第146話 誰も傷付けない筈だった力
(なるほど。魚が上陸してきたって言ってたから、足でも生えているのかと思ったけど、こういう事か……)
センとアクアが会話をしていた頃――
ファルスと共に魔物の討伐に赴いた研一は、想定外の光景を目にして、戸惑いを隠せずに居た。
(そりゃあ人間が手から水出したり、身体に水纏って歩いたりするんだから、魚だって魔法の一つや二つくらい使っても、おかしくないよね)
水槽にでも囲われているみたいに、秋刀魚くらいの大きさの魚の群れが、水と共に宙に浮いている。
おそらく海水を纏っているのだろうが、これならば陸とか関係なく自由自在に動き回れても不思議でないだろう。
それはそれとして――
「似合ってるよ。ウンディーネ国の服」
「……そりゃあどうも」
ファルスからの言葉に、悪党演技でなく本心から憮然とした言葉で返す。
どう頑張ってもずぶ濡れになるからと言われて、濡れてもいいという服に着替えさせられたが、何と言うか、ちょっと丈の長い海水パンツでしかない。
(くそう、こんな事ならもっと身体を鍛えておけばよかった……)
魔力で身体強化されているだけで、別に身体自体が鍛えられている訳ではなかった。
それなのに話題の救世主という事で周囲から注目されているとなると、さすがに恥ずかしいものの、そこで恥ずかしがっては今までのイメージが台無しになるだろう。
――とはいえ、元々身体を動かすのが好きなタイプなのもあり、ムキムキとは言わないが、細身でありながら割と引き締まった良い身体をしているのではあるが。
「ただ男に褒められたって嬉しくも何ともねえよ」
とりあえず、変に注目される事を追加で言われてしまわないよう、釘刺しの言葉を返して。
水と共に宙に漂う魚という、地球では絶対に目にする事のない野生動物の群れの前に研一は躍り出る。
魔力を溜めて腕を振り被り、一息に吹き飛ばそうとして――
「待った待った! そんな力で攻撃したら、消し飛んで鱗一つ残らないよ!」
慌ててファルスが止めに入って、研一に説明する。
わざわざ陸まで上がってくる魚類は基本的に美味であり、文字通り活きの良い立派な食材として重宝されているのだそうだ。
(ドリュアスと同じノリか……)
過去に赴いた国でも魔物が食糧扱いで消し飛ばしたら駄目な場面があったが、どうやら今回も似たような案件らしい。
危うく貴重な食材を消し飛ばしてしまう所だったと、やらかす前に止めてくれたファルスに心の中だけで感謝する。
その瞬間――
「ぷっ、こんな常識も知らないんだ」
「まあまあ、救世主なんて言われててもファルス様に手も足も出せずに負けたクソ雑魚だし」
周囲で様子を見ていたウンディーネ国の女戦士達から、嘲りを隠しもしない囁きが聞こえてくる。
普通ならば、もっと微笑ましい目で見てもらえるのかもしれないが、そこはさすがに悪名高き嫌われ者。
清々したと言わんばかりに吐き捨てられる声には、何の慈悲もない。
(ま、俺の扱いなんてそれが妥当だよね)
むしろ順調に悪意を稼げているなんて内心で、ほくそ笑もうとした研一であったが――
そこで予想外の声が響いてくる。
「こら、そこ! それが誇り高いウンディーネ国警備隊の態度ですか!」
どこかで聞いた覚えのある、まだ幼さを残した声。
誰だったろうかと記憶を探ろうとする研一であったが、次に聞こえてきたある単語に一気に記憶が蘇る。
「外部の者がウンディーネ国の事情を知らないなんて当然じゃないですか! 貴女達は数多くの戦士の中から選ばれた、エリートである自覚を――」
自称、スーパーエリートで狐面の癒し手ファンクラブ会長を名乗る、プリムスだ。
黒歴史を思い出させる存在だったから、半ば記憶から抹消しまっていたが、自分でエリートを名乗る面白さ。
それ以上に、水を膜のように纏っているだけの全裸と変わらない印象的な姿は忘れられない。
「いいですか? 警備隊というのは、強さだけでなく民に安心感を与える規律が――」
だが、変態的な見た目と違って面倒臭い程に真面目な人種らしい。
これ見よがしに嘲笑していた者達を迷いなく集めたかと思うと、説教なんて始めてしまう。
(こんな悪党なんて放っておけばいいのに、不器用な子だな……)
自分に向いていた悪意が急速に離れていくのを感じた研一は、顔にこそ出さないが、苦笑いでもしたくなる。
けれど、嫌な気分ではなかった。
(こういう子が、俺なんかのせいで悪く思われるのもな……)
研一は魚の群れどころか、この辺り一帯全てを吹き飛ばせそうな程に魔力を高めていく。
突然現れた、あまりにも大き過ぎる魔力に周囲の人間は声を出す事も忘れ、呆然とした表情で研一を見詰めるしかなく。
魚の群達も命の危機でも感じたのか。
様子を窺うように宙に浮いていただけの魚達が、一斉に研一の方に突っ込んでくる。
(あの頃は無理だったけど、国中に恨まれている今なら――)
かつてドリュアスという国で魔獣を仕留めようとした時は、指一本で仕留めるという荒業で何とか消し飛ばさずに原型を残す事が出来たが、秋刀魚くらいの大きさとなると指一本どころか爪の先が掠めただけでも消し飛んでしまうだろう。
だが――
(こんな感じ、か?)
