第152話 アクアの選択
「……姉上。本当にこれでいいんだね?」
研一がセンに恋人との思い出を話し終えた頃。
ウンディーネ国に住む極一部の者しか入る事が許されていない洞穴内で、どこか怒りを堪えるようなファルスの声が、先を歩くアクアの背にぶつけられる。
「くどいよ。良くなければ、わざわざこんな場所になんて来ないさ」
ファルスの言葉に振り返ろうともせず。
迷いなく歩き続けるアクアの目指す先にあるのは、何も知らない国民達からはウンディーネ国の聖域などと呼ばれている場所なのだが――
(こんな血と罪に塗れた場所が聖域とか、皮肉にも程がある……)
実情を知っているアクアからすれば、はっきり言って何の冗談かとしか思えない。
何せ、この先にあるのは神獣でありウンディーネ国の大地そのものと言っていいランドタートルの魔力補給地点。
数々の罪人や歴代のウンディーネ国の党首達を神獣の糧にする為に捧げてきた、処刑場とも言う場所なのだ。
いくらウンディーネ国の民が何も知らないとはいえ、あまりにも現実と掛け離れ過ぎている。
(まあ、神獣に直接魔力を送る場所なんだ。神聖な魔力くらいは流れているだろうし、あながち間違いとも言えないのかな)
とはいえ、自らの意志でその処刑場に向かっているアクアからすれば、そのギャップが滑稽で面白くはある。
――あるいは、もう笑うくらいしか出来ないから無理して面白さを探しているだけなのかもしれない。
「……まだ引き返せる。事情を話して研一君達に協力を頼――」
「気付いているんだろう? もう、そんな時間は残されてなんていないさ」
ファルスの言葉を遮って、アクアは進む足に力を込める。
これは別に死を前にして覚悟が鈍り、身体に活を入れたのではない。
少し前から洞穴内が小刻みに揺れており、気を付けなければ転びそうになるので、歩き方を変えただけ。
「予想以上に神獣様の限界が近い。今から相談に向かう時間なんてないよ」
「けど!」
「どうして今更迷うんだい? 研一君達を国の事に巻き込まない為、そして生贄の儀式を邪魔されない為に小島に隔離する。君だって僕の案に賛成して、協力してくれたじゃないか」
「それは――」
ファルスが研一とセンを小島に隔離したのは、決して仲直りの切欠を作ってやろうなんていう、微笑ましい理由ではない。
むしろ事実を知れば、研一とセンの仲が拗れる可能性の方が高いとさえ思っている。
何故なら――
「研一君を確実に連れ出す為に、セン君に事情を話して協力してもらったのは君だったじゃないか」
研一の性格上、事情を知れば確実に止めに来るだろう。
それを防ぐ為にファルスが用意した最後のストッパーこそが、センなのだ。
「それは、その。タイミングとか、色々都合が良くて……」
研一とセンが喧嘩のような仲違いをしてしまった事自体には、ファルスは何も関わっていない。
あの喧嘩自体は、積もりに積もっていたセンの想い。
助けてくれた研一に報いたいという想いもあれば、役立つ事で対等な存在になりたいという願い。
それに純粋に研一の身を心配する面や乙女心など、募った想いが爆発してしまった結果でしかないが――
(セン君はずっと、研一君の為に何かをしたいと思い続けていた……)
いくら不安などが溜まっていたからとはいえ、爆発するには切欠が必要だ。
その最後の一押しこそ、アクアとの会話の中で神獣の強さに気付いてしまい、もし戦う事になったら研一が死んでしまうというモノであり。
センからすれば、儀式の邪魔をしないように小島に研一を押し込めるというファルスからの提案は、渡りに船とでもいうべき、願ってもない事だったのだ。
けれど――
「……ファルス。君が罪悪感を覚えるのは、お門違いだ。それはセン君にだって失礼だよ」
センだって気付いていた。
それは研一を戦いから遠ざける為に、アクアやファルスを犠牲にする事だと。
気付いていて尚、選んだのだ。
「……解かっているさ。侮っていたと言わざるを得ないよ。あんなに強い女性だとは思わなかったからね」
自分の選択の果てに、アクアやファルスが死んでも構わない。
それだけじゃない。
「……研一さんが生きててくれるなら、私は研一さんに嫌われても殺されても構わない、だったか。ファルス。君から聞かされた時はね、女として負けたと、僕は本当に思ったんだよ」
誰を、それこそ自分自身を犠牲にしてでも、愛する人だけは助けたい。
そんな思いをファルス越しのセンの言葉から感じ取ったアクアは、自分は単に助けてくれる王子様を待っているだけの憧れしか持っていない女だ、なんて思い知らされて――
「もう未練も何もないさ。これが最善の道だよ」
研一なら、事情を話せば協力してくれるし、助けにだって来てくれる……『かもしれない』。
いくら何でも神獣相手には戦えない、なんて言葉を聞いて絶望した果てに死を選ぶしかないよりは、そんな『もし』の希望を抱えて、自分の意志で死ぬ。
それがアクアの選んだ道だった。
「けど、姉上!」
ファルスはアクアから、救世主である研一やその奴隷であるセンを誘い出した意図が、狐面の癒し手を探していただけじゃない事を知っているファルスには、納得出来ない。
救世主にしろ、癒し手にしろ。
それだけの魔力の持ち主ならば、その二人を自分の代わりに生贄に捧げれば、自分が生き残れると思っていたから。
そこまでしてでも生き残りたかったからじゃなかったのか、と。
「ああ、ファルス。それは半分は本当で、半分は嘘さ」
そこでアクアは初めて歩くのを止めて立ち止まったかと思うと――
真っ直ぐにファルスの方を見て、悪びれる事もなく騙していたと告げた。
「もし研一君達が悪党ならば、生贄にする事に何の疑問も遠慮もしなかった。けれど、もし二人が善人であった時。その時は、さ」
「……その時は?」
「ファルス。君の反応を見るつもりだったんだ。もし君が悪党でもない二人を犠牲にする雰囲気を少しでも見せたなら、僕じゃなく君を生贄に捧げるつもりだったよ」
自分や身内の命を惜しんで、無関係の善人を犠牲にしようとするような人間ならば、アクア直々に始末する。
それがウンディーネ国の党首である自分の、最後の役目だったと言いたげに。
「……この国の事を頼んだよ。そんな卑怯な事を考えもしない君こそ、僕よりもウンディーネ国を纏めるに相応しい」
ファルスを始末する事にならなくて良かった。
君は自慢の弟だと言わんばかりに、アクアは優しく微笑んで。
「ねえさっ――」
姉上でなく――
もう何年かぶりになる姉さん呼びをしようとしたファルスの腹に魔法を叩き込んで、一瞬で気絶させる。
「……本当に好きになれる人を見付けて、子を為すんだよ」
倒れ込もうとしたファルスを優しく抱き留め、地面に寝かせると、アクアは歩き始める。
そして、一度も振り返らなかった。
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