「え、他に拙者を党首にしようとしている人なんて、居ないでござ――」
「俺も気付くのが遅過ぎた。よく考えれば、おかしい事なんて山のようにあったのにさ……」
ミリティの言葉を遮り、研一は後悔と共に口を開いていく。
たった一人で誰にも知られる事無く戦い続けていた、孤独なる女王の策略を。
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