第137話 す~ぱ~えり~と
「そういえば気になっていたんですけれど――」
アクア曰く、もう少しで地下を抜けて地上に出られそうになった頃。
全力で走り続けたお陰か、追っ手の姿も見えなくなり、話す余裕が出来た研一は、未だお姫様抱っこしたままのアクアに目を落として訊ねる。
「その魔力封じの首輪でしたっけ? 俺の力なら壊せると思うんですけど、壊しましょうか?」
鉄格子さえ楽々に粉砕出来るのだ。
首輪の一つや二つ、文字通り一捻りで終わりだろう。
「いいのかい? これさえなければ僕は一人で自由に動ける。君と協力する必要なんてなくなってしまうけれど?」
「そこはもう仕方ないです。協力してくれるなら嬉しいですけど、弱みに付け込んで協力させるのは、やっぱり違うと思いますので」
「……魅力的な提案ではあるけれど、断るよ。これは僕の魔術制御に密接に絡んで、力を封印していてね。ちゃんとした手続きを踏んで外さないと、下手すると衝撃で僕は廃人になってしまうのさ」
「……それは、外せませんね」
そんな危険な物を血の繋がった相手に付けるか。
悪党演技をしていたなら憤りを隠せたかもしれないが、素の研一では逆に感情は殺せないし、表情が全て表に出てしまう。
「そう怖い顔をしないでくれ。正当な国の代表の交代劇だからこそ、下手に双子の情なんて入れたら逆に面倒な事になってしまうんだよ」
研一の怒りを和らげるように、アクアは微笑んで説明する。
規則に従っただけの事で、ファルスと自分の間には何の確執もないから、要らない邪推をしないでほしいと。
「アクアさん――」
党首を奪われたり、危ない首輪を付けられて地下牢に放り込めたりしているというのに、どうもファルスに甘過ぎる気がしてならない。
何か事情があるのかと思い、訊ねようとする研一であったが――
「そこまでです! 脱獄者さん!」
その瞬間、どこか凛々しくも幼さを感じさせる少女の声が響き渡る。
誘われるように声のした方向へと視線を向けた研一は、思わず突っ込みそうになってしまった。
(それはもう服じゃないだろ!)
水が薄い膜のようになって、少女の身体を覆っている。
角度やタイミングに寄っては上手く光が反射して裸体を隠せているが、逆に言えばタイミング次第では、ほとんど丸見えだ。
将来性が高そうな胸部や小ぶりな臀部がチラチラと見える度に、研一としては恥ずかしくないのかと心配になってしまう。
「このスーパーエリート、プリムス・アモールが来たからには、貴様の蛮行もここまでです! 大人しくお縄に付いて貰いましょう!」
だが、どうやら本人的には恥ずかしさなんて全くないらしい。
全身を見せ付けるように仁王立ちで出入口前に立ち塞がっているので、もしかしたらウンディーネ国ではアレで服として成立しているのかもしれない。
なんて研一が思い始めたところで――
「……あの水の衣類は超高等魔法でね。あの年齢で自在に使いこなせる子は、彼女くらいしか居なくて、自慢したいんだと思う」
言い難そうな様子で、小声でアクアが耳打ちしてきた。
どうやらウンディーネ国の人間が見ても、相当に恥ずかしい恰好ではあるらしかった。
「こら、そこ! 私の見ている前で、コソコソ話しない!」
自分が無視されていると思ったのか。
プリムスは怒りを隠しもしない様子で研一達を指差したかと思うと、余所見せず自分を見ろとばかりに叫び出す。
「大体ですね、貴方の行動は解釈違いもいいトコです! アクア様は聡明にして凛々しい我々警備隊の憧れにして、高貴なる御方! 変態テロリストなんかが連れ去っていい方ではありません!」
(……随分な言われようだけど、仕方ないか)
噂から考えれば変態扱いは当然ではあるだろうし。
支持率が高い先代の党首を人質にして、自らの要求を通そうとしているのだ。
客観的に見れば、間違いなく変態テロリストでしかなく反論のしようもなかった。
「貴方のような悍ましい相手がアクア様を抱き上げるなんて、失礼にも程があります。アクア様にそのような扱いをしていいのは、そう! 例えば狐面の癒し手様のような自らの功を誇る事もせず、弱き者に手を差し伸べるような心優しく高貴で、どこか神秘的な御方くらいです!」
「狐面の癒し手、だあ?」
そこで研一は気になる単語が飛び出てきて、思わず訊ね返す。
とても嫌な予感がした。
「ええ、そうです! 変態鬼畜の名ばかり救世主の裏で、正体を明かす事もせず、弱き者を助ける、貴方みたいな名ばかりの似非救世主とは違う、本物の正義の味方です!」
その手は不治の病すらいとも容易く治療し、サラマンドラ国では外道な救世主に傷付けられ再起不能になってしまった踊り子の足すら、一瞬で治療しただけでなく、御礼の一つさえ受け取らなかったんです。
うっとりした表情で語り始めるプリムスを見ていられず、研一は僅かに目を逸らして呟く。
「……はっ、下らねえ。正体隠して慈善事業なんざ、どうせ裏で碌でもない事してて、表に顔出せねえだけだろ。よくそんな怪しい奴の事なんて信じられるもんだ。頭お花畑過ぎだろ」
実際は、ただのマッチポンプでしかなく、研一からしてみれば半ば黒歴史のようなものだ。
それが大々的に知られてしまっている気恥ずかしさ、騙している申し訳なさも手伝って、言い過ぎてしまったと自覚しつつ。
もう後には引けないとばかりに、研一はプリムスを嘲笑った。
「癒し手様になんて失礼な口を! 狐面ファンクラブ会長の私が、癒し手様に代わって貴方にお仕置きして差し上げます!」
(ファンクラブとかあるのかよ!)
恥ずかし過ぎて、もうこれ以上、プリムスの話を聞いていたくなかった。
研一はアクアを脇に抱え直して片手を空けると――
「耳障りな口を閉じてろ! 一瞬で終わらせてやるぜ!」
「え、速っ――」
一撃で殴り倒してやるという気迫を込めると、迷う事無くプリムスに肉薄する。
決着は言葉通り、一瞬。
「きゅう~……」
研一に頭を殴られたプリムスは一撃で気を失い、目を回してしまった。
この様子だと起きる事は、当分ないだろう。
「それじゃあアクアさん、先に行くとしましょうか」
倒れたプリムスには目も向けずに進もうとしたところで、研一はある事に気付くと――
「ああ、くそ。仕方ない……」
着ていた服を脱いで、プリムスの上に被せた。
どうやらプリムスが気絶してしまったせいで水魔法が解けてしまったらしく、完全に裸で倒れていたからだ。
「……それじゃあ、今度こそ行きましょう」
アクアを抱え直して、研一は先に向かって歩き出す。
今度こそ、一度も振り返ろうともせずに。
いくら戦いになったとはいえ、甘い面が多い研一にしては珍しい態度と言えるだろう。
(……なるほど。狐面の癒し手様の正体は、君だったか)
それがどこか気まずそうで、恥ずかしさから来ている態度だとアクアは予測すると――
今まで戦闘を出来るだけ避けてきた研一の態度からは考え難い、性急にして乱暴な解決方法も推測材料に加えて。
研一に抱え直された腕の中で、密かに狐面の癒し手の正体に確信を持ったのであった。




