第168話 人殺しに憧れて
「魔法の無効化だ!」
終わりを受け入れようとした研一の耳に、すぐ近くから声がする。
それが誰の声か確認しようとするよりも早く、虚無に満たされそうになっていた心に雷でも受けたような衝撃が走り抜ける。
(そうか! 何も馬鹿正直に力勝負なんてしてやる必要なんてないんだ!)
研一が持つ魔法の無効化能力に、力の強さや大きさなんて何の意味も持たない。
それが魔力を用いた現象である限り。
どれだけ強大で凄まじい破壊力を持っていようとも、効果範囲内に収まる限り、全て問答無用で掻き消してしまう。
これならば悪意を向けられなくなって落ちた今の研一の力でも、神獣の攻撃を防ぐ事が出来るだろう。
だが――
(駄目だ、魔力を使い過ぎた……)
今の魔力量では、船団全てを守り切る程には効果範囲を広げられない。
かといってウンディーネ国民達から期待の目で見られている以上、新しい魔力の供給も期待出来ないし。
一度終わりを受け入れてしまった心を、すぐに切り替える事も難しい。
それでも研一は、無理やり自らを嫌う事で魔力を絞り出そうとした瞬間――
「君は一人で何でも背負い過ぎなんだよ」
先程の声が更に近くから聞こえたかと思うと、研一の身体を抱き締める。
それと同時に、研一の身体に魔力が流れ込んできた。
「外傷や病気とかの回復ならドリュアスの薬や魔法が一番なんだろうけど、水の回復魔法だって、ちょっとしたものなんだよ?」
人体の多くが水分であるからか。
水魔法の適性が薄い者であったとしても、水の魔力を受け取ったり、吸収出来る素養を兼ね備えている者が大多数を占めている。
その性質を利用して、触れた者の傷を癒したり、魔力を回復させる魔法が水属性にはあるのだ。
――他の魔法属性には、同じ属性の者の魔力を回復させる魔法しかない。
「自分の国の民を守る手伝いくらい、させてくれてもいいだろう?」
「……ファルスさん」
チラリと横を見た研一の目に、見惚れるような中性的な顔が映り、一瞬アクアかファルスか悩む研一であったが――
服装からファルスだと判断して、名前を呼ぶ。
「余所見するな、研一君。来るぞ!」
神獣から目を逸らした研一に、叱責の声が飛ぶと同時に。
まるで津波や雪崩を目の当たりにしてしまったような、本能的に恐怖を覚えてしまう程の威圧感が神獣から放たれる。
「――――」
研一が恐怖に導かれるままに、魔力無効化を正面に向けて展開する。
それよりも一瞬遅れで、神獣の口から声とも言えない咆哮が放たれ、魔力の奔流が研一の視界を覆い尽くしていく。
おそらく今の力の弱った研一ならば掠るだけで、消し飛んでしまう程の威力。
けれど――
「……よかった。本当に防げるんだね」
薄い膜のように広げられた魔力無効化の力が、完全に神獣の攻撃を遮断する。
それはさながら、映画館か何かで、大迫力の災害シーンでも見せられているようであった。
幕を境目に世界が切り分けられているように、攻撃どころか衝撃一つ伝わる事無く、神獣の攻撃をどこか遠い場所の出来事のように眺める事が出来たが――
「あんな自信満々に言っておいて、それですか……」
驚いたと言わんばかりに放たれた言葉に、研一は呆れたように声を漏らす。
これは確信もない助言をした事に対する呆れではない。
「全く、一緒に死ぬ気ですか……」
研一諸共、消し飛ぶ事になっていたかもしれないのに、それでもこんな場所にやってきた危機感のなさに対する呆れであった。
「君一人に戦い全部押し付けて、安全圏で動き回るくらいなら、その方がマシかな」
「いや、俺が首突っ込んだせいで、こんな大事になったんであって――」
「そこだよ」
「えっと、どこです?」
「この国の事も姉上の事も、君からすれば放っておけばいいだけの話の筈だ。どうして君はそこまでしてくれるんだい? 正義の味方でも何でもないんだろう?」
それが気になって居ても立っても居られなかった。
まるでそんな事を言いたげに告げると、更に言葉を重ねていく。
「……それとも何だい。命を賭けてもいいくらい、姉上の事が好きなのかい?」
「かもしれない、ですね。好きですよ、アクアさんの事」
「ふぇぁ!?」
突然の言葉に、驚いたのか。
奇妙な声を上げると同時に、研一を抱きしめる腕に一層の力が込められる。
「さ、参考までに訊くがどこが好きなんだい?」
(国の一大事で戦闘中だっていうのに、一体何を聞いているんだ、この人……)
いくら大事な姉の事とは言え、このタイミングで聞くような事じゃないだろうと思いつつ。
確かに何の理由もなく、命懸けで戦っているなんて言われても信じられないかと、研一は口を開く。
――後はぶっちゃけると、無効化で攻撃を防ぐ以外に出来る事が何もなかったから。
「俺の居た世界では保釈とか執行猶予っていう制度があってですね。犯罪者が外を出歩く事があるんですよ」
「ふむ?」
「それで俺の仇とも言うべき人間が、のうのうと平気で過ごしている事を知った俺は殺してやろうと思って、色々用意したりしたんですけどね――」
普段の行動を調べて、酒飲んでパチンコに行ってばかりで禄に働いてもない人間だと知って更に怒りを募らせた。
凶器も用意して、襲える準備は何度も整えた。
けれど――
「結局、何も出来なかったんですよ。口では悪党なんて死ねばいい、殺してやるなんて物騒な事言えても、実際には何も出来やしない。人を殺すって考えて包丁握るだけで震えて、吐きそうになる、口だけの奴だったんです」
「いや、それがマトモな人間だよ。理由があるからって人を殺すなんて――」
「好きで結婚する予定だった女を襲われて、自殺されて。それでマトモで居られる男って、本当にマトモですか?」
慰めようと放たれた声を、まるで砂でも吐くように絞り出された研一の声が掻き消す。
復讐で人を殺すなんていけない。
それで常識で法律で、思い留まった君は立派で偉いなんて、世間は言ってくれるのかもしれない。
けれど――
「憎くて憎くてどうしようもない奴が手に届く距離に居るのに、動く事すら出来ない自分が情けなかった。俺のアイツへの想いなんてこんな物でしかないのかって思い知らされるくらいなら、いっそ狂ってマトモじゃなくなって人殺しになっていた方が、俺はっ――!」
そんな綺麗事で救われる心なんてない。
あれだけの事をしていて、のうのうと生きている相手を許さざるを得ない自身が、心底嫌で嫌で仕方なかった。
こんな部分だけ、マトモでなんて居たくなかった。
「……それはただの憧れや罪悪感の押し付けだよ」
「ですね、解かってます」
どこか不快そうに放たれた声を、否定する気なんて研一にはない。
自分と違い、目的の為なら悪党を裁ける強さに憧れたなんて、本人の苦しみも葛藤も無視した見当違いの想いでしかないなんて。
言われるまでもなく、研一だって理解しているのだから。
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