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憎まれ救世主 ~優しき青年が授かったのは、憎まれる程に強くなる力~  作者: お米うまい
第二章 波乱のウンディーネ

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第134話 アクアという名の女

「なん、だ……」


 ポチャンポチャンと、水滴が高い所から滴る音が響いている。


 不定期に鳴る音は大人しく眠っている者に取っては耳障りであり、ある種の不快さに導かれるように研一は目を覚ます。


「気が付いたかい?」


 そんな研一を男にも女にも見える端正な顔付きの人間が覗き込んでいた。


 見慣れない顔ではあるものの、見た事のない顔ではない。


「えーと……」


 だが、寝起きのぼんやりした頭では、パッと誰だったか出てこない。


 少しだけ迷う研一であったが、すぐにその顔は意識を失う直前に戦っていたファルスである事に気付く。


「てめぇ、センちゃんに何もしてねえだろうな……」


 真っ先に思い浮かんだのは、自分がファルスに負けてしまった事であり――


 そして、何を置いても守らなければいけなかった筈のセンが、今は傍に居ないという事だ。


(負けた自分に文句を言う権利なんてない事くらい解っているさ……)


 けれど、それがどれだけ恥知らずで情けない横紙破りであろうと、研一はここで止まってやる気なんて微塵もない。


 決闘を汚した男としてウンディーネ国の歴史に汚名を残し続ける事になっても、サラマンドラ国に迷惑を掛ける事になったとしても。


 とにかくセンだけは、何をしてでも取り戻す気であった。


 ――脅して効果がなければ、次は泣き落としに移行する心構えさえ出来ている。


「まずは落ち着いてくれるかい? おそらくだけれど、君は一つ大きな勘違いをしている」


 隠す事も無く魔力を放出して威嚇する研一の姿は、下手な魔族の群れに囲まれているよりも遥かに恐ろしい。


 それこそ刃物を首筋に突き付けられた方が、遥かにマシだと思う程に。


 けれど、男にも女にも見える端正な顔立ちの持ち主は、研一の威圧を平然と受け流すと――


「おそらく僕の事をファルスだと思っているのだろうけれど、それは違う。僕の名前はアクア。弟に破れ、ウンディーネの名も立場もを奪われた先代の党首だよ」


 落ち着いた物腰で名乗りを上げる。


 顔も話し方もファルスによく似ているものの、芝居掛かった変なポーズを取る事もないし。


 初対面だというのに、親しさというよりは礼儀知らずな馴れ馴れしさを見せていたファルスと違い、どこか研一に警戒する視線を向ける姿は、確かにファルスとは違って見えない事もない。


「……」


 だが、ファルスが演技をしていないと言い切る事も出来ない。


 何故ならファルスの双子の姉だという話もあり、顔も体型も似過ぎていて、言われても本人しか見えないのだ。


(これ、単に服装変えてるだけじゃないのか?)


 違うところと言えば馬鹿デカイ首輪を付けていて、服が上下こそ分かれているものの、囚人仕様のボロキレみたいな貧相な物になっているくらいだろう。


 別に身長が低くなった訳でも胸が大きくなっている訳でもなく、相も変わらず見た目だけなら男にも女にも見える中性的な容姿で―― 


 はっきり言って、単に服を着替えただけにしか見えない。


「……仕方ないね」


 疑いの目を向ける研一を言葉だけで納得させるのは、難しいと判断したんだろう。


 アクアは僅かに目を伏せると、上着を捲り上げて胸を露出する。


 ――どうやらサラマンドラ国同様、下着の文化はないらしく、それだけで白くなだらかな胸が曝け出された。


(えっと――)


 いきなりの行動ではあったが、どういう意図くらいかは研一にだって解かる。


 自分は女だからファルスとは違うという事を、その身を持って示そうとしたのだろう。


 そして、初対面の男に胸を晒す事に、どれ程の羞恥と覚悟があったのかくらいは想像するに難しくない。


 けれど――


「…………」


 傷一つ見当たらない白い肌、無駄な肉なんて削ぎ落としたような流線型の体付きは、精巧に作られた人形のように美しい。


 それこそ下手な芸術品では足元に及ばない程に。


 あまりに度を越した美は、もはや性別なんて超越してしまっており、同じ人間を見ているとは研一には、とても思えなくて。


 虚を突かれたとばかりに、ぼんやりと立ち尽くす事しか出来ない。


「……女性の胸を見せられているというのに、その反応はないんじゃないかな?」


 だが、どうやらそんな研一の態度は、アクアにはお気に召さなかったらしい。


 不満を隠しもしない態度でアクアは眉根を寄せると、胸を張り、よく見てみろと言わんばかりに背筋を逸らした。


「あ、ああ。女性か……」


 何が凄く綺麗な存在から話し掛けられ、オウム返しにそんな言葉が研一の口から漏れてしまうが――


 それが最大級の失言である事に気付くのに、時間なんて要らなかった。


「……ふ、ふふ。そうかそうか。僕の胸なんて見せられたところで、男か女かなんて解かるかと、君は、そう言いたい訳だね」


 極力冷静に話そうとしているが、引き攣ったように笑うアクアを見れば誰でも解かるだろう。


 相当な怒りを堪えている事くらい。


「あ、いや、違うぞ! わざわざこんな事してまで騙す訳ないし、ちゃんと女だって事くらい解かって――」


「それはもう、状況と理屈で考えて女と判断しただけで、見ただけじゃ解からなかったと言っているのも同然じゃないか!」


 慌ててフォローした研一の言葉は、火に油を注ぐ事にしかならなかった。


 アクアは躊躇う事無くズボンに手を掛けて――


「おい、何して――」


「さすがに下を見せれば君だって嫌でも理解するだろう! 僕をここまで追い詰めたのは、君が初めてだよ!」


「馬鹿、止めろ! そんな事しなくても、ちゃんと女だって思ってるから!」


「こういうのは理屈じゃないんだよ! 身体で解からせないと気が済まない! これは僕の女としての誇りの問題なのだから!」


 慌てて研一が止めようとアクアの腕を掴むが、さすがウンディーネ国の元党首。


 研一が怪我をしないように気を付けつつも、それでも必死で抑え込もうとしているにも拘らず、恐るべき力で自らのズボンを脱ごうと暴れ回る。


「あっ――」


 これ以上、力を入れれば怪我をさせてしまうかもしれない。


 どうにか傷付けずにアクアの動きを封じる方法はないかなんて、余計な事を考えてしまったのが悪かった。


「しっかりと目に焼き付けるといい! 君が僕の裸を見た最初の男だ!」


 アクアはその心の隙を感じ取り、力が緩んだ瞬間を完璧に見極めると、一瞬の内にズボンを脱ぎ捨てる。


 ズボンを抑えようと力を込める研一の顔の前で。


「…………」


 突如として目の前に広がった光景に。


 研一はアクアが女である事に、心の底から納得させられたのであった。

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