第186話 本当の無法者
「本当の無法者か。そうでない者かの区別くらいは、我々だって付くでござるよ」
「あん? それはどういう――」
「本当の無法者は、こちらの了承なんか得る事もなく、当たり前のように何もかも奪っていくでござる。食糧も尊厳も、そして命さえも気紛れに」
獣人であり、差別の目に晒され続けたミリティは知っている。
そもそも本当の狼藉者相手に、マトモな取引や会話なんて、出来ないという事を。
「そういう連中は陰湿で身勝手でござるよ。抵抗出来ないと思う選んで相手を好き放題弄び、反撃なんてしようものなら、お前等如きが俺の機嫌を損ねるなと言って、徹底的に壊す」
虐めを想像すれば解かり易いかもしれない。
攻撃する側から見れば、相手は好き放題甚振っていいサンドバッグでしかなく、泣き叫べば良い音が鳴ると喜ばれて更に叩かれるようになり――
逆に黙り込めば、泣き叫んで俺達を悦ばせるのが役目だろうと、手を変え品を変え、壊れるまで遊び尽くす。
「きっと異世界人である救世主様には、解からないでござる……。ただ獣の耳がある、尻尾がある。たったそれだけの理由で、我々は何をしてもいい捌け口にされるでござるよ。そしてお前等は頑丈なんだから我慢しろと強いられるでござる……」
(世界が変わったところで人間なんてモンは変わらず、か……)
ミリティの言葉を、研一は黙って聞いていた。
別に獣耳や尻尾があるからって、誰かに迷惑を掛けた訳ではないだろう。
頑丈なんだからなんて言葉が、攻撃していい理由になる訳もない。
だが、そんな理由で人を傷付けていいと思う人間は、想像以上に多い。
(でも、それがまかり通ると思っている人種ってのは、どこにでも居るんだろうな……)
例えば虐めとは違うが似たような事象で挙げられる行動に、有名税なんて言葉を使って、有名人に好き放題喚き散らす事等があるが――
有名になる為に人生や財力を費やしたのは本人だし、それで金を稼いだ分は普通に税金で持ってかれており、有名税だなんて喚いて叩く事に何の正当性もない。
――実際、正当性があるのなら、誹謗中傷を重ねた人間が訴えられて、刑に処される事なんてないだろう。
(けど、本人達はそこに正当性があると思っている)
いつの間にか自分達の中だけで勝手にルールを生み出し、それが世界共通だと思い込む。
そこに理屈も倫理もない。
あるのは歪んだ後ろめたさ。
よっぽど根本的にズレている人間以外は、心のどこかで自分が悪い事をしているという自覚を持っており――
こういう理由があるからコイツ等には何をしてもいいんだ、という正当化の理由を付けずには居られないのが人間というモノらしい。
「かつては耳や尻尾を切り落として受け入れられようとした者も、居たそうでござるよ。けど、意味がないどころか、余計に酷い事になったそうでござる……」
(だろうな……)
そして好き勝手やって取り返しが付かない事になったとしても、そこまで自分達が追い込んでしまったという事実を受け入れない為に、更に迫害がエスカレートするか。
俺は、私は悪くない。
周りだってやっていたなんて、責任転嫁する。
どちらにしたって、自己保身に走っているだけ。
そこで今まで傷付けてしまって酷い子をしたなんて相手の反応を見れる人種なら、自分は何て酷い事をしてたんだと省みれる人間ならば。
そもそも最初から、そんな事なんてしないのだから。
――極稀に、傷付いた姿を見て初めて相手も同じ人間だと気付ける者も居るが、そんなのは本当に極々僅かだ。
「だからこそ、我々獣人族は強くなったでござる。手を出せば痛い反撃が来る。そう思わせる事でしか自分達を守る手段がなかったでござるから……」
我々は、頑丈でござるからな。
そんな風に半ば自暴自棄に吐き捨てるミリティの姿に、研一の心が痛む。
「それが皮肉にも魔族の迎撃部隊としての居場所を我々獣人族にもたらす事になったんでござるが、だからって本当は納得なんて誰もしてなかったでござる……」
何もしてないのに一方的に嫌がらせを続けていたかと思えば――
役に立つと思った瞬間、今まで悪かった。
仕事をくれてやるから許せなんて、喧嘩を始めたのも人間側なら、勝手に喧嘩を終わらせたつもりになっているのも人間。
それでも怒りよりも疲れが上回り、平穏な日々が手に入るなら、今までの事は忘れようと全てを飲み込もうとしていた、
「それなのに次は魔族と手を組むから、邪魔だから喰われて死ね、と来たでござるよ……」
弱々しく消えていく声は、決して現状を受け入れ、全てを諦めているからではない。
悔しくて悔しくて。
歯を食い縛り拳を握る事に力を使って、口を動かす余力がなくなっているだけ。
「けど、救世主様は違ったでござる」
そこで、強張っていたミリティの身体から、ふっと力が抜ける。
口には僅かに笑みさえ浮かんでいた。
「ちゃんと我々を真っ直ぐ見て、我々と話してくれたでござる。一方的に命令する訳でも、脅して押し付ける訳でもなく、我々に選んでくれていいと、それが当然のように言ってくれたでござる……」
今の日本に生まれ、日本で育った研一には、きっとこの言葉の意味を理解する事は難しい。
取引を持ち掛けてくれた。
自分達の反応を待ってくれた。
それだけの事が、どれだけ嬉しかったかなんて、金を出せば当たり前に商品が受け取れる世界でしか生きた事がない人間に、理解しろというのが無理な話だろう。
「だから解かるでござるよ。救世主様は、無理やりでも受け取った報酬を、完全には踏み倒す事なんて出来ない人でござる。無理やりだから正式な報酬よりは扱いや印象は悪くなるかもしれないでござるが、それでも少しでも獣人の事を気に掛けてくれれば――」
そんなミリティの縋るような言葉に、研一は気付いてしまう。
研一を引き留められるなんて、ミリティは本気では思っていない事に。
(俺がファブリス国側に寝返った時に、性奴隷でも何でもいいから、獣人達の生き残る場所が出来ればいい。それだけで十分だって――)
せめて研一がファブリス国側に行ってしまう前に、何かを残しておきたい。
そうすれば、もしかしたら獣人達も全員は死なずに済むかもしれない。
そんなあまりにも小さ過ぎる願いに祈りを込めて、全力で身を捧げていただけなのだ。
「……鬱陶しい。変な買い被りされても面倒臭いだけだ」
「救世主様?」
「胸糞悪い。もう寝る。邪魔するなら今度こそ俺は、ファブリス国に売り込みに行くからな」
研一は吐き捨てるように呟くと――
急に様子が変わった研一の姿に戸惑うミリティを、部屋から追い出した。
「…………」
一人きりになった部屋。
ベッドに寝転がる研一であったが、静寂が耳に痛い程に響いて。
とても眠れそうになかった。
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