第176話 始まりは二人きりで
「こうやって歩いて国に向かうのって、初めてかもしれないな……」
恋する乙女達が談笑していた頃。
噂の張本人である研一は、鍛冶の国と呼ばれるファブリスに向かい、歩を進めていた。
既にファブリス国のある大陸には上陸済みで、船を操り上陸を手伝ってくれたプリムスは、ウンディーネ国へと戻っており――
今は気慣れた仲間との二人旅。
「そういえば転移陣での移動が多かったですよね」
その相棒とも呼ぶべき仲間こそ、夢魔の力を持つ魔人の少女、センだ。
前回の戦いで瀕死になってしまうほどの無茶をしてしまったが、今ではすっかり元気になっていた。
少し前までは死に掛けていたなんて、傍目に見ただけでは、夢にも思わないだろう。
「本当にその姿で大丈夫なのかい、センちゃん?」
けれど、魔力を完全に枯渇してしまい、手足が石膏のように固まり、ひび割れてしまった姿を見ている研一としては、気が気でないし。
回復してからずっと、センが子どもの姿でなく大人の姿を取っているのも気になる。
センは元々、小学生高学年くらいの見た目だったが、今のセンの姿は二十過ぎの研一と同じか、それより少し若いくらいだ。
無駄に魔力を消費して、今の姿を維持しているのなら、少しでも魔力の消費を抑える為に子どもの姿に戻ってほしいと思う研一であったが――
「もう、プリムスさんも説明してたじゃないですか。魔族や魔人は生きた時間じゃなくて、保有している魔力によって姿形が変わる種族が多いんです。今の私は、この大人の姿が本来で、確かに子どもの姿になった方が魔力の消費を多少は抑えられるんですけど、体力とか精神的には大変なんですよ」
どこか呆れたようなセンの態度が物語るように、研一の心配は完全な杞憂である。
偶然にも研一の膨大な魔力を吸い取ってしまった今のセンは、以前よりも遥かに大きな魔力を保有している。
その魔力量は下手な魔族を凌駕しているどころか、最強の雷魔法使いと謳われた魔人、プロディに匹敵するどころか、凌駕し兼ねない程であり――
今のセンに子どもの姿で過ごせというのは、健康な人間を布団に押し込めて療養させようとする事に近い。
――センとしては研一に心配してもらえる事自体は凄く嬉しくて、あまり強く言えないのだが。
「えと、研一さんは子どもの姿の方が好きです?」
とはいえ、センとしては多少の不便よりも研一にどう思われるかの方が遥かに大事だ。
もし研一が子どもの姿の方が好きだと言うのなら、どれだけ窮屈だろうが子どもの姿を維持する事に何の躊躇いもないし――
それこそ、研一の気分次第で、身体なんて自在に変化させてもいいとさえ思ってる。
「好みとかそういう話じゃなくて、体調が心配なだけで――」
「私には、そこが何よりも大事なんです。それで、どうなんです? 前の方が可愛かったですか?」
「それは――」
センの言葉に促されるように、研一はセンの全身を眺め見る。
綺麗な黒髪黒目は生まれていた頃からずっと過ごしていた日本を思い出させてくれて親しみやすいし、愛らしい顔立ちは大人の姿になっても一切損なわれる事無く、素直に可愛いと思う。
ただ、元々可愛い子ではあったのだ。
その辺りは、子どもの姿だった時と比べても、そこまで違いはないのかもしれない。
――――研一はあまり気にしてないが、身長以外は劇的という程には体型が変わっておらず、そのまま大きくなっただけにしか思えないのも、印象自体は変わらない理由だろう。
(近い近い近い……)
けれど、物理的な距離感が全く違う。
一度、大人の姿で抱き着かれたりした事があったが、その時は背後からだったし、気分が落ち込んでいたのもあって、あまり気にならなかったのだが――
子どもの時と同じ感覚でセンが引っ付いてくるので、何と言うか顔が凄く近付く事があって。
ファブリス国のある大陸に着いてからの僅かな期間しか経ってないというのに、胸がドキリとさせられる事が度々あった。
(こんな可愛い子が、自分の事をあんなに好きで居てくれたのか……)
嬉しくない、と言えば嘘になってしまう。
もし出会う順番が違っていれば、きっと誰よりも大切な人になっていただろうとさえ感じる程に。
けれど、そんな思いを抱けば抱く程に、申し訳なさも増していく。
あくまで、恋人よりも早く出会っていれば、だ。
どうしたって今の研一は、センの気持ちに応えるつもりになれない。
「えへへ……」
けれど、センとしては守るべき子どもではなく、女の子として意識してもらえるようになっただけで嬉しかった。
色々な想いが渦巻いて研一が黙り込もうとも、それだけ強く考えれば、夢魔の能力である心を感じ取る力で全て伝わってしまい――
自分の事をそんな真剣に考えてもらえるなんて嬉しい、という気持ちに笑みが零れる。
「この姿は、可愛くないですか?」
けれど、嬉しいからといって、悩んでいる研一を放っておくのは心苦しい。
セン自身少しわざとらしいかななんて思いつつ、優しい研一ならば何か言わずには、居られない言葉を投げ掛ける。
――ついでに研一の口から、実際に言葉に出して、可愛いって言ってもらいたかった。
「……可愛いよ。少し困るくらいに」
研一は目を逸らして、それだけ告げた。
子どもの姿だった時ならともかく、今の姿のセンの容姿を褒めるのは、どうにも気恥ずかしいし、恋人の事もあって真っ直ぐには伝え難かった。
「――――」
想像を遥かに超えた研一の姿に、センは言葉を失くす程に感動する。
女として意識されていると、こんなにも反応が違うのか、と。
子どもの姿だった時と違って全然頭を撫でようともしてくれないどころか、少し触れるのさえも避けているような気がして僅かに不満を覚えていたのだが――
そんな釣れない反応も含めて。
正しく女の子として意識してもらえていると思えば、悪い気分ではなかった。
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