第210話 ギミックボス
「ば、馬鹿な。傷が一瞬で塞がって。それじゃあ本当に私達を引き付ける為だけに、押されている振りを……」
「だから、そう言ってるじゃねえかよ。まあ、面の皮を褒められたお返しに、俺からも褒めてやるよ。受け流す華麗なる技だっけ? 盛り上げご苦労!」
つい先程、ようやく魔力が戻ってきたにも関わらず。
さも、いつでも回復しようと思えば出来たし、手加減するのにも飽きてきたなんて言わんばかりの堂々とした態度で研一は佇むと――
隣に立つミリティの背を軽く叩いて、前に押し出す。
「え? 何でござ――」
「戦ってみて解かったんだけどさあ。アイツ、避けるの上手いだけの雑魚だぜ? 騙し討ちみたいな形で仲間殺されて苛付いてんだろ? 譲ってやるよ」
(頼む、気付いてくれ……)
研一と魔族の戦いは魔法の力で、魔族陣営に中継されている。
下手に弱みを見せる事は避けたい手前、アロガンスなんて楽勝に倒せるという態度を取っている研一だが、はっきり言って今の力でもマトモに戦えば分が悪い。
あの卓越した回避技術、そして魔力強化を無視して深手を与える事が出来る『神器ファブリス』の組み合わせは、あまりにも研一とは相性が悪過ぎるのだ。
(けど、ミリティさんなら間違いなく勝てる!)
スキルの影響で手に入れた急造の歪な強さではなく、地道な鍛錬で戦闘技術を鍛え上げ、強靭な獣人の身体を持つミリティなら――
アロガンスに負ける要素がない。
(だからミリティさんの力を手に入れる為に、ミリティさんを倒して食べるって方法を選べなかったんだ)
死体だろうと、すぐに食べれば魔族は力を引き継ぐ事が出来る。
それなら面倒な交渉をしてまでミリティを手に入れる必要なんて、ない筈。
殺して奪えばいいし、今まさに他の獣人達の力を殺して奪おうとしているだから。
「おっと、これは善意だぜ? 譲ってやったからって約束は守って貰うぞ。獣人達の地位を向上させて、テメェが党首になれたなら、テメェは俺の女だし、良い女が居れば俺に献上するってな」
勿論、そんな約束なんてしている訳がない。
いきなり戦えと言われて、戸惑っているミリティが落ち着くまでの時間稼ぎの会話でしかなかったのだが――
どうやら、その甲斐はあったらしい。
「かたじけないでござる。では、遠慮なく仇は取らせてもらうでござるよ」
意図を察してくれたのかは、解からない。
ミリティは構える事もせず、まるで散歩でもするかのような無防備さでアロガンスの方へと歩き始める。
(マズイ! やっぱり俺がやればよかったか?)
仲間が殺されていたショックから、立ち直っておらず自暴自棄になっているようにしか見えない姿に、研一は内心で焦りつつ。
ミリティが取り囲んでいる魔族から不意討ちを受けないよう、ミリティの背後を守るように立ち、邪魔立てするなら容赦はしないとばかりに周囲に魔力を撒き散らす。
けれど――
「主様。手出しは無用でござる」
ミリティは冷酷にすら感じる落ち着いた声で研一を静止したかと思うと。
まるで機械を思わせる色のない瞳でアロガンスを眺め、感情の読めない平坦な声で告げた。
「アロガンス殿。華麗なる戦士、と名乗っていたでござるよね」
「……ええ」
「では未熟ながら、ファブリスの名を継ぐ戦士として、魔族の戦士であるアロガンス殿に、一対一での決闘を所望するでござる」
「……解かりました。戦士として受けて立ちましょう」
未だ、この世界の文化をイマイチ把握し切れていない研一に、今のやり取りの意味を全て察する事は出来ない。
だが、きっとアロガンスには断る事が出来ない何かがあったのだろう。
どこか諦めたように決闘の申し出をアロガンスが受けると同時に、そうするのが当たり前であるように、魔族達が囲いを広げ――
この広がった円の内側全てが決闘場と無言で訴えかけるように、静かに佇む。
「ミリティ嬢、覚悟!」
先に動いたのは、意外にもアロガンスの方であった。
研一と戦っていた時とは打って変わり、守りに回って待ちに徹する事もせず、『神器ファブリス』を使って、果敢にミリティに切り掛かろうとする。
ただ真っ直ぐ突っ込む訳でなく、どこか不規則で読み難い動きでミリティに近付こうとするアロガンスであったが――
