第136話 人質というよりも――
「何か滅茶苦茶人が居ますね……」
さすがに誰にも見付からず、外まで出る事は無理だったというか。
そもそも牢の前に人が居なかっただけで、一本道に当たる部分に見張りが大勢配置されているのは当たり前だろう。
曲がり角の影から先を覗き見た研一は、十人は下らない数の兵に、どうしたものかと頭を悩ませる。
「アレだけ派手に鉄格子を吹き飛ばしたんだ。大きい音もしていたし、配置以上に人も集まってくるだろうさ」
おまけにアクアの言葉どおり、更に人が増え続けている。
どうやら下手に地下牢の様子を見に行って各個撃破される事は避けたいらしく、一本道を塞いで脱獄だけは阻止しようとする魂胆らしい。
「どうします? 壁や天井くらいなら壊せますけど……」
「それは止めてくれ。修復も大変だし、壊し方によっては下手すると生き埋めだ。君は耐えられるくらい強いのかもしれないが、兵は全員死んでしまう」
「ああ、それなら駄目ですね」
無駄に戦いたくはなかったが、それは必要以上に傷付けたくのが理由だ。
余計に被害が大きくなるというのなら、そんな方法は取れない。
人間には殺傷能力は抑えられるし、思い切りやったところで死ぬ事はないだろうから、強行突破してもいいかと研一が考え始めたところで――
「ここは君が普段から慣れているヤツで、いこうじゃないか」
アクアがまだ乱暴に行く必要はないとばかりに静かな言葉で、とある提案をする。
その提案に僅かに戸惑う研一であったが、すぐに笑って頷くと、アクアを抱き寄せて集まっている兵士達に向かって叫ぶ。
「おらおら、どけどけ雑魚共! お前等の大事な大事な元党首様がどうなってもいいのか!」
要するに人質作戦である。
悪党だと噂になる程に知れ渡っているというのなら、その知名度すら利用してしまおうという訳だ。
「僕に構うな! 君達は君達の仕事を全うするんだ!」
そして、駄目押しとばかりに兵士達が研一に注目した瞬間を見計らって、アクアが覚悟を決めた表情でそんな事を喚き散らす。
あまりにも迫真の演技で、人質作戦を提案された研一ですら、本気の言葉だと信じ込みそうになる程だ。
「あ、アクア様……」
「くっ、なんて卑劣な……」
無論、何も知らない兵士達への効果は絶大で――
ここだけは通さないとばかりに通路を固めていた兵士達が目に見えて動揺し、多くの兵士がが次々に道を開けていく。
けれど――
「ほら、救世主様のお通りだぞ! もっと離れろ、雑魚共!」
それでも隙を突いてアクアを奪還しようとしている者が、どこかに居るのだろう。
世界がスローモーションのように見え出した研一は、全身から魔力を溢れさせると、アクアの頭に拳を突き付けて叫ぶ。
「少しでもおかしな事したら、この女の頭をぶっ飛ばすぞ!」
当たり前だが、徹頭徹尾はったりだ。
人間相手には殺傷能力が激減してしまう研一の力では、どれだけ魔力を高めてもアクアの頭を吹き飛ばす事なんて出来ないし、そもそも掠り傷の一つさえ付ける気だってない。
だが、殺傷能力は抑えられているだけで、完全に消えてなくなる事はないのだ。
それならば――
(下手に乱戦になって僕や兵士を傷付けるよりは、取り返しが付かない次元まで自分が悪人だと思われる道を選ぶ、か……)
誰も傷付けずに済むだろう方法を、迷わずに選んでしまう。
そして、その傷付いてほしくない誰かの中に、当たり前のように研一本人が含まれていなかった。
(……馬鹿だな。これだけの力がある上に人間は簡単に殺せない能力だというのなら、全員を叩きのめした方が簡単で安全だろうに)
不器用な男だと、本気でアクアは思う。
それは別に研一だけが、一人悪者になって恨まれようとしている部分だけで判断した訳ではない。
