第158話 水は清さを求め過ぎて
「また随分と――」
研一ならば、助けに来てくれるだろうとはアクアだって思っていた。
だって高官達を皆殺しにした薄汚れた自分なんかと違って、悪事に手を染めても仕方ないスキルを持ちながら、それでも清く正しく生きられる人なのだから、死にそうな女が居れば当たり前のように助けてくれる。
そんな風に思っていたのに――
(窮地に助けに来てくれた王子様というには、あまりにこう格好悪い姿じゃないか……)
もっと当然のように現れてくれていたのなら、今度こそアクアは穴に向かって飛び降りる事が出来ていただろう。
アクアが今まで足を止めていた理由。
それはウンディーネ国を守る為の装置のように生きて、そのままウンディーネ国の為だけに死ぬのが嫌だったからだ。
けれど――
(もっと格好良く王子様のように颯爽と駆け付けてくれていたなら、僕は――)
ウンディーネ国の為に今まで生きてきて。
それでも最後の最期には、気になっていた男に看取られて死ねるのなら。
まるで自分の人生が、練り上げられた舞台のようで美しくすらある。
そんな終わり方が出来るなら、きっとアクアはある種の満足感を持って、自ら穴に飛び降りて死ぬ事が出来ただろう。
「す、すみません。ちょっと息を整えさせて下さい……」
けれど、アクアが思っている程、研一は完璧な英雄なんかじゃなかった。
思っていたより入り組んだ洞窟に迷いに迷い、かといって壁とかを突き破って洞窟が崩落してアクアが生き埋めにでもなったら、元も子もない。
それならばとばかりに、身体能力に任せてアクアが居る場所に辿り着くまで、虱潰しに全ての道を駆け抜けてきたのだ。
いくら身体能力が上昇していても、全力疾走を続けた身体は汗だくで、膝だって笑っていて。
舞台のラストを彩るヒーローというには、どうにも頼りない。
「震えるくらいに嫌なら、無理して死のうとなんてしないで下さいよ。他人の気持ちとか解からないから、誰もとかそういう大きな事は言えませんけど、少なくとも俺はアクアさんには死んでほしくないって思ってるんですから」
おまけに救出に来たんだから、それこそ問答無用で一方的に攫ってでもくれれば、それっぽいのに。
恥も外聞もなく頭を下げて、助命を乞うのだ。
「死んでほしくない、か。随分と真っ直ぐで飾り気のない言葉だね」
これではアクアも舞台のように綺麗な終わりを迎えるだなんて、幻想は抱いてられない。
図らずも必死で泥臭ささえ感じさせる研一の姿が、アクアを一人の人間として研一の前に立たせていた。
「けど、どうしてだい? 君にとっては僕は数日前に会っただけの人間でしかない筈だ。生きようが死のうが、そこまで必死になるような事かい?」
「いや、誰かに生きていてほしいなんて思う事に、理由なんてあります?」
「少なくとも助けられる僕としては、あった方が嬉しいよ。特に理由はないけど、死にそうで見過ごせなかったから助けたなんて言われたら、あまりにも寂しいかな」
そんな誰でもいい有象無象として助けられ、いつか忘れ去られてしまうくらいなら。
研一に見せ付けるようにして穴に飛び降りて、二度と忘れられない傷を残してこの世から居なくなってしまった方が良い。
何故なら――
「僕の手は、とっくの昔に汚れてる。もう十人以上殺した、助けてもらう価値なんてない女だ」
ここで命を拾ったところで、もう救われないところまで来ている。
そして、正義の味方である研一は、人殺しの自分を許してくれないだろう、とも。
「人殺しって――」
「なに。よくあるつまらない話だよ」
予想通り、人殺しだという告白に表情を曇らせた研一の姿に、アクアは諦観に似た想いを抱きながら。
それを悟らせない為、何でもない事のように自らの罪を告白していく。
「前任の生贄の担当者だった高官達は、どうしようもない腐り果てた愚物の集まりでね。国を保つ為に最適な生贄を選出しているだけなら、必要な犠牲だと僕も黙認していたかもしれない」
けれど、事実はまるで違う。
プリムスの件なんて氷山の一角でしかない程に、高官達は悍ましい集団であった。
「子どもを生贄候補から外す為に賄賂を求めるなんて当たり前。中には母親や娘の身体を要求する事さえ当然の権利だと思っている連中さえ居たよ」
高官達の言いなりになれば、大事な人達を生贄にされてしまう。
かといって逆らえば、魔力こそ持ってないウンディーネ国の高官であったものの、世襲制に近い形で、長くに渡って国を運営し続けていた権力は絶大で――
下手に逆らえば、ウンディーネ国内でマトモに生きていけなくなる事は確定。
どれだけ多くの人間が、涙と屈辱に塗れたか解からない。
「しかも生贄にされた者の中には、大して魔力もなく、ただ連中に逆らったから見せしめに捧げられた者だって多く居たそうだ」
それならば全ての事実を明るみに曝け出し、国民達に裁かせる事こそが、正道だろうとアクアだって思う。
だが――
「けどね、当時のウンディーネ国の規則では、高官達のやった事も曲がりなりにも国を存続させる為の行為として、大した罪になんて問えなかった。それが僕には許せなかった」
この手の連中は生かしておいたところで、反省して心を入れ替えるなんて事はない。
自分達は無抵抗の相手を自由に操れる権利を持っている、と無意識で思っているからだ。
もし手痛い反撃なんてされようものなら、自分達の今までの行動なんて棚に上げて、どうして自分がこんな目に遭わないといけないんだと被害者面するだけなのは目に見えており――
大した罪にも問えない以上、いつかまた、新たな被害者を生むだけだろう。
「解かるかい? 規則も何もない。ただ僕が生きていてほしくないという身勝手な理由だけで、全員殺していったのさ」
それならば未来に生きる人の為に、腐り切ってどうしようもない病巣は切除したなんて言えば少しくらいは聞こえはいいが――
結局は、ただの私刑だ。
正当性なんてどこにもなく、これで研一は自分の事を軽蔑しただろうとアクアは確信する。
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