第178話 始まりは静かに
「数々のご無礼、申し訳なかったでござる。本来ならば腹を掻っ捌いてお詫びをすべき案件だとは思うのでござるが――」
猫耳女忍者こと、ファーミリティを脱がしてしまってから幾許かの時間が流れた。
魔法無効化を解除したのもあり、今では彼女の衣類もすっかり元通りになって、態度も落ち着いている。
「先程もお伝えした通り、どうしても救世主様の力をお借りしたい事案があるでござるよ。それが済み次第、拙者自らの手で腹を掻っ捌くので、どうか力を貸して頂きたいでござる」
そして、軽い自己紹介と共に聞かされたのは、現在ファブリス国には入れないという事。
どうやら既にファブリスは魔族に占領されており、ファーミリティ率いる部隊が国の奪還の為に動いているという話であり――
現在は、その奪還部隊達が隠れ潜む場所まで案内されている最中だった。
(この展開は、ちょっとマズいかもしれないな……)
おそらく戦況としては劣勢どころか、絶望的と言って過言でないだろう。
そんな中、現れた絶大な力を持つ救世主。
空高く飛び上がった巨大な神獣を消し飛ばした姿は、神獣が島並みに巨大だったのもあり、ファブリス国からも確認出来る程に壮大だったらしく――
おそらく魔族を蹴散らし、国を奪還してくれるだけの力を持つと希望を持たせてしまった。
多少の悪行や不満なんて目を瞑って、縋らずには居られない程に。
――だからこそ、いきなり殺そうとしてきたファーミリティも、救世主と知った途端に掌を返したように、態度を変えたのだろう。
(マズいな。今の俺の力で、どこまでやれる?)
だが、神獣との戦いで魔力を消耗し。
意図していなかったとはいえ、センが復活の為に魔力を吸い取ってしまった事で、今の研一の力は大分落ちている。
良くてサーラやアクアと言った国の党首級と、力だけなら互角程度。
戦闘経験などを加味して考えれば、おそらく今サーラやアクアと戦えば負けるだろうといった感じだろう。
(しかも、少しずつ力は落ちてきている……)
前回の戦いの舞台であったウンディーネ国の住人は、今までで一番、研一の事を憎んでくれた。
けれど、その強さで憎しみ続けられる訳がない。
住んでいた場所を失い、復興の日々に追われていく民衆に、研一の事を考えている暇なんて少なく。
きっと思い出したように、愚痴や恨み言を零す程度になってしまっている筈だ。
「救世主様? もし拙者の御無礼が不満でしたら、今すぐ腹を掻っ捌いてお詫びするので、どうか考えるだけでも……」
黙り込んで難しい顔をしている研一の姿を、いきなり襲ってきた無礼者が頼み事なんてしてるんじゃねえ、とファーミリティは解釈したようだった。
それならば自分の命を差し出すので許して欲しい、と躊躇いなく苦無を取り出す。
「要らん要らん。お前が死んでも俺には何の得もねえんだ。むしろ目の前で死体なんて見せ付けられて不快になるだけだっつーの」
言動こそ乱暴な物言いではあるものの、これ自体は研一の本心だ。
自分の態度のせいで目の前で切腹なんてされたら、冗談抜きでなく嘔吐する自信があるし、確実に一生引き摺るトラウマになるだろう。
何が悲しくて、そんな解かり切っている地雷を踏みに行かなければならないのかという話だ。
「それよりこの俺様に頼み事をするんだ。そんな糞の役にも立たない自己満じゃなく、俺が喜ぶ礼の一つや二つ、考えやがれ。そしたら魔族の雑魚共くらい、いくらでも追い払ってやるよ」
「寛大な心遣い、感謝するでござる。拙者の出来る事なら何でもするでござるし、国を奪い返した暁には、何でも好きに持って行ってほしいでござるよ」
「はっ、何でもって言うなら――」
一切考えずに返答するファーミリティに、いつもの調子で何かを言おうとした研一は、そこで言葉を止める。
躊躇いなく切腹しようとする人間に、迂闊な事を言ってしまえば、それこそ演技でしかない研一の方が追い詰められてしまう。
(何でこの世界の党首さん達は、誰も彼もこんなに覚悟が決まってるんだろうな……)
ファブリスという国名と同じ苗字。
そして、自己犠牲を厭わず、国を救おうとする覚悟に、かつて出会って来た国の党首達を思い出して、少し懐かしさを覚える。
「どうしたでござるか? 今すぐにでも拙者に出来る事があるなら、言って欲しいでござる」
「……ファーミリティって長くて呼び難いんだよ。呼び方でも考えてろ」
言葉に詰まった研一に不思議そうに問い掛けるミリティに、どこか憮然とした態度で返す。
半分は演技だが、もう半分くらいは過去を懐かしむ姿を見られた事への照れ隠しだった。
「それなら心配無用。普段はミリティと呼ばれているでござるが、下僕なり雑用係なり、救世主様の呼びやすいように呼んで下され。そのくらいで少しでも気分を良くしてもらえるなら、どんな屈辱的な呼び方でも受け入れましょうぞ」
ファーミリティ改め、ミリティは話しながらも歩みを止めず、研一と並んで進んでいく。
そして――
「…………」
その二人の後を奴隷の演技をしたセンが、付き従うように無言で追う。
酷い扱いを受け、下手に口を挟んで機嫌を損ねてしまえば叩かれるとでも言わん限りの、音を立てる事にすら怯えた様子で。
――演技自体は地下に監禁されていた時の事を思い出せば、それほどセンには難しくなかった。
(研一さんに伝えるべき? ミリティさんの事、誤解しているって)
問題は、このままミリティに付いていくべきかどうかだった。
確かにファブリス国は、魔族に占領されているような状態ではあるらしい。
そして、ファーミリティ・ファブリスと名乗られた事から研一は無意識にミリティの事を、部下と共に難を逃れ。
魔族から国を奪還しようと奮闘している党首と判断しているようだが――
(この人は、ファブリス国の党首じゃない……)
心の声を聞いてしまったセンは、知ってしまっている。
ファブリスを取り巻く状況は、今まで訪れた国とは完全に違うのだ。
声どころか映像すら直接届ける事が出来るセンならば、ミリティに気付かれる事無く、情報を研一に伝える事が出来る。
けれど――
(研一さんなら自分で見て、自分で判断してくれる……)
決して、ミリティは騙そうとして騙している訳ではない。
名前だけで勝手に国の党首だと勘違いしたのは研一の方だし、ミリティ自身も自分が党首だと思われているなんて想像もしていない。
それならば下手な事はせず、静観する事にセンは決めた。
演技だったとはいえ、それでも自分を助ける為に飛び込んできてくれたミリティに、自分の勝手な考えで変な印象を与えたくなかったから。
(けど、もし研一さんに何かするなら、絶対に許さない……)
とはいえ、それでもセンの何よりも大事な相手は研一であり。
その優先順位が変わる事は、なかったのだけれども。
投稿時、ネトコンに応募中です。
是非ブックマークや高評価して頂けると嬉しいです。




