第211話 誓いに消えたミリティの意思
「さて、急いでファブリスに戻らないとな」
魔族軍を蹴散らした研一は、自然な動きでアロガンスが倒された場所に落ちている『神器ファブリス』を拾いつつ、静かな声でミリティに語り掛ける。
主力こそ粗方引き付ける事は出来たが、想定以上に多くの魔族をファブリスに通してしまった。
いくら迎え撃つ準備を先に整えていたとはいえ、研一の助力無しに撃退は難しいだろう。
「そうでござるね。重ね重ね、助力に感謝するでござるよ」
ミリティも異論は全くないらしく、当たり前のような動きで研一の傍に歩み寄る。
二人で走るよりも研一に抱えてもらって移動した方が、遥かに速く移動出来る事を察しての行動であった。
「ああ、急いでるから手短に確認するんだけどさ」
「何でござろう?」
「ミリティさんって、今回の魔族の襲撃の件、何も関わってないよね?」
まるで世間話でもするように、あまりにも軽い調子で告げつつ。
それでも『神器ファブリス』をミリティに奪われないように握り締め、研一は油断ない視線でミリティを見る。
「主様? 一体何の話で――」
「いやさ。今回の襲撃で一番得をするのって、ミリティさんだよね?」
追放されながらも国を守る為に魔族を撃退した獣人達の地位は大きく向上し、その流れでミリティが党首になる事に、誰も異を唱える事は出来なくなるだろうし。
獣人達に元々好意的だった元正規兵達とは、事前に獣人と協力して魔族の撃退に励む約束を取り付けている。
彼等も事件が終われば、街を守った英雄達として地位を取り戻し、ファブリスの権力者は、獣人と獣人友好派閥だけで固まっていく事は決定事項と言ってもいいだろう。
「逆に一番損をするのは、リティアを中心にした、いわゆる反獣人派の人達……」
そして、衛兵達と戦った研一には解かる。
あの衛兵達では能力的にも性格的にも魔族の襲撃で役に立つ事はない。
足を引っ張るのが関の山で、そんな連中を取り立て、防衛の要と言える獣人と正規兵を追いやったリティアの地位は、完全に失墜する筈だ。
「ミリティさんを党首にする為に俺も動いてたんだから、そうなるのは当然かもしれない。けど、あまりにも各陣営の動きが都合良過ぎるんだ」
例えば国の乗っ取りを謀っていた強硬派の獣人達。
もし彼等が生き残っていれば、今更ファブリスの人間達を助けてやる義理なんてないと揉めただろうし、魔族の撃退に手を貸してくれたとしても面倒な事になってたのは間違いない。
例えば元正規兵の面々。
いくら獣人達に好意的だったとはいえ、それでも自分達の立場を失う事になってまで、全員が獣人達に味方しなければならない状況になるだろうか。
それこそ保身を考えて、半獣人派に寝返る者が出ていてもいい筈。
「まるでこの魔族の襲撃を切欠に、不要分子が全てファブリスから居なくなるように、全て整えられていたとしか思えない」
あまりにも綺麗に、陣営が分かれ過ぎているのだ。
まるで裏で誰かが盤面を操っていたとしか、考えられない程に。
――だからこそ研一は大して準備をする必要もなく、ただ魔族を撃退するだけで、全てが上手くいくような状況にまで持ってこれたのだ。
「もう一度聞くよ、ミリティさん。今回の件を裏で仕組んでいたりしないよね?」
黒幕自体は、間違いなく居る。
魔族すら思い通りに操り、ファブリスから反獣人派を駆逐し、ミリティを党首にしようとしている者が。
問題は、ミリティが黒幕側の陣営であった場合――
最後に自分よりも力を持ち、一番の邪魔者になり得る可能性のある研一を排除しようとしているなら、この『神器ファブリス』を渡す訳には、いかない。
『神器ファブリス』を振るうミリティに研一が勝てる見込みなんて、ほとんどないのだから。
「裏で仕組むって、そんなの無理でござるよ。どうやって都合良く魔族が襲撃してくるように仕向けるでござるか」
そんな事出来る訳がない、と告げるミリティの姿に嘘は見えない。
研一だって信じてやりたかった。
(ああ、くそ。こんな時にセンちゃんが居れば――)
だが、見えもしない心を信じてやれるほど、研一は強くはない。
少しでも嘘を吐いていると判断出来たなら、ミリティを置いて一人でファブリスに向かおうと思っていたが――
急に疑われて心細そうにしているミリティを、置き去りにする事は出来なかった。
(ああ、くそ。神の素材で作られてるからか? なんで家に比べたら小さいナイフなのに、異空間に収納出来ないんだよ……)
それでも最大級の不穏分子を傍に置く訳には、いかない。
もしミリティが隙を見て『神器ファブリス』を研一から奪い獲る事が出来れば、それだけで研一なんて、あっさり殺されてしまうのだから。
「……ミリティさん。魔族を撃退したら、身も心も俺に捧げるって約束は、今も生きてるか?」
研一は、言葉と共に拳に魔力を溜め込んでいく。
山でも吹き飛ばしそうな程の膨大な魔力が渦を巻き、拳に集約されていく。
「……勿論でござる。このミリティ・ファブリス。この全てを闇野研一様に捧げると、誓っております」
戦士であり暗殺者でもあるミリティには、一目見るだけで解かった。
研一の手に込められた魔力は間違いなく攻撃の為の魔力であり、攻撃と見せ掛けて転移魔法を撃つなんてハッタリではなく――
これから全身全霊の一撃が、自身に放たれるであろう事を。
「……ごめん。これもファブリスを確実に救う為だと思って諦めてほしい」
「謝る必要はないでござるよ。我が身、我が心、全ては主様の所有物。使うも壊すも御心のままに」
謝る研一にミリティは、穏やかに笑う。
黒幕とやらの一派と思われているのなら、この扱いも仕方ない。
自分がファブリスを救う邪魔になるのならば、喜んで死んでいこうと、全てを受け入れてミリティは目を瞑る。
「……恨んでくれていいよ」
そんなミリティに向け、研一は容赦なく拳を振るう。
解放された魔力が光の奔流となり、ミリティを一息に呑み込み――
(あ、これは死んだでござる……)
目を瞑っていても感じる凄まじいまでの圧力に、ミリティが死を覚悟した瞬間。
壮絶なまでの激痛がミリティの全身を駆け巡り、悲鳴を上げる事さえ出来ず、ミリティの意識は消えた。
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