第151話 苦手で嫌いな部分があったとしても――
「俺とアイツとは中学、えーと、十年くらい前に会ってね」
いきなり恋人との事を話してくれと言われても、どこから何を話せばいいかなんて研一には解からない。
とりあえず思い付いた部分から、順番にセンへと話していく事にする。
「実を言うと仲は悪かったよ。多分、当時は一番仲の悪い女子だったと思う」
「そうなんですか?」
研一から告げられた言葉が、あまりに予想外で思わずセンは訊き返してしまう。
だって、悪党の演技をしているから周囲の評価から悪く思われているだけで、そんな演技さえしてなければ、誰からも好かれる人だと思っていたから。
「ああ。俺みたいないい加減な人間と違って、真面目な人だったからね」
心の底から不思議そうにするセンの姿に。研一は自嘲の笑みが自然と浮かぶ。
昔の自分がいい加減な人間で今は更生出来てマトモな人間になれたのならともかく、今も対して変わってなんていないのだ。
「センちゃんから見たらさ。何を捨ててでも、好きになってもらえるような良い人に見えてるみたいだけど、実際は全然、そんな事なくてね」
中学時代の闇野研一という人間は、傍から見れば何を考えているか解からない人間だった。
例えば掃除当番でもないのに毎日掃除をしていて、日直でもないのに毎日黒板を消している。
そこだけ聞けば、ただの気の良い人間や優しい人間とで思われたのかもしれないが――
「今もだけど相当に面倒臭い人間だったからね。俺に話し掛けてくる奴なんて、基本的には誰も居なかったよ」
大きく度を越しているとなると、話が大きく変わってくる。
研一の居た小学校と中学校では学期の終わりに教室内を生徒達でワックス掛けをするのだが、その際、机や椅子を全て廊下に出し、夏季休暇内に一度だけある登校日に、出した机や椅子を教室内に戻すという作業がある。
だが、この作業を面倒臭がり、あえて登校日に来ない生徒という者がそれなりに居る。
その結果、真面目に来ている生徒が休んでいる者の分の机や椅子も戻さないといけなくなる訳だが――
このサボった人間だけが楽をして、真面目に頑張っている人間が割りを食うと言うのが、研一には、どうしても気に入らなかった。
かといって、そんな奴等に注意するのも関わるのも面倒臭い。
その結果、わざわざ研一は一時間早く登校して、一人で全ての机と椅子を教室に戻すという行動に出ていたのだ。
(我ながら本当に面倒臭い人間だよね)
最初こそ、そんな研一に感謝する人間も少なからず居た。
ただ研一としてはサボっている人間のせいで他の人間が割りを食うのが嫌だからやっているだけであり、ここで礼を言ってくるような真面目な人間に礼を言われる筋合いなんてなく――
適当に返事をして、ぞんざいに扱っている内に、気付けば誰も話し掛けて来なくなってくる。
それで好きな本でも読んで過ごしていきたいなんていう――
傍から見れば理解なんて出来ない。
けれども、研一は研一なりに満足した学生生活を送っていく筈だったのだが――
「自分でも面倒臭いと思う俺に、しつこく付き纏ってくる女が居てね……」
ここで平穏無事な生活を邪魔する者が現れる。
それが亡くなった恋人である、鏡谷楓という女性であった。
「詳細は省くけど、俺は誰かと揉めたりするのが死ぬほど面倒臭くてね。それならもう全部俺一人でやった方が楽でいいって考えだったんだけど、それじゃあ他の人が仕事をしなくなるって、しつこくしつこく、本当にしつこく付き纏ってきてね……」
日直でもないのに研一が早朝から登校し、職員室から学級日誌を取ってきている事に気付くと、研一に文句を言う為だけに早朝から登校してきて。
研一がサボっている人間の代わりに掃除をしていると、どこを掃除していても現れる。
そして、ひたすら小言を言ってくるのだ。
「鬱陶しかったよ。うん、当時はそれ以上の気持ちなんて一切なかったな」
これで小言を言うだけなら邪魔だし帰ってくれなんて言えたんだろうが、文句を言いながらも、作業自体は手伝ってくれる。
こうなると研一としても、無下には扱い難い。
仕方ないから、共に作業するようになっていく。
「それで話し掛けてくるから、仕方なく話すみたいな感じでね」
当時の研一は別に無言でも気にならないタイプというか、むしろ会話そのものが面倒臭いタイプだった。
というのも相手を傷付けない言葉や反応というのが、良く解からない。
