第139話 ウンディーネ国の事情
「それでは改めて。元、水の国ウンディーネの党首、アクアだ」
研一、セン、アクア、ファルス。
先程のドタバタ劇に参加していた人間は、全員部屋を変えて集まっていた。
当たり前というべきか。
研一もセンも着替え直しており、アクアもボロキレの囚人服から正装に着替えている。
(何かアクアさん達、並ぶとゲームの色違いキャラみたいだな……)
はっきり言って、アクアとファルスの区別は、研一には全くに近い次元で判断が付かない。
服も正装だと同じ種類の色違いでしかなく、もし服を入れ替えられたら、いよいよどっちか解からなくなるだろう。
――ちなみに淡い水色の服がアクアで、濃い青い服がファルスだと聞いている。
「さて、それでは話を初めていこうと思うが――」
アクア達を見比べている研一の耳に、これから大事な話をするから集中してほしいという意志の込められた声が響いて。
研一は慌ててアクアの方に視線を向け直す。
「おそらくだが、現状では一番、僕が状況を理解しているだろう。だから今回の件に付いて、僕から説明させて頂こうと思うのだけど、君もそれでいいかい、ファルス?」
「駄目だよ。姉上は偶に自分だけ理解して説明足らずな所があるから、補足が必要そうなら僕が追加で話すさ」
「……そんな事はないと思うが、まあいい」
不承不承といった感じでアクアはファルスの提案に頷くと――
センとファルスに、地下牢で研一と出会ってから、センと再会するまでに起きた事を、掻い摘んで説明していく。
当然だが研一に男扱いされタガが外れてしまい、色々見せ付けてしまった話は、省きつつ、大体の情報がセンとファルスに共有された事を確認すると、アクアは次の話に入っていく。
「そもそもの話。僕達二人が少々面倒な計画を起こした事についてだが、大きく分けると二つの理由がある」
(二つ?)
アクアの言葉に研一は、首を傾げる。
一つは大体予想が出来るものの、もう一つに付いては心当たりがなかったからだ。
「まず一つ目。噂の救世主様とやらの真実を見極める為」
(ああ、やっぱりそれだよね……)
予想どおりの答えがアクアの口から告げられた事に対して、納得と共に頷きつつ。
話の邪魔をしないように、言葉にはせず続きが語られる事を待つ。
「もし噂が嘘八百の出鱈目で救世主様が善人だったとする。けれど、これだけ噂が広まっているんだ。すぐに国民を納得させるのは難しいだろう。それならば僕等二人だけで見極めて、救世主様が善ならば秘密裏に保護して匿い、ファブリス国の救援に向かおうとしているなら手助けをする」
「そして、救いようのない悪党だと判断したなら、魔力を封じて無力だと思い込ませた姉上が、隙を突いて仕留める。そういう算段だったのさ」
(多分、そうなっても俺の能力なら多分、防げてしまうんだよな……)
いくら不意を突こうとしても、敵意を持って襲ってくれば研一には解かってしまう。
おそらく失敗していただろうと思う研一であったが、それが顔に出てしまっていたのだろう。
「ああ、そうそう」
アクアは意地悪く笑ったかと思うと。
机の下に置いていた魔力を封じる効果があると説明していた首輪を掲げると、研一に見せ付けるように揺らして見せる。
「実はこれは膨大な魔力が込められた爆弾のような物でね。最悪、僕諸共に自爆して君を仕留めるつもりだったよ」
(……さすがは元とは言え党首様。一筋縄では、いかないか)
強化された研一ならば、爆発にだって耐えられたかもしれない。
だが、大なり小なりの痛手を負っていたであろう。
「それで二つ目の目的だが――」
研一が少し苦い顔をするのを横目に、アクアは少しだけ得意気に笑って。
更に話を続けていく。
「これは僕とファルスしか知らない機密なのだけど、この国の存続に関わる御方が、病に侵されていてね。その治療を出来る方を探していた」
「姉上、それは――」
「いいさ。協力してもらおうというのに、全て秘密にする訳には、いかないだろう? まだ全ては話せないが、伝えられる事は伝えるべきだ」
いわゆる国家機密という話なのだろう。
部外者に話すべきではないと話を止めようとするファルスの声を遮り、アクアは目的の核心に迫る話をする事にした。