研一は頭に浮かんだイメージのままに、魔力を一気に周囲に放出する。
目に見えない程に細かく放たれた波のような魔力が、研一以外の魔力を全て切り刻み掻き消していく。
「…………」
魔力で宙に浮いていた不自然な水は、本来の姿を思い出したように地面に零れ落ち――
突然、陸に打ち上げられた形になった魚の群れは、ピチピチと跳ねる以外に何も出来なくなっていた。
(なるほど、これがスキルの成長ってヤツか……)
今までにない全く新しいっ攻撃をしたにも関わらず、研一の顔に驚きの色はない。
むしろ、何かを確認したように頷いているが、これには訳がある。
(文字通り、スキルの成長、なんだよな)
マキーナ国でかつてマニュアルちゃんだった、スキルの取扱説明書を隅々まで読んだ研一は、とある勘違いに気付いたのだ。
研一は女神に『悪意を向けられれば向けられるほどスキルが成長し、善意を向けられるほど、スキルの成長が阻害される』という説明を受けていた。
だから単純に悪意を向けられる程に強くなり、善意を向けられる程に弱くなる能力だと思っていたのだが――
もっと言葉のままの能力だったのだ。
悪意を向けられる程に、スキルそのものが成長して効果が増えたり、新しい事が出来るようになっていく。
解かり易いところを上げれば、効果範囲。
元々は、周囲数十メートルから受けた悪意を、力に変える能力だったらしいが、今では周囲数十キロメートルからの悪意を受け取れるように変わっているらしく――
これが成長していけば、世界中からの悪意を受け取れるようにらしい。
そして――
(新しい力にだって、目覚めていく……)
本来は魔王に与えられる筈だった能力を、変質させた物なのだ。
マニュアルちゃんを具現化したのも、いわゆる魔王の部下とか眷属を召喚するような能力が救世主用に変換されただけの事であり――
最終的には世界征服出来るだけの潜在能力を秘めたスキルが、それだけで終わる筈がない。
部下を強化したり、部下を近くに呼び寄せるなんていう王に相応しい能力もあれば――
今のように自分より弱い相手の魔力を問答無用で消し飛ばすなんていう、直接的な能力みたいな能力だって覚えていく。
――ちなみに癒しの力は、本来もっと先で手に入る筈だった能力を、功績値を使って先取りした物だったらしい。
(……うん、良い感じだ)
色々出来る事が増えていく事に、研一は満足したように拳を握る。
ただ単純に力が強いだけでは、プロディを助ける事なんて出来なかった。
こうやって豊富な手段が増えれば、また力だけではどうにもならない場面でも、応用が利く時が来るかもしれないし――
何よりも、相手を傷付けずに無力化出来る能力というのが単純に嬉しくて。
「きゃあ!」
そこで幼い感じの悲鳴が聞こえて、討ち漏らしか新手の魚の群れでも現れたのかと思った研一は、慌てて声の下方向へと視線を向ける。
それは純粋に、子どもが魔獣に襲われていたら大変だという至極真っ当な危惧であったのだけれど――
「うわっ……。今の見た?」
「見た見た。隊長脱がしてすぐ、血走った目で確認してたわよ……」
視線の先に居たのは、研一の攻撃の余波を受け、魔力で作った水の膜のような服を吹き飛ばされてしまい、生まれたままの姿になって座り込んでいるプリムスの姿で――
「…………」
それは傍から見たら。
わざわざそんな派手な魔法使わなくても、魚の群れくらい簡単に倒せるだろうに。
戦い中の事故に見せかけて、プリムスを脱がして、裸を見ようとしたようにしか見えなくて。
やはり救世主は噂通り。
いや、噂以上の変態ロリコン野郎だったと、国中に名を轟かせていく事になるのであった。