(私から人質にしてくれと提案したんだ。こんな宝物みたいに優しく抱き寄せずに、もっと乱暴に扱ってくれた方が、よほど人質らしく見える筈だ)
どさくさ紛れに際どい場所を触ったって怒りはしないし、それこそ下手に暴力性を見せるよりは服でも破いて下劣な発言でもするなり、見せ付けるように胸でも触った方が緊迫性もも増すだろうに。
それなのに出来るだけ変な場所は触らないようにしているどころか、必要以上に密着しないように、ほとんど無意識で気を付けている。
そんな本人すら気付いてない優しさが、言葉以上に研一という人間を物語っていた。
(やはり、噂というのは当てにならないものだな……)
そこでアクアは、ウンディーネ国に少し前に訪れた劇団が演じていた、実話を元にしたとされる劇を思い浮かべる。
曰く、救世主は若い可愛い子を見れば見境なく手を付ける、酷い女狂いの変態。
相手が国の党首であろうと関係なしで、女性が嫌がれば嫌がる程に興奮して、裏で泣かされた女の数は量の指で数えられない程であり――
お気に入りの相手であったとしても、傷物になった途端、あっさりと捨ててしまう。
けれど、そんな多くの女の涙と引き換えに、魔族から国だけは守ってくれる。
(――そして、救世主に泣かされても真面目に生きていた女の元には、最後に狐面を付けた男が現れて救いの手を差し伸べてくれる、だったかな……)
そんな都合の良い話はないだろう、とアクアも最初は思っていた。
おそらくは狐面の男の部分だけが民衆に希望を持たせる為だけの優しい嘘で、救世主は凄まじい力を持っているだけの正義も何もない女狂いの俗物に気を付けろという注意喚起で。
この真面目に生きてきた女とやらに差し伸べられた手は、お人好しで知られるサラマンドラ国の党首辺りがコッソリと女を逃がしたとか、そんな話だろうと思っていた。
――実際、この演劇を企画した踊り子、シャロンという人物がサーラからの紹介状を持っていたからこそ、アクアはこの劇の内容が嘘八百の出鱈目ではないのだと思い、救世主の評価を大きく落とす事に繋がると解っていながら、劇の開催を認めたのだから。
(だが、おそらく私の推測は、どこかで間違っていた……)
はっきり言って研一は、劇に出てくるような鬼畜な卑劣漢とはあまりにも遠いし。
それ以前に、どうしても気になる事件が最近起きたのだ。
(あの治る当てなんてないとされ死まで秒読みだと言われていたマキーナ国の党首が、救世主が訪れた後に回復している……)
それならば狐面の男とやらも、実在しているのではないか。
そして、その存在は救世主の近くに居るのではないか、とアクアは考えたのである。
(ふふ、それにしてもアレだね……)
アクアが色々な思案を働かせる中、尚も悪党演技を続け。
ついには兵士達の包囲網を突破した研一を見詰めて、アクアは照れ臭そうに微笑む。
(本当に、これでは人質になんて見えないじゃないか)
魔力封じの効果で身体強化も出来ないアクアを気遣っての事だろう。
少しでも早くセンの元に辿り着く為に研一が取った行動は、アクアをお姫様抱っこして駆け抜ける事だった。
「アクアさん、次の角はどっちに曲がればいい?」
「ああ、その角なら右だ。左は倉庫で行き止まりだよ」
いくら近くに人が居ないからって、いつ見付かるか解からないんだから、もっとぞんざいに扱えばいいのに。
本当に不器用で愚かで――
(まるでセンとかいう少女より、私の方が救い出された囚われのお姫様みたいだね)
けれど、それが存外、心地良くて。
あえて乱暴に扱った方がいいなんて指摘する事もせず、アクアは研一の腕の中で揺られながら、脱出までの道案内に努めるのであった。