「そこで我々が目を付けたのが、噂になっている狐面の癒し手様と呼ばれる存在だ。悪逆非道の救世主に虐げられた善なる者を救うと言われている謎の人物」
「最初はそんな人間なんて居ない、民衆に希望を持たせる為の情報工作だろうと僕と姉上は思っていたが、そこでマキーナ国の党首の病が突然治った、という報告を僕等は耳にした」
「つまり狐面の癒し手なる人物は、存在している可能性が高い。そして、もし実在しているなら動きから見るに救世主の傍だろう」
そこでファルスがセンの方に、視線を向ける。
それで研一は全てを理解した気がした。
「……なるほど。つまり救世主がいつも連れ歩くようなお気に入りの奴隷。それが狐面の癒し手って人の正体だと思ったって事ですね」
だからこそ、センはこの場所に連れて来られており。
頼み事をしようと思っていたから、粗末な扱いなんてせず、丁重にもてなしていたのだろう。
――おそらくセンが着替えを楽しんでいたのも、服でもプレゼントして機嫌を取ろうとしていた結果なのだろう。
「隠す方が不誠実だと思うから、あえて包み隠さず君には伝える。元々の僕等の計画では、研一君。君を殺して、狐面の癒し手様と思われる方を、奴隷から救い出そうというのが目的だった」
「姉上! わざわざ伝えなくても――」
「言ったろう? こういう事は伝えない方が不誠実なんだよ。僕もファルスも噂は大体事実で、救世主は力に溺れた悪党だと、当初は思い込んでいたからね」
まだ悪い噂や演劇で悪役にされているだけなら、少しは良い人間である可能性も期待出来た。
だが、全く良い噂が全く流れてこないのだ。
これで実は善人だなんて期待しろ、という方が難しい話である。
「でも、僕も姉上もすぐに悪党じゃないんじゃないかって、判断出来たじゃないか」
「え、そんなに早く疑う場所あったんですか?」
疑われて当然の情報しかないのに、一体どこから推測されてしまったのか。
驚きつつも、今後の参考にする為に研一は思わず訊ねてしまう。
「簡単さ。決闘の時の君の態度は、悪党と呼ぶには明らかにおかしかったからね」
「本当に人の心なんてない極悪人なら、僕を爆散させたところで、あんな反応なんてしないだろう?」
アクア達が研一を疑い始めたのは、本当に最初期。
研一とアクアの決闘が終わった時だった。
「背後に迫られている事にも気付かないくらい、ショックを受ける姿を見せられて、噂通りの悪党なんだと思う程、僕もファルスも間抜けなつもりはないよ」
半ば親善試合みたいな雰囲気の決闘で、相手を殺してしまった場合――
小悪人ならば知らなかったんだから俺は悪くないと、まずは相手の安否より何よりも自己の正当化に走るだろうし。
それこそ人の心のない悪人なら、これでウンディーネ国は俺様の物だと自分に都合の良い妄想をして、大はしゃぎだろう。
だが、あまりにも研一は動揺し過ぎていた。
「本当に凄まじい力を持っている極悪人思っていたなら、さすがに二人っきりで善悪を見極めようとは思えないよ」
「……むしろ姉上なら、そういう時こそ自分で調査しようとする気が」
「ファルス? 君は僕を何だと思ってるんだい?」
「真面目で冷静そうに振る舞う癖に、実は負けず嫌いで思い出したように無茶をする人」
「ファルス!?」
研一達の事なんて忘れてしまったかのように言い合いを始める二人の姿に、思わず研一の口元が緩む。
立場のある者として振る舞おうとする姿より、今の二人の方が、研一にはずっと好ましかった。
「と、とにかくだ!」
そこで研一が優しい目で見ている事に気付いたアクアは、雰囲気を変えるように大声を張り上げると――
研一の方を向いて告げる。
「僕達の目的は伝えた。もし僕達の願いを叶えてくれるのなら、僕が出来る事であれば何でも叶えると誓おう」
(あんな普通の兄弟みたいな姿を見せても、やっぱり国を背負う人か。どうやって予測したんだか……)
真っ直ぐに迷いなく研一を見詰める、アクアの視線。
その態度に、自分が狐面の癒し手の正体なのだと、バレてしまっている事を研一は気付かされた。
そんな中――
(むう、アクアさんと研一さん、絶対何かあった……)
会話に参加する事もせず、研一とアクアの様子を見比べていたセンは、一人、対抗心のようなモノを燃やしたのであった。




