第206話 それでもまだ甘過ぎて
(何だ、コイツ!?)
アロガンスと戦い初めた研一は、すぐに違和感を覚える。
というのも、だ。
どれだけ殴り掛かっても、アロガンスに拳を当てる事が全く出来ないのである。
(何でこんな遅い相手に、掠りもしないんだ!?)
研一は自分に敵意が持つ者が居れば、世界をスローモーションのように見る事が出来る。
その視界に圧倒的な身体能力も加われば、それこそ雷に近い速さで迫られたとしても、捕まえて取り押さえる事すら出来る筈なのに――
亀のように緩慢に動いているようにしか見えないアロガンスを、捉える事が出来ない。
(素手じゃ当たらないってんなら、この辺り一体を薙ぎ払ってやる!)
それならばとばかりに研一は魔力を拳に溜め込むと、勢いよく腕を横一線に振り回す。
膨大な魔力が津波のようにアロガンスに押し寄せ、逃げ場なんてないとばかりにアロガンスを呑み込もうとするが――
「私の動きを捉えれないからといって、範囲攻撃ですか。実に美しくない戦い方ですね」
アロガンスは焦る様子も見せず、手に持っていた美しい短剣で、研一が放った魔力の波を斬り付ける。
それだけで研一の放った魔力の波は、跡形もなく消え失せてしまった。
「馬鹿な……」
ファブリス民から嫌悪され力を蓄えた今の研一の強さは、神獣の敵でもなければ苦戦しないくらいには強い筈であり――
事実、雑兵とはいえ一撃で魔族を十数体消し飛ばす程の破壊力があった。
その触れるだけで魔族を即死させるだけの力を持つ一撃を、いとも容易くアロガンスは無効化した。
研一が驚きに声を上げるのも、無理はないだろう。
「『神器ファブリス』。遥か昔、神獣と呼ばれる神の眷属の素材から作られたとされるこの魔具は、あらゆる魔力を大きさに関係なく、全て無効化します。私を倒したいのであれば、直接その拳を私の身体に叩き込むのですね」
呆然と立ち尽くす研一に、アロガンスは短剣を向けながら説明する。
果物ナイフのような大きさしかない上に、宝石を思わせる美しさも相まって、一見すると武器というよりも芸術品にしか見えない代物であったが――
どうやらトンデモナイ力を持つ、伝説級の武器のようであった。
「ファブリス、だあ?」
だが、研一が引っ掛かったのは凄まじい性能の方ではない。
武器の名前。
国名を冠している以上、おそらくファブリスに代々伝わる宝か何かだと想像出来るが――
そんな物を何故、魔族であるアロガンスが持っているのかという事である。
「野蛮な貴様でも、さすがに気付きましたか。ファブリスの獣人共から譲り受けたのですよ。ファブリスを力ある者、あの国を治めるに相応しい獣人の物にする為に、力を貸してほしい、とね」
アロガンスの言葉に、研一は思わず後ろに居るミリティに目を向けてしまう。
敵に背中を向けてしまう形になってしまったが、そんな事さえ無視して確認せずには居られない程に、衝撃の言葉であった。
「ああ、彼女は知りませんよ。そもそもこの『神器、ファブリス』の存在さえ知らないでしょう。これは代々、獣人の長たる者だけに、秘して受け継がれていた物。この宝の存在を知る前に、彼女は先代の長を殺してしまったそうですからね」
驚きに目を見開き、何も言えなかったミリティの代わりとばかりに、アロガンスの説明の声が流暢に流れていく。
背中を向けている研一に、攻撃を仕掛ける事もせず。
――もし不用意に攻撃してくれれば、敵意で周囲の位置を把握出来る研一なら、逆に不意打ちが出来たのだが、どうやら下手に近付く気はないらしい。
「先代の長は、堕落した人間と協力して共に生きていこうという彼女を、力だけは認めていても、本心では認めていなかったようでしてね。長にだけ教える秘伝は、人間共を隷属化する事を目的としていた派閥のリーダー。若き一人の獣人に全て教えていたそうですよ」
全く、最強の力を持っている上に実の娘をないがしろにするとは、何とも嘆かわしい。
そんな風にぼやきながら、更にアロガンスは言葉を続けていく。
「その獣人の男達は仲間達を連れ、この短剣を差し出して我等魔族に嘆願したのです。どうかファブリス国を正しい者の手に。獣人達の力で支配出来る国にする為に協力してほしい、とね」
「その願いを聞いておきながら、リティアにはファブリスには手を出さない代わりに、ミリティを差し出せとか言ってやがったのか?」
「まさか! 私達は獣人の願いに応える為に、彼女の身柄を欲しているのです」
とんだ二枚舌の卑怯者めと罵る研一であったが――
心外だとばかりにアロガンスは告げて、更なる説明を続けていく。
「こんな素晴らしい神器を差し出し、自らを差し出してまで、腐敗した人間共から、国を奪いたいというのです。その気概に応えないのは戦士として――」
「おい、待て。自らを差し出してまでって」
アロガンスが話している最中であったが、思わず研一は言葉に割り込む。
猛烈に嫌な予感がした。
「ええ、全員我等の部隊で食べさせて頂きました。後はそこに居られる彼女を私が食べ、彼女の力でファブリスを支配出来れば、彼等の願いは成就するという事です」
「……喰われた獣人達は、納得してたのか?」
「さあ? なにぶん、魔族領までの旅でお疲れだったらしく、ぐっすりと寝ていましたからね。ですが彼等の目的は、その力を受け継いだ者として、全力で叶えたいと思っております」
ですから攻め落とそうと思えば、すぐにファブリスなぞ攻め落とせるのに、交渉で手に入れようとしているのです。
獣人達の願いは人間を殺し尽くす事ではなく、支配する事でしたからね。
と、本心から獣人達の為に面倒な方法でファブリスを手に入れようとしているのだと、アロガンスは告げる。
「本当は、このような凄まじい神器を頂いたのなら、上の者に献上しないといけないですし、魔武具の力は脅威なので、上からはファブリスの魔法使いは全て殺せと言われているのですが、私にも戦士の意地があります。力を受け継いでおいて、彼等の願いを踏み躙る訳には、いかないのですよ」
自分は上に背いてでも、亡き獣人達の願いを叶えてみせるのだ。
そこに私利私欲や獣人達を騙そうとしたという雰囲気は、一切見えず――
「後はミリティ嬢。貴女の力があれば、獣人達の力でファブリス国を支配する事が出来るのです。さあ、彼等の願いの為にもこちらへ……」
善意と誇りの果てに、ミリティを食べようとしている。
それが解かってしまうからこそ――
逆に悍ましく、吐き気を覚えるような不気味さがあった。
(……ああ、うん。俺はまだ、魔族ってのを理解してなかった)
研一は、ようやく心の底から理解出来た気がした。
こんな奴等が隣に居たら、安心して生きていけない。
コイツ等は確かに、全員倒さないといけない相手なのだと。
投稿時、ネトコンに応募中です。
是非ブックマークや高評価して頂けると嬉しいです。