「……なるほど。そういう仕掛けでござったか」
何かに気付いたように、ミリティは独り呟いたかと思うと――
アロガンスが近寄ってくるのを待つまでもないないとばかりに、地面を蹴り、まるで弾丸を思わせるような速さで接近する。
そのまま首を狩るような動きで、腕を横に素早く薙ぎ払う。
「この程度! まだ救世主の方が速――」
慌てた様子も見せず、研一の時ど同じように華麗に避けるアロガンスであったが、既に勝負は決まっていた。
アロガンスの首に細い線が入ったかと思った瞬間、頭だけが横にズレ込み、ごとりと首から上が地面に落ちる。
アロガンスが避ける動きに合わせ、腕から刃を生やして首を切断したのだ。
「……違和感は、あったでござる。いくら戦闘技術が高くて主様が手加減していたとはいえ、あの猛攻を交わし続けられる訳がない、と」
別に研一は手加減なんてしてないどころか、全力だったが、そこは魔族達が聞いている手前、誤魔化したのだろう。
ミリティは冷静に状況を把握しつつ、アロガンスの手品の種を語り始める。
「幻術系の魔法でござるか? 一歩。いや、半歩くらいでござるかな。実際の立ち位置をズラして我々に見せていたのでござろう」
純粋な体術だけで、何倍もの速さで動く研一の攻撃を避け続けるのは不可能に近い。
そこでアロガンスは、自らの幻影を生み出す事で研一の間合いを狂わせて戦っていたのだ。
「なるほど、巧妙でござるな。仮に幻影だけを戦わせていたのなら、攻撃がすり抜けでもすれば、その時点で気付かれてしまう。すぐ傍に実体があるからこそ、却って騙されてしまうという仕掛けでござるね」
仮に幻影に攻撃が当たってすり抜けてしまったとしても、すぐ傍に実体があるのなら、すり抜けたと錯覚してしまう程に、ギリギリで避けられたようにしか見えないだろう。
そして間合いなんてある程度無視してしまう魔法攻撃に対しては、あえて避けずに『神器ファブリス』で無効化する事で、その場で正面から受けているように見せる。
種も仕掛けもありません、と思わせる為だけに。
――それこそ魔法攻撃の方が避けやすいのだから、わざわざ消す意味がない。
「一見無駄に見えたような踊るような避け方も、違和感を減らす為にあえて無駄な動きを混ぜていたでござるね。実によく練られたものでござるよ」
そして、最低限の動きで避けていては、逆に気付かれる可能性が高くなる。
無駄な動きを混ぜて幻影を隠しつつ、挑発されていると思わせて冷静に観察する平常心すら奪う、二重三重に組み立てられた緻密な戦闘スタイルだったのだ。
「見事でござった。華麗なる戦士、アロガンス殿」
あっさりした決着ではあったものの、決してアロガンスは弱くない。
仕掛けに気付けば簡単に勝てるが、気付かない限り、非常に勝つのが困難だという相手であったのだが――
ミリティが持つ最強の暗殺者の異名は、伊達ではない。
奇襲や不意討ち、騙し討ちの類は専門分野であり、ミリティの経験と洞察力がなければ、こんな簡単に仕掛けを見破る事は出来なかっただろう。
――あるいはサーラやアクアといった他の党首級の強さを持つ人間だったなら、その仕掛けに気付かれる前に、アロガンスが討ち取っていた可能性さえ十分あった。
「主様。私怨に突き合わせてしまい、申し訳ないでござる」
「ああ、別にいいさ。自分の女の機嫌を取るのも、良い男の勤めなんでな」
頭を下げるミリティに研一は軽い言葉で返すと同時に、拳を構える。
ここからは、俺の仕事だと言わんばかりに。
「さて。指揮官なしでテメェ等は、どの程度やれるんだい?」
塵になっていくアロガンスに目もくれず、研一は取り囲んでいる魔族達に勢いよく向かっていくが――
「皆、アロガンス殿の戦士としての誇りある死を、汚す事だけはするなよ!」
「勝てずとも最後の一兵まで勇敢に戦うのだ!」
もはや魔族達自身も研一に勝てる見込みなんて、全くないのだろう。
それでも果敢に立ち向かうものの――
アロガンスのように研一の力を受け流す手段もないらしく、あっという間に蹴散らされてしまうのであった。
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