第172話 独り善がりの対価
「救世主様、こちらです! 急いで下さい!」
家の中に入った研一達を迎えたのは、酷く慌てた様子のプリムスであった。
全て終わったと思い、安心していた研一は、何が起きているか解からずにプリムスに促されるままに、普通の家なら寝室があるだろう部屋へと移動する。
「え?」
案内された場所は予想どおり、寝室であろう場所であった。
家具などが既に用意されているところは少し驚きではあるものの、それでも呆然とした声を出す程の事でもない。
「セン、ちゃん?」
研一が驚きの声を上げた理由は、一つ。
そこに変わり果てたセンの姿があったからだ。
「何で、こんな――」
服から露出している腕や足が、まるで石膏のように真っ白に変色してしまっており、亀裂が走っている。
そして、白く乾き切った腕や足とは逆に――
顔は高熱を示すように赤くなっており、全ての水分を吐き出そうとしているかのように、汗が止め処なく流れ続けていた。
「……魔力の使い過ぎだ。身体の多くを魔力で構成されている魔族や魔人における寿命とは、魔力が尽きる時。身体が石のように固まり、最後には砕け散るとは聞いていたが――」
思わず漏れ出た研一の言葉に答えた、アクアの表情が硬い。
その説明と表情が物語る。
おそらく、もうセンは助からない。
「救世主様! いえ、狐面の癒し手様!」
だが、救助方法がないのは普通の方法ならばの話だ。
不治の病すら治療する事が出来る神から授けられた力を使えば、この状態からでも回復させる事は、きっと不可能ではないだろう。
「センさんから聞いているんです。救世主様の正体こそ、狐面の癒し手様であり、魔獣や魔族を倒す事で奇跡の力を行使出来るようになる、と!」
そんな事情をセンから聞いていたからこそ、プリムスはセンが超広範囲に向けて魔法を使うのを止めなかったし、魔力を供給したりして補助さえした。
そうでもなければ、センと戦う事になっていても止めた筈だ。
「癒し手様も知っておられるのでしょう? センさんの魔法は本来、単体向けの魔法。それをこんな広範囲に大人数に向けて使えば、どうなるかなんてセンさんだって気付いていた筈。それでも敵さえ倒せば、癒し手様が治してくれるから、と……」
夢魔と呼ばれるサキュバスの魔法。
それは悪夢を見せたりトラウマを想起させ、ただ純粋に精神を蝕むだけなく――
火事で自棄死ぬ光景を見せ付ける事で心を屈服させれば、実際に焼死させてしまう事すら出来る、強力にして、防御も困難な凶悪な魔法として知られている。
けれど、愛する者を楽しませ、ただ共に二人だけで生きていく事こそが夢魔の本質なのだ。
本当は誰かを傷付ける事さえ本質から捻じ曲げた応用的な使い方であり、ましてや広範囲に無作為に使うなんて、滅茶苦茶もいいところ。
「はぁ、はぁ……」
いくら凄まじい力を秘めている魔人と言えど、耐えられる訳がない。
荒く短い息を吐く事しか出来ず、もはや死を待つだけの状態になるのも当然の結果と言えた。
「さあ、癒し手様! その御力で早くセンさんを!」
期待ではない。
絶対の確信を持って、プリムスがセンを助けるように促す。
事実、センの説明に嘘はなかったし、プリムスの理解にも間違いはなかった。
ここで研一が治療の力を使っていれば、間違いなくセンを助ける事が出来ただろう。
「……出来ない」
ただし、使う事が出来ればの話だ。
必死でセンに向かって手をかざして、どれだけ力を行使しようとしても、何も起きない。
ただの治療魔法レベルの回復すら出来やしなかった。
「功績値が、治療を使う為の力が全然足りない!」
理由は簡単にして、残酷だ。
研一は今回の戦いで功績値が溜まるような事なんて、マトモにしちゃいない。
魔獣、魔族、そして魔人。
魔に連なる者を倒す事で功績値を溜める事が出来るが、神獣は神の使いだ。
暴走していたところでその神性が変化したりする事もなく、倒したところで功績値が加算される訳がない。
前回マキを治療した事で功績値は、すっからかんになっており、魚型の魔獣を倒した程度の、みみっちい量しか溜まってないのだ。
「だと、思いました……」
「…………」
絶望に打ちひしがれる研一の耳に、今にも消え入りそうな細い声が届く。
その声に導かれるように、アクアが無言でセンの手を握り、魔力を注ぎ込んでいく。
喋るな、なんて無粋な事は言わない。
もう助からないなら、せめて愛する者に最期の瞬間まで言葉を届ける手伝いをしたいと思うのが、アクアという女であった。
――そして、アクアと違い、プリムスはセンを助ける為、アクアに倣って全力で回復魔法を行使した。
「ごめんなさい、解かってたんです。あの亀さんを倒したって、研一さんの力にならない事。私の治療なんて出来ないって」
ウンディーネ国屈指の二人の回復魔法を受け、呼吸を安定させたセンが流暢に話し始める。
一見、容態が回復してきているように見えるが、それは穴の開いたバケツに水を注ぎ込み続けている事と、大して変わらない。
二人の魔力が尽きれば、遠くない内にセンの命は散ってしまうだろう。
「けどね、研一さんの居ない世界で生きていたって仕方ないんです。研一さんが死ぬなら、私も後も追っちゃうと思いますから」
だが、そんな事は、最初からセンにとって、どうでもいい事なのだ。
死ぬ事なんて怖くない。
研一が居ない世界で生きていく事に比べれば、自分の命なんて些細な物でしかないのだから。
「ねえ、研一さん。私、ちゃんと、お役に立ちましたか? 本当は私の助けなんて不要で、実は楽勝で、私の助けなんて要らなかったりとか、しませんでした?」
それとは別に怖い事があった。
自分のした事なんて余計なお世話でしかなくて――
ただ研一を悲しませ、傷付けてしまう事だったんじゃないか。
それだけが不安で不安で仕方なかった。
「……センちゃんが助けてくれなかったら、俺はあそこで死んでた。ありがとう、助かった」
本当は御礼の言葉なんて、研一は言いたくなかった。
俺が勝手にアクアさんを助けようとしただけなんだから、俺なんて見殺しにしてくれたらよかったんだって、怒鳴り付けて泣きたかった。
それでも必死で堪えて、絞り出すように言葉を吐き出す。
自分が痛みから逃げる為だけに、センの頑張りを無駄だった事にして終わらせる訳には、いかなかったから。
「えへへ。それじゃあ、一つだけ。ご褒美をもらっていいですか?」
「……ああ。俺に出来る事なら何でも言ってくれ」
一つだなんて言わずに何でも言ってほしい、という気持ちを必死で堪えて。
余計な事を言って悩ませ、残り少ない時間を無駄にしまわないように、研一はセンに続きを促した。
「キスしてほしいです。女の子として、恋人同士がするように」
もう子どもみたいに守られるだけの存在じゃない。
研一を助ける事が出来たんだから、一人の女として愛してほしい。
それがセンの願いであった。
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