第177話 襲撃の猫耳女忍者
「――ご主人様。せめて建物の中で。抵抗なんてしませんから……」
と、そこで突然、センが変わった呼び方で研一を呼ぶ。
かと思えば、間髪入れずに研一に寄り掛かり、弱々しい声でそんな事を告げる。
――おそらく遠目に見れば、センが寄り掛かったのではなく、研一に引っ張られたように見えた筈だ。
「はっ。俺が俺の物をどう扱おうと勝手だろうが! 散々使ってやったってのに、まだ自分の立場ってヤツを理解してねえらしいな、俺の性欲処理以外の価値がねえ道具の癖に!」
即座にセンの意図を察した研一は、あえて大声で暴言を喚き散らす。
まだ悪意を感じてないから気付かなかったが、おそらく何者かが研一達を監視しており――
心を読み取る力を持つセンが、その隠れ潜む何者かの意志でも読み取ったのだろうと推測したのだ。
(誰かに見られている事に気付いて演技してくれるのは有難いんだけど、もっとこう――)
ただ、ちょっとセンの前振りには困っていた。
この流れで服も脱がさず何もしないというのはおかしいとは思うものの、いくら演技とはいえ、そこまでしたくはない。
とりあえず、何か時間稼ぎに適当な暴言でも吐こうとしたところで――
「ま、待つでござる!」
研一に取っては救いの手であり。
センからすれば、良いところだったのにと不満を感じる乱入者が現れた。
(……猫耳女忍者?)
研一の第一印象は、その一言に尽きる。
口元をマスクのような物で覆った少女で、いわゆる忍び装束とか呼ばれる着物のような服の下に鎖帷子のような物を着込んでいる恰好なのだが――
何よりも研一の目を惹いたのは、服装よりも頭に生えている猫耳だろう。
髪に隠れて根元は見え難いものの、ピクピクと明らかに自立した動きを見せているので、明らかに付け耳などではない。
頭から直接生えているのは確実だった。
(この世界に獣人が居るとは、聞いては居たけれど……)
別に角とか生えている魔族も居るんだから、今更、猫耳が生えている人間が現れたからって作り物だとか思わない。
それでも初めて見る姿は新鮮で、研一は無意識の内にジロジロと見てしまう。
「あの、その、そういうのは良くないと思うでござる……」
けれど、見られている本人としては、そんな事を意識する余裕もないらしい。
勢いよく邪魔しに来たとは思えない程に弱々しい震えた声で囁きつつ、苦無のような刃物を取り出して研一に向けている。
(良い子だな)
見ず知らずのセンの為に、怖さを押し殺して立ち向かおうとする姿に研一は好感を持つ。
とはいえ、ここですんなり引いてしまえば折角の演技の意味がない。
「ああ、てめぇ。俺が俺の物をどう扱おうを自由だろうが。関係ねえヤツが横からしゃしゃり出てきてんじゃねえぞ。潰すぞ!」
とりあえず怒鳴って魔力でも見せ付けて、追い払おうとしたところで――
研一は想像外の光景を目にする。
(苦無が伸びて来てる?)
敵意を向けられているからか、スローモーションに見える世界で、少女の持つ苦無だけが少しずつ伸びて、研一の首元に迫ってきていた。
不可思議な光景に戸惑っていたのは、瞬き程度の時間。
事実に気付いた瞬間、研一の背筋に寒気が走る。
(もしスキルの力がなかったら、首を刺された事にも気付かないまま、殺されてる!?)
あまりにも静かな暗殺術。
おどおどした態度からは想像も出来ない、静謐にして冷酷な殺意に気付いた瞬間、研一は思わず動き出していた。
「え? 気付かれ――」
首元に迫る苦無を交わしつつ、密着する程の距離まで一瞬で踏み込む。
そのまま身体能力の物を言わせ、驚き戸惑っているのか動かない猫耳忍者を力任せに地面に押し倒す。
これで動きを封じて一安心と思ったのも束の間。
『研一さん! 離れて!』
頭の中にセンの声のようなものが響いてきて、研一は猫耳忍者を咄嗟に離して飛びのく。
その瞬間だった。
「うおっ!?」
猫耳忍者の身体から、無数の棘のような物が飛び出してくる。
棘の色が黒いのも相まって、見た目的には巨大なウニのようであった。
(こんな棘、どこに収納出来るんだよって――)
距離を取って冷静に観察した研一は、想定外の光景に目を瞬かせる。
鎖帷子から棘が伸びていた。
先程の苦無が音も無く伸びた件といい、どう考えても物理法則とか無視しているだろうと思ったところで――
そこで研一は気付く。
(これがこの国の魔法か!? 地球でのファンタジー鍛冶屋の印象に引き摺られ過ぎてた!)
てっきり筋肉ムキムキだけど小柄な漫画とかでよく見たドワーフみたいあ感じの人達が、斧や金槌を振り回してくる姿を想像していたが――
魔法で武器そのものの形を質量無視して自由自在に変化させられるというのなら、暗殺者みたいな戦い方が発展しているのも何ら不思議ではない。
(何が飛び出してくるか解からないし、今の俺の強さで耐えられる威力なのかも解からない。ここで一気に仕留めるか……)
研一の持つ力は、魔獣や魔族相手には絶大な力を発揮するが、対人相手では極端に殺傷能力が低下する。
人ならば全力で攻撃したところで殺してしまう事はないだろうが――
(あの神獣って魔族でも何でもないのに、吹き飛ばせてしまったんだよな……)
獣人が人間判定になってくれるか、研一自身には解からないし。
見ず知らずのセンの為に戦おうとしてくれた相手を、無駄に傷付けたくなんてない。
それならば下手に怪我なんてさせないよう、魔力無効化能力を使って抵抗出来なくしてしまえばいいだろうと研一は構える。
「どこの誰か知らねえが、この偉大な救世主。闇野研一様の力を思い知るがいい!」
防御姿勢なのか、それとも威嚇なのか。
未だウニみたいな状態になっている猫耳女忍者へ、魔法無効化の波動を放つ。
だが――
「きゅ、救世主様!? ちょ、ちょっと待ってほしいでござる!!」
研一の攻撃よりも名乗り口上に猫耳女忍者が反応した。
慌てた様子でウニ化を解いて立ち上がり、研一に向き直ろうとしたが、それが逆に悲劇を生んでしまう。
「へ?」
魔力無効化の波動を受けた途端、女忍者の着ていた衣類が全て床に落ちてしまう。
どうやら留め具か何かも、魔法で固定された物だったらしい。
「あ、あ……」
そして、この世界に来て、今まで下着のある国は一つ足りともなかったが――
どうやらファブリス国にも、下着は存在してなさそうな事が解かった。
「み、見ないでほしいでござるー!!」
必死で胸と股間を隠しつつ、しゃがみ込んでしまう猫耳忍者の姿に申し訳なさを覚えつつ。
ここで目を逸らしたら女狂いの変態救世主様という演技の意味が全て無くなると想い、努めて当たり前のような顔をして、研一は猫耳女忍者の痴態を眺める事しか出来ない。
これがファブリス国、最強の暗殺者と謳われる少女。
ファーミリティ・ファブリスとの出会いであった。
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