第142話 それでも忘れられない人が居る
「……なるほど。セン君があんなに慕う訳だ」
研一が悪人でないと気付き、センが狐面の癒し手だと推測したファルスは、研一達の関係を自分達の役割分担と似たようなモノだろうと想像していた。
すなわち、研一が悪党の振りをして表立って調査し難い繊細な事件に介入し、それでカバーし切れない被害者をセンが癒していると思っており――
そこでセンの機嫌を取る為にセンを褒めたり色々したのだが、一番反応が良かったのが研一を褒めた時だったのである。
――その時に新しい服でも着て、お披露目すれば男なんてイチコロだよ。
なんて言った結果が、再会した時にセンが服を着替えていたり、研一が疲れるまで新しい服を見せ続けた理由だろう。
「慕ってくれるのは嬉しいんですけれども……」
センが恋愛的な意味で自分の事を慕ってくれているくらい、研一だって気付いている。
ただ、その気持ちを素直に受け取れるかというと複雑だ。
元々はセンの母親を殺した責任感で面倒を見たところから始まって、それが色々な流れの果てにズルズルと続いて、今まで一緒に居るに過ぎない。
「単に俺くらいしか男と接する機会がなかっただけだと思うんですよね。もっと普通の場所で生まれ育って、色んな人に出会っていたなら、きっと俺なんか気にも留めてないですよ」
地下牢で出会った頃に比べて随分と明るくなったが、むしろ出会った頃の方が色々あって暗かっただけで、今のセンこそ本来の姿なのだろう。
ちょっと人見知り気味な部分こそあるけれど、だからこそ心を許した相手には、たくさんの笑顔と気持ちを一生懸命に向けられる。
もし真っ当に育って同年代の子どもがたくさん居る場所で育っていたなら、友達自体は多い方ではなかったかもしれない。
けれど、本当に大事な友達と付き合い、もっと違う誰かを好きになっていた筈だと、研一は確信している。
「ああ。真っ当な場所に生まれていたなら、きっと違う人生を歩み、違う誰かを好きになっていただろうね。その意見には僕だって異論はないよ」
「でしょう?」
「けどね。彼女は君に救われ、君と共に過ごし、そして君に惹かれた。もし、の世界の事になんて何の意味もない。今の世界で懸命に生きるセン君の事を、見て上げるべきだと僕は思うよ」
もし金持ちの家に生まれていたなら。
もしも容姿端麗にして頭脳明晰、果ては運動神経抜群に生まれていたなら。
結局のところ、研一の言葉は、そんな妄想と何一つ変わらない。
色々なもしの世界がある中、少なくとも今この世界の研一はセンの母を殺し、それでも尚、センから好かれてしまった。
「そこからどれだけ言い訳を重ねても、きっとセン君は逃がしてはくれないよ?」
端正な顔立ちをしている上に遊び人と世間に思われ、望まれるままに演技をしてきたファルスだからこそ、研一よりも身を以て理解している事がある。
それは恋する女の強さと――
妄執とも言うべき、男側からは何をしても断ち切る事の出来ない、深海に沈むような深く昏い何か。
「…………」
その場凌ぎの言葉で誤魔化す事くらい、いくらでも出来ただろうし。
そうすれば、この道化の振りをしているだけの気遣い屋は二度と、この話題を振ってこないだろう事も予測出来た。
けれど、あえて研一は何も言わなかった。
「……会ったばかりの人間が訳知り顔で口を出す話ではなかったみたいだね。申し訳なかった」
どこか諦めたように無言で笑った研一の姿を見て、ファルスは全てを察した。
他の誰かに何を言われるまでもなく、ファルスの言った事なんて何度も考えていて。
研一の中では、とっくの昔に答えなんて決まっているのだと。
「それでは失礼するよ。明かりも少なく夜では見所の少ない国だとは思うが、ウンディーネ国の夜景を楽しんでほしい」
ならば、後は当人達の問題だとばかりにファルスは短く呟いて。
いきなり現れた時を思い出させるくらい突然に、研一の返事を聞く事もせずに帰っていく。
「……お気遣い、ありがとうございました」
もうきっと聞こえないだろうと思いつつ、それでも研一は礼の言葉を残す。
ファルスが自分とセンの事を気遣い、余計なお節介だと疎まれる事を承知で話してくれた事くらいは解かったから。
(センちゃんとの関係、か……)
そこで夜景を楽しむように言われたにも拘らず、研一は、無意識に空を眺めた。
日本の街と違って、余計な光が少ないせいだろう。
視界いっぱいに無数の星々が広がっていくが、その光景を楽しむ事も無く、思い浮かぶのはセンとの出会いから、今まで過ごしてきた時間。
(改めて考えると、本当に凄く良い子なんだよな……)
たった一人で誰からも理解されずに戦い続けていくかもしれない孤独から救ってもらったし、母親を失ったばかりだというのに、困らされた事だってない。
年齢がどうこうって事も、大きくなれるんだし、そこまで気にするような事でもないんじゃないかとさえ思ってる。
何よりも、センの泣いている顔なんて絶対に見たくない。
だから、想いを受け入れたい。
理性だけなら、そんな風に何度も考えている筈なのに――
――そういう面倒臭いくらい、真面目な所が好きなの。
好きだの何だのという単語が頭を過ぎる度に、どうしたって思い出して忘れられない相手が居た。
自分以外に、もっと相応しい相手が居る筈だとか。
母親を殺した自分には資格なんてないだとか。
どれだけそれっぽい言葉や理由を並べたところで、結局は、それが全て。
研一にとって恋人とは誰よりも大事な異性の事であり、この世界で一番大事な相手は誰かと言われれば、センであるのかもしれないが――
その気持ちが蘇らせようとしている恋人に並ぶ事も、超える事も、きっとなくて。
どうしたら一番傷付けずに、センの恋を終わらせる事が出来るのか。
そんな事しか、頭に浮かばないのだ。
「本当、自分で言うのもアレだけど面倒臭い男だよ……」
思わず独り言が口から漏れてしまうが、だからって、一番好きでもないのにセンの想いを受け入れ付き合おうなんて考えは、少しも湧いてこないし。
面倒臭い自分を変えたいとも思えない。
だって、そんな面倒臭い上に、恋人が死んでも諦められない未練がましい男だからこそ、この世界に来て色んな出会いがあった。
多くの人を騙して、傷付けてしまったけれど――
それでもセンやテレレ、プロディを助けられた事だけは、間違っていないと自信を持って言えるから。
今よりもっと頑張ろうとは思っても、根本を変えようとまでは思わない。
「……」
ぼんやりとした様子で夜空を見上げる研一。
その目は星を映している筈なのに、物思いに耽る瞳には何も見えていなくて。
「…………」
そんな研一を、アクアが物陰から見詰めている。
ファルスと話していた時から誰にもバレる事無く、静かに音もなく研一の様子を伺い続けていた。




