第202話 戦いはすぐ近くまで
「俺はなあ。風呂は、ゆっくり入りてぇタイプなんだよ。こんな絶好な場所に女を連れてきてねえところから解からねえのか、この変態女ぁ!」
口調だけは乱暴にして会話の主導権を取らせないようにしつつ。
けれど、言葉自体は慎重に選んで、睨み付ける。
ここで下手に「毎回毎回、裸で現れて誘ってんのか」とか言って肯定されてしまうと、何もする気がない研一の方が、逆に追い詰められて身動きが取れなくなってしまう。
「俺の機嫌を損ねんなよ。言っておくがなあ、俺としちゃあ別にてめぇに気を遣う必要なんてねえんだぜ? こんな国の事情なんざ、どうでもいいんだ。魔族も全部無視して、あの猫耳女だけ遠くまで攫っちまう事だって出来るんだぞ?」
これは実際に研一が悪党ならば、真っ先に対策しなければならない手段だ。
本当に悪人なら、そもそも魔族から守ってやる代わりに、身体を差し出せなんていう契約や大義名分なんて必要ない。
だが――
「ふーん。ならそうしたらいいじゃないの。どうせ私にはアンタを止める手段もなきゃ、言いなりに出来るネタだってないんだもの」
リティアは、どこ吹く風とばかりに研一の脅しに怯まない。
肩が触れ合う程の距離に研一が居るというのに、まるで隣に誰も居ないかのような気持ちよさそうな顔で湯に浸かっており、研一に顔を向ける事さえしなかった。
「ま、こんな国なんてどうでもいいってアンタの言葉には同意見」
「なに?」
「だって屑ばっかじゃない。あの女を魔族が魔族に喰われようが自分達さえよければどうでもいいなんて言っといてさ。いざ、自分達の番になったら、俺達を守るのが党首の仕事だろ、とか、どの面下げて喚いてんのよ」
あんなゴミ共でも守らなきゃならないのが、党首の辛いとこよねえ。
なんて、心底面倒そうに語るリティアの姿に、研一は苛立ちを隠せなかった。
「はっ。何だよ。立場なんかなけりゃ、そんな屑共捨てて、あの猫耳女だけ助けてたみたいに言うじゃねえか」
どうしようもないと吐き捨てられる国民。
そんな連中さえ守ろうとしするようなミリティさえ切り捨てた奴が、さも自分もミリティ側だなんて態度で、民衆を悪し様に語るとか、笑えるにも程があると言いたげに。
嫌味を隠しもせずに、リティアを嘲笑う研一であったが――
「そりゃそうでしょ」
「なに?」
リティアは予想に反して、悩む事すらせず即答して。
研一の口から演技でない本物の戸惑いの声が、思わず口から漏れ出した。
「結局ね、国ってのは質よりも量を取らなきゃ回らないの。アイツに百の価値があったとしても、万の民は捨てられない」
相変わらずリティアは、研一に視線を向ける事もせず。
何を考えてるか解からない横顔と綺麗な裸だけを研一に晒して、静かに言葉を紡いでいく。
「国の警備をしてくれた獣人達は、ミリティみたいに真面目で勤勉や奴が多かったわ。おまけに虐げられてた影響か。それとも食糧を自分達で獲って生活出来るからか解からないけど、報酬もそんなに求めなかった」
「良い事じゃねえか」
「これが良いとか言えるのは悪党だけよ。都合の良い奴隷飼ってる訳じゃないんだから」
「…………」
悪党の振りをしているとはいえ、今の返答は演技でなく本気の言葉だった。
それを悪だと断じられ、研一は何が悪かったか解からず、迂闊に口を開けない。
「使える奴は、その分だけ報酬を受け取って、偉くなって貰わないと国ってのは歪んでいくの」
「歪む、だあ?」
「折角報酬を渡しても使わないんじゃ、経済が回らない。それじゃあ仕方ないから、国を回す為に金をばら撒くしかなくなるの。その結果、どうなるか解かる?」
(予測自体は出来なくもない、けど――)
ここで考えた答えを告げるべきか。
それとも小難しい話なんて解かるかよ、なんて話を打ち切るべきか。
どちらが悪党の演技として相応しいのか解からず、僅かに迷ってしまう。
「今日アンタが見た通りよ。何もしてないのに魔族と死ぬ気で戦って国を守ってる奴等より、自分達の方が平和で贅沢な暮らしを出来てるから増長していくの。必死で汗水流して働いているコイツ達より、自分達の方が賢くて偉いんだってね」
研一の迷いが生んだ僅かな隙間に、ミリティは話を止める事無く続けていく。
