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憎まれ救世主 ~優しき青年が授かったのは、憎まれる程に強くなる力~  作者: お米うまい
第五章 大事なモノは――

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第159話 正義の味方になんてなる気はない

「そんな奴等、死んで当然じゃないですか」


 だが、アクアの予想に反して、あまりにも平然と研一は言葉を返す。


 まるで朝食に何を食べようか悩んでいるんだ、とでも聞かされたくらいに軽い調子で。


「な、何を言ってるんだい? 僕は個人的な理由で人を殺したと言ったんだよ?」


 この研一の態度には、逆にアクアが戸惑わずには居られなかった。


 自分は多くの人間を殺した殺人鬼とも呼ぶべき悪党でしかなく、救世主なんて正義の味方と相反する存在でしかない筈。


「個人的な理由って、別にそれでアクアさんが何か得した訳でもないでしょうに」


「それは、そうかもしれないが――」


「そんな人間の形をしているだけの害獣なんて、何千、何万死のうがどうだっていいですよ。むしろアクアさんに罪悪感なんて抱かせないように、一人で勝手に死んでてくれたらよかったのにとしか思いません」


 ただ、研一はアクアが思っているような正義の味方では、断じてない。


 私利私欲の為に他人を傷つける人間なんて、死に絶えればいいと本気で思っている。


 そんな人間をどれだけアクアが殺したと聞かされたところで、評価が下がる事なんて、ある訳がない。


「むしろ、これから新たに出てしまっていただろう被害者の事を考えれば、そんなに思い悩むくらい辛かっただろうに、よくやってくれたな、と褒めたいくらいですよ」


 それどころか、本心から研一は称賛の言葉を送る。


 研一が恋人を失う切欠になったのは、そもそも前科のある男に恋人を襲われた事が原因なのだ。


 権力を笠に好き勝手やっていた人を食い物にしていたような人間に嫌悪こそすれ、味方する要素なんて一つもないのだから。


「馬鹿な……。君は、救世主なんだろう? そんな外道の道に堕ちても仕方のないスキルを持っていても、清く正しき生きられる人間が、人殺しを肯定するというのか?」


 けれど、研一を正義の味方だと思いたいアクアには信じられない。


 いや、信じたくないのだ。


 自分達の世界を救ってくれる筈の人間――


 逆に言えば世界を救えるほどの力を持つ人間が、人殺しを肯定するような人間であってほしくないという願いが、研一の言葉を否定しようとする。


「言いたくないですけど、死んだ方が世の為になる人間なんて、いくらでも居ますよ。そんな奴等を殺したなんて言われても清々とするくらいです」


 だが、研一は躊躇い一つ見せず、吐き捨てるように殺人を肯定する。


 あまりに自然に紡がれていく言葉は、どう考えても本音にしか聞こえない。


 アクアを救う為の今だけの誤魔化しだったならば、これ程、流暢に淀みなく話すのは難しいだろう。


「力を持つ者には、責任が伴う。例え相手が救いようのない悪党だったとしても、勝手に裁くなんて許されていい筈がない!」


「それで更に泣く人が、犠牲者が増えると解っていても、ですか?」


「…………」


 心の底から悪人なんて死んでもどうでもいいと告げる研一を何とか否定しようとするアクアであったが、それが出来るならアクアだって自らの手を染める事なんてなかっただろう。


 結局のところ、これは取捨択一の話。


 これから生まれていくであろう被害者を助ける為に悪党を生かすか。


 悪党が改心するだとか、許す事こそ素晴らしいなんて耳障りの良い言葉を盾にして、善良に生きている人間に我慢や犠牲を強いるかの話でしかない。


「誰も彼も救う事が出来るなんて綺麗事ですよ。そんな事は俺よりも、アクアさんの方がよく解かっているんじゃないですか?」


「……そんな理想に少しでも近付ける為に、身を粉にして働くのが上に立つ者や力を持つ者の役目だ」


「そして、そんな理想を掲げているのに自分で壊してしまったから、責任を取って死ぬ、と」


「……ああ、そうだ」


 それこそが正しい、たった一つの結末なのだと。


 ウンディーネ国の党首である自分が、正しさを否定してしまえば、民にだって示しが付かないだろうという想いから、アクアは絞り出すように告げるが――


「だったら邪魔させてもらいます。アクアさんの言葉を認める事は、どうしても俺には出来そうにないので」


 これ以上、話すだけ無駄だろうとばかりに研一は、それだけ告げたかと思うと、地面を蹴るようにして動き出す。


 まるでスキップの最初の一歩目のような軽い動作。


 それだけで凄まじい土煙が上がり、まるで大砲にでも撃ち出されたような速さで研一がアクアに肉薄する。


 一秒にも満たない僅かな時間で、アクアの死角に回り込むと研一は穴とは逆の方向にアクアを殴り飛ばそうとするが――


「話の途中で不意打ちとは、救世主様としてどうなんだい?」


 半ば奇襲に近い研一の攻撃に、アクアは驚いた様子も見せない。


 それどころか、まるで研一の動きを完全に読んでいたように研一に手を伸ばしていた。


 戦闘時は景色が緩慢に見える研一だが、それは別に物理法則から解き放たれているという訳ではない。


 高速移動していれば慣性が掛かるのは当然で、自分の移動しようとしていた先に、手を置かれてしまえば、自分から当たりに行く形で直撃してしまうだろう。


 勢いよく走っていた車や自転車が、急ブレーキや方向転換しても、避け切れずに事故を起こしてしまうように。


「くっ……」


 それでも必死で身を捩り、研一はアクアの手から辛くも逃れる。


 それは変な接触の仕方をして、アクアを穴に落としてしまう事を避ける為という、ある種の余裕からの行動だったのだが――


 そんな舐めた考えで攻撃していい相手でなかった事に、即座に研一は気付かされる。


「なん、だ……」


 完全には避け切れず、僅かにアクアの手が軽く頬を掠めた程度。


 それなのに、貧血のような症状を覚えて、立ち眩みで僅かにふら付く。


 一体何が起きたんだ、と疑問を覚えた瞬間だった。


「ふふ、知っているかい? 人間の身体の多くは、水分で出来ているんだ。そして、僕は国一番の水魔法の使い手。この意味が解かるかな?」


 言葉と共に、アクアが再び研一に手を伸ばした。


 決して速い動きではないが、景色さえ歪んで見えている今の研一の状態では避けられない。


「触れさえすれば身体を構成している水分を操作して、意識を奪う事どころか、命を奪う事さえ容易い。これこそがウンディーネ国の党首である、僕の本当の力さ」


「ま、待っ――」


「人間とは違う身体の構造をした魔族には、ほとんど使えない。人を守りたかった筈なのに、こんな人を殺す事にしか使えない力を持っていた僕には、最初からこういう結末がお似合いだったのさ」


 どこか自嘲気味に呟いて、アクアが研一に触れようとした時だった。

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