特に楓という女性は、その中でも極め付けの存在と言ってよかっただろう。
だって日直なり掃除なり、放っておけば勝手にやってくれるのだ。
わざわざ文句を言ってまで邪魔しに来る理由なんて全く見当が付かず、研一にとって楓は、どう対応していいか解からない厄介事でしかなかった。
「……本当にしつこい人だったよ。そんな関係でずっと、六年付き纏われたからね」
中学生の頃に出会って、高校卒業まで。
クラスが変わろうと現れるし、受験先なんて一切教えてないのに気付いたら同じ高校に居る。
改めて思うと。少しどころじゃなくホラーですらあっただろう。
「けど、そこまで一緒に居るともう傍に居るのが当然みたいになっていたというかね」
けれど、研一という人間は対人関係においては、極度の面倒臭がりなのだ。
何か面倒でややこしそうな問題が起きるくらいなら、全ての仕事を自分で引き受けた方が静かでいいと思う程に。
そんな人間だから――
六年付き纏われようが、相手が必要以上に近付いて来ないのなら無理して遠ざける方が面倒だし、下手に付き纏う理由を考えて状況が悪化する可能性の方を嫌い、自分から近付く事も遠ざける事もしない。
その筈だったのに。
(……大学は違うんだから、最後くらい家で話そうなんて言われて、最後だしいいかなんて思ってしまった時点で、俺も多分、その時には嫌いじゃなかったんだろうな)
誘われるままに楓の家に行った時に、抱き締められて口付けをされ。
初めて覚える快感に戸惑っている内に、いつのまにか押し倒されていた。
最初は楓の方からだったのに。
いつの間にか、研一の方が夢中になって楓の身体を求めていた。
――さすがに、この辺の話をセンにする気はなく、研一は口を噤む。
「……研一さん? 続きをお願いします」
「あ、ああ。それで――」
センが、ムッとした声で話の続きを促していく。
別に研一が急に黙り込んだ事に、怒った訳ではなかった。
というのも、だ。
読心能力を持つセンには、研一が話を始めた時から、ずっと研一の記憶が伝わってきている。
それは映像だけでなく、気持ちや感覚まで含めて全て。
それこそ研一すら自覚してない想いまで、だ。
(そんな風に私の事を見てくれた事ない……)
嫉妬して、それ以上、記憶の中の恋人に没頭してほしくなくて、先程は思わず声を出して止めてしまっていた。
別に肉体関係の話にだけ、嫉妬したのではない。
そこも羨ましくはあるのだが、センにとって恋人と自分が一番違うと思ったのは別の事。
(研一さん。関係を結んだ後でも楓さんの事、苦手だって気持ちが残っていた……)
本来、研一と楓は、相性が良い二人ではないのだろう。
人間付き合いを嫌がる研一にとって、それこそ六年も付き纏い続ける相手なんて理解出来ない不気味な存在でしかなかった筈だ。
それなのに――
(二人で居るのも悪くない、なんて思ってた……)
苦手だと思って、嫌な部分も当然あって。
それでも一緒に過ごすのも楽しいなんて想いも、それとは別にあって。
(私に向ける気持ちとは全然違う……)
少し喧嘩のような事をしてしまったけれど、研一が敵意や嫌悪を向けてくる事はなかった。
それが別に嬉しい事でも何でもないと、どこかで気付いていたセンであったが――
研一の恋人への想いを垣間見ることで、どうして嬉しくないのか、ようやく理解出来た。
(苦手な部分や嫌いな部分があっても。それでも一緒に居る事を選びたくなる。それが研一さんの恋人に対する愛し方なんだ……)
遠いな、とセンは感じる。
やっぱり今の自分の扱いは、どこまで行っても守るべき子どものままなんだ、と。
研一が恋人との思い出を語り続けてくれる中、そんな事を考えるセンであったが――
そこで不意に、何かに気付いたように視線が研一とは違う方向へと動く。
「センちゃん?」
その視線に導かれるように、小屋の外に研一が視線を向けた瞬間だった。
まるで近くで爆発でもあったかのように、小屋内が一度、揺れ動く。
何事かと一瞬戸惑いつつ、すぐにセンを抱き締め、何が来ても庇える態勢を取る。
その瞬間だった。
「……ごめんなさい、研一さん、アクアさん……」
まるで何が起きているのか。
全て解っているように、センがそんな声を漏らしたのであった。
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