第203話 出陣は煽りと共に
「思ったより悪感情、集まってくれたな……」
それから数日もしない内に、魔族は軍を率いてやってきた。
どうやら街を戦場にする気も、民間人を巻き込む気もないらしく、街を少し離れた場所にある開けた地形で、研一とミリティを待ち構えているらしい。
(多分、何もない限り大丈夫だとは思うけれど――)
集まった魔力から考えて、今の研一の強さは、サラマンドラ国で初めて魔族軍と対峙した時と同等くらいだ。
つまり並みの魔族相手なら一駅で倒せて、逆に百発殴られようと傷一つ付かない。
何か問題が起きて力が低下するか。
あるいは今まで出会った事もない程の強さを持つ魔族でも居ない限り、まず負ける事のない程の力と言っていいだろう。
「折角穏便に済みそうだったのに余計な事しやがって……」
「あの獣人引き渡す時に、一緒に死んでくれたらいいのに……」
それ程までに、研一は国中から恨まれていた。
当然と言えば当然だろう。
「んー? おかしいなあ。最強の暗殺者と獣人達を恐れて、引き籠って何も出来ないグズ共の代わりに、魔族御所望のコイツを連れてきて、首輪まで嵌めてやったのは、誰だったかなあ?」
魔族が軍を差し向けるまでの数日の間さえ、研一は休む事無くミリティに首輪を付けた状態での散歩を繰り返し。
今みたいに、ファブリス民達を煽り散らし続けた。
特に自分達は何も出来なかった無能の癖にという言葉は、民間人にも衛兵にも、ミリティを慕う者達にも耳に痛い言葉で、出来るなら腕ずくでも黙らせたいだろうに。
研一の強さは、既に知れ渡っている。
「俺様、傷付いちゃったなー。ここでこの首輪の鍵外して、逃がしちゃおうかなあー」
こうして好き放題されても結局、歯噛みして悔しがる事しか出来ず。
不満は衰える事無く、どこまでも募っていったという訳だ。
「皆には嫌われちゃって悲しいけど、俺、行くぜ! 俺が行かないと、ファブリス国が魔族に襲われて大変な事になっちゃう。それだけは何としても阻止しないとね!」
更におどけた様子で周囲に聞こえるように、研一は叫んだか思うと――
散歩の時と同じように首輪を付け、四つん這い姿のミリティを連れて街を後にする。
「……あの、もう普通に歩いてもいいんじゃないですか?」
街から離れ、国民達からの陰口が聞こえなくなってきてから数分後。
周囲に監視の目もない事を確認した研一は、ミリティにだけ聞こえる声で囁きかける。
「駄目でござるよ、主様。魔族は遠見の力を持っているのでござろう? それにファブリスの者からも完全に見えてないとは限らないでござる、ここは魔族達の待つ場所まで、このまま行くでござるよ」
だが、ミリティは迷う事無く研一の提案を否定する。
確かにここまで来て変に演技の手を緩めて国民に疑われるのも厄介だし。魔族の目も研一に集中している方が色々と都合がいい。
このままミリティをペットのように扱って、魔族のトコまで行くのが一番確実だろう。
解っているが、それでも過去にミリティを泣かせてしまった記憶が蘇り、謝らずには居られなかった。
「……すみません。こんな格好させて」
「謝るべきは、こちらでござるよ」
ミリティは研一に首を振る。
謝る事なんて、そちら側には何一つないとでも言いたげに。
「事情を何も知らないとはいえ、ファブリスの為に魔族と戦おうとしてくれてる恩人に、あんな態度を……」
「別にファブリスの為なんかじゃないですよ。俺が助けたいのは、アナタと獣人、それと正規兵だった方くらいですから」
「……本当に申し訳ないでござる」
別にアイツ等を助ける為にやっている訳じゃないから、謝罪は必要ないというつもりで告げた研一だが、どうもミリティには、余計に気を遣わせる事しか出来ない。
(ミリティさんの性格的に、こういう方向じゃあ委縮しちゃうか)
それならばとばかりに、研一は方向性を変える事にした。
「それじゃあ、全部終わったら命令、いっぱい聞いて下さいよ。そりゃあもう、ミリティさんが驚くような凄い事、いっぱい頼んじゃうんで」
「ふふ、解かったでござる。その時はこのミリティ・ファブリス。この身を賭してでも、主様の願いを叶えると誓うでござるよ」
おどけた調子で、苦労させられた分、覚悟しておけなんて揶揄うように研一が告げると、ミリティも大袈裟に受け答えする。
ようやくミリティも肩の力が抜けてくれたらしい。
「それにしてもセン殿の事は、本当にアレでよかったのでござるか?」
余裕が出てきた事を表すように、研一と自分以外の話題がミリティの口から飛び出してくる。
「ああ。いくらセンちゃんに凄い魔力があるって言っても、軍相手には向いてない魔法だからね。ウルススさん達の所に行ってもらうのが、一番適任さ」
奴隷のセンを人質にして、研一をどうこうしようと思う者は、まず居ないだろう。
だが、それでも憂さ晴らしにセンを狙う者が現れてもおかしくないと思ってしまうくらい、研一のファブリス民への信用は薄いし。
(何かあったらウルススさんに来てもらうかもしれないし、このくらいの距離なら魔法で連絡が取れるセンちゃんは、向こうに居てくれた方が俺も助かる)
そもそも避難の為だけに、センを別行動させている訳ではない。
というのもウルスス率いる獣人部隊は、現在、野営地でなくファブリスのすぐ近くに潜んでおり――
魔族の別動隊がファブリスを襲ったりした場合に備え、防衛要員として控えている。
そして、緊急の防衛部隊に身を寄せている以上、何かあればセンが戦う事態も、十分有り得るだろう。
(大丈夫。信じてるよ、センちゃん)
だが、研一はセンを守るべき子どもではなく、一人の存在として認めた。
センが共に戦い役に立ちたいと願ってくれるのなら、下手な保護欲なんかで本人の意志を無理やり抑え付けず、能力に見合った相応しい仕事を与える。
仮に予想外の事態が起きたとしても、きっと何とかしてくれる筈だ、と信頼して。
「ふーん。思ったより居るじゃねえか……」
それでも心配になる気持ちを振り切るように、研一は意識して目の前に視線を向ける。
百では足りない程の魔族の軍勢が、隊列を組み、研一達を待ち構えていた。
隠す気もない程に魔力を剥き出しにしており、明らかにミリティを受け渡せば終わりなんて、落ち着いた雰囲気ではない。
何か切欠があれば、すぐにでも戦闘が始まりそうな剣呑な空気が流れていた。
「やっほー、魔族の皆さん! 御所望の品、お届けに参りましたー!!」
そんな張り詰めた空気を嘲笑うかのように。
お茶らけた叫び声を上げつつ、ミリティを首輪で繋いだまま、散歩でもするかのような足取りで研一は魔族軍へと近付いていく。
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