どうも最初から研一の反応なんて気にしてないらしく、ただ愚痴を垂れ流すように言葉が紡がれる。
「そこまでの馬鹿しか居ないなら、もっと国ってのは平和なんでしょうね。けど、そういうヤツに限って半端にプライドとか劣等感とか持ってるから、厄介なのよ。内心では獣人達の頑張りを認めてる。自分達より上だって気付いている。けど、それを認めたら、獣人達より安全で贅沢している自分達が、何か悪い事をしている気分になる」
「で、その後ろめたさから目を逸らす為に、相手の方が下だって馬鹿にしたり攻撃しないと、気が済まないって訳だ。救いようのない馬鹿共の群れだな」
「何だ。刹那的に生きているだけの快楽主義者みたいなヤツかと思ったけど、結構察しがいいじゃない。そういう話の解かる男、嫌いじゃないわよ」
好意的な言葉とは裏腹に、全く感情の籠ってない投げやりな声。
だからこそ、研一には更にリティアという人間が解からない。
そんな風に考えるような人間なら、それこそ万の人間よりもミリティ達、獣人を選びそうに感じて仕方ないのだ。
「なあ――」
「ああ、そうそう。魔族の手からアイツを攫っていきたいってんなら、出来るだけ早く動いた方がいいわよ」
研一が本音を探ろうと問い掛けようとした瞬間。
それに被さるように放たれたリティアの声が、研一の声を掻き消してしまった。
「確かに魔族は街に常駐こそしてないけど、さすがに遠くから魔法で遠くから監視するくらいは、してるんでしょうね」
(だろうな。それくらい、やっててもらわないと困るさ……)
さすがに研一も、そのくらいは予測している。
というか、もし魔族が見張りの一つすら立てずにミリティの引き渡しを信じて待っている馬鹿なら、それこそあまりに間抜け過ぎて、逆に困っていたくらいだ。
(この手の嫌悪や不安なんて、長続きしないからね)
傷付けられた痛みや復讐心のように、どうしても消せない悪意というのは意外に少ない。
何をされるか解からない恐怖なんてのは慣れてくれば薄れていくし、変態行為への生理的嫌悪を抱くのは、目の前で見せられる間くらいだろう。
自分達が被害に遭ってないなら、すぐに噂になって風化していく。
(この一番強い状態の時に魔族と戦えるように、派手に動いたんだからさ)
だからこそ、丸一日掛けて一気に悪意を集めたのだ。
力を最大限まで増やしつつ、魔族に見せ付けるという二つの目的を同時に達成する為に。
「魔法で私に通達来たわよ。これ以上、アイツが辱められる姿を見せられるのは、耐えられない。早急にアイツを受け渡せ。さもなければ力尽くで奪い取るってね」
「ふーん。それで何て返答したんだよ?」
「私もあの男の横暴には困っています。どうにか街から追い出しますので、あの子を連れて行ってあげてくださいって伝えといたから、明日にでも部隊差し向けて来るんじゃない?」
「何だ、その他人事みたいな言い方……」
「アンタが戦うにしろ、アイツ連れて逃げるにしろ、私はどうとでも言い訳出来るもの。戦うんなら、私が頑張って魔族達の元に追い立てた事になるし、逃げるなら私達は必死で頑張ったんですけど無理でしたって言うだけ」
「いや、それで済む問題じゃねえだろ……」
ミリティの身柄は、圧倒的優位である魔族側が攻め落とさない為に出した、最後の妥協点。
ファブリス国と魔族が不可侵条約を結ぶ為に、必要不可欠な最重要人物なのだ。
それを半ば確保していながら、取り逃しましたなんて伝えれば、それこそ喧嘩を売っていると思われても仕方ない。
国の存亡を賭けた一大事に、どうしてそんな無責任な態度を取れるんだと、研一としては呆れ果てる事しか出来ない。
だが――
「アンタが魔族倒すなり、アイツを魔族に引き渡すなり、連れて逃げるなり、さっさと決めて解かり易い行動してくれたらいいだけでしょ。掻き回してる張本人が何言ってんのよ」
「…………」
お前に責められる謂れはない。
と言われてしまえば、それは全くの正論で反論の一つも出て来る訳もなく。
ただ黙り込む事くらいしか研一には出来ないのであった。
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