第194話 それは恋でも愛でもなく――
(やっぱりキス、してくれないよね……)
ベッドに入った私こと、センは頭を撫でてはくれたけれど、それ以上は何もしてくれない研一さんの事を残念に思っていた。
――ちなみに今は同じベッドで一緒に寝ているけれど。
五人くらい一緒に寝ても余裕がありそうなベッドの端と端なので、何かあんまり一緒に寝てるって感覚はない。
(もう一度、次にキス出来たら、ちゃんと全部覚えてたいな……)
実は前にキスしてくれた時の事は、体調が悪かったのもあって、あんまり覚えてない。
ただ凄く良い夢を見たというか。
目が覚めた時から幸せな気持ちが身体中から溢れ出しそうで、その気持ちのままに研一さんに触れたくて、抱き締めたくて堪らなくて。
研一さんの温かさで身体中を満たしてほしくて、どうしようもなかった。
(何だったろう、あの気持ち……)
服なんて邪魔だと思うくらい、身体が熱く感じたのを覚えている。
それなのに、研一さんに触れてほしくて。
研一さんの温かさを身体中に感じられたらって、心だけじゃなく身体中が求めて。
けど、触れてくれないって解かった瞬間、寂しくて。
熱過ぎる身体が急に冷たくなっていくような、不思議な感覚を覚えた。
(変だよね。それなのに、またキスしたい、だなんて)
あの時の心細くて消えてしまいそうな寂しさは、今も忘れてない。
あんな辛い想いをした原因がキスなら、もう二度としない方がいいんじゃないかって頭では思うのに――
研一さんの優しい笑顔を見る度に。
研一さんが私を可愛いと思ってくれる度に。
身体の奥の方が熱くなってきて、覚えてもいない感触を思い出すように、自分の唇を触っている私が居る。
(もう一度、今度は体調が良い時にキス出来たら、全部解かる気がする……)
前までの一緒に居たいという気持ちとも違う。
頭を撫でられた時の安心感とも違う。
研一さんが私を見てくれている時に感じる時の嬉しさに似ていて――
けど、それよりももっと熱くて強い、この気持ちの正体。
(けど、今はそれよりも――)
そこで私は余計な事を考えるのを止めて、意識を集中していく。
魔力が上がって、制御力が上がったからかな?
前と違って、意識を集中しないと周りの声は、細かくは聞こえなくなっているけれど。
それでも敵意とかがあればチクチク何か感じるし――
今みたいに研一さんから、ポワポワと温かい何かが流れてくる事もあり、私はポワポワの意味を知りたくて、魔法を発動させる。
『最近のセンちゃん、可愛過ぎるというか、あんな可愛い子がすぐ傍に居て、あんなおねだりされたのに、落ち着いて寝れる訳なんてないだろ……』
予想に反して、聞こえてきたのは私には絶対に言ってくれないような、愚痴っぽい言い回し。
そなのに流れてくる想いは温かくて柔らかいだけで、刺々しさの欠片もない。
(ふふ、ちょっと悪党ぶっている時の研一さんみたい……)
何だかおかしさを覚えつつ。
優しくて温かい研一さんの気持ちに包まれながら、私は今日も良い夢を見れそう、なんて嬉しい気持ちで目を閉じたのでした。
〇 〇
「救世主様! 昨日の事は拙者が調子に乗って、申し訳――」
翌朝の事であった。
自分の迂闊な発言のせいで、センが酷い目に遭ってしまったのではないかと思ったミリティは、廊下で研一を見掛けるや否や。
即座に頭を下げて謝罪しようとしたのだが――
研一とセンの顔を見るなり、謝罪の言葉を飲み込んでしまう。
「……あー、その。昨夜は随分と楽しんだでござる、か?」
というのも、だ。
朝だというのに研一が少し疲れているように見えるのに対し、逆にセンの方は元気そうというか、妙に肌艶が良く見えるのである。
無論、ミリティの目がある以上、センは虐げられた奴隷の演技を始めている。
研一の後ろを慎ましく歩いて自己主張なんて一つもしてないし、表情だって人形めいていて、笑みの一つもない顔は、暗く沈んで見えるだろう。
(……これは、セン殿が弄ばれているというより、救世主様の方が搾り取られてないでござるか?)
だが、それでも隠しきれないくらい、ミリティの目にはセンが輝いて見えていた。
「ふ、解かるか? 昨日はあの糞生意気な女に散々苛付かせられたし、てめぇも舐めた口を利くもんだから収まらなくてな。一晩中、コイツの身体で発散させてもらったぜ」
「そ、そうでござるか……」
センをストレスの捌け口にしか見てないような研一の言葉も、ミリティの心には響かない。
やはり乱暴な態度とは裏腹に誠実で優しい所がある人だし、これで案外、奴隷という立場上、逆らえない振りしているだけで、実は研一の事を大好きなんだろうな、なんて。
研一の必死の演技も虚しく、評価を上げただけである。
(さすがにミリティさんも引いてるな。悪意が流れてこないのは予想外だけど、そこ等辺は、ゆっくりやっていけばいいか)
とはいえ、研一にミリティの内心なんて解からない。
これで今まで無駄に上げてしまった印象は地に落ちただろうと悪人の演技に手応えを感じ、見当違いも甚だしい事を考えていたのだが――
「…………」
心を読む能力で全てを知る事が出来、研一の勘違いを正せる筈のセンは、何も語らない。
それは自分のせいで研一の演技が台無しになってしまっている事を、隠そうとした訳ではない。
(えへへ、研一さん。一晩中私の事、可愛いって思って、あんまり寝れなかったんだ。申し訳ないって思わないと駄目なんだけど、こんなの嬉し過ぎる……)
単に他に嬉しい事があって、頭の中が覆い尽くされており。
それでも奴隷の演技を保つ事に手一杯で、魔法まで使う余裕がないだけ。
(今日は演技の調子がいいな)
(この二人は、拙者が心配する必要なんてないでござるな)
(えへへ、研一さん……)
三者三様、それぞれの思いを胸に。
問題だらけのファブリス国での、一日が始まろうとしていた。




