第131話 地図に載らないウンディーネ国
「あん? 転移陣で一気に水の国とやらに行くんじゃねえのか?」
いつも通り転移陣で水の国に飛ぶと思っていたのだろう。
港に連れてこられた研一は、僅かな戸惑いと共にこの場所に連れて来たサーラの方を見る。
「ベッカから何も説明されていないのですか? 説明を聞いて納得した上でウンディーネ国に旅立つ事を決めて頂いたという報告を受けているのですが……」
「奴隷を一匹だけ連れて来いって話しか聞いてねえよ」
(言われて気付いたけど党首は何か良い奴だから信用してくれとは言われたけど、それ以外は何も訊いてなかったな)
隣で怯えた演技をしているセンに目を向けつつ。
センを連れて行くと決めたのだから、もっとしっかり聞いておけばよかったと後悔する。
――ベッカが怯えていて無理やり話を纏められたから聞けなかった面もあるのだが、そこは気にしていなかった。
「それでは僭越ながら、ウンディーネ国からの使者が来るまでの間、私の方から説明させて頂きます」
さすがに付き合いも長くなってきたサーラには、研一が少し落ち込んでいる程度の事は察しられた。
コホンと一つ咳払いして、サーラは自分に注目させると、説明を始めていく。
「通称、地図に載らない水の国、ウンディーネ国。正確には常に動いているので、地図に載せられないと言った方が正しいですね」
「常に動いてる?」
「ええ。遠い昔は水の民と呼ばれる船団だったそうなのですが、ある日、魔力を使って自在に動かす事が出来る島を手に入れ、そこで国を興したと言われています」
「島を動かす?」
「はい。そういう事情ですから、そもそもあの国に転移陣で飛ぶ事は出来ないのです。転移陣は決められた座標に飛ぶ術式なので、転移陣であの国に飛ぼうとしても、設置した時代の座標ですと既に水の上ですからね」
転移陣自体はウンディーネ国の人間が別の国に移動する為などに使う為に存在はしているんですけどね、と付け加えると――
サーラは話を続けていく。
「あの国が他の国と違う部分として、どの国よりも党首に魔力が求められるという点ですね」
「あ? それはどこの国でもそうじゃねえのか?」
今まで出会った党首達の多くは、自国における最強の魔法使いであった。
マキだけは違っていたが、それは腹心としてプロディが傍らに控えていたからであり、党首に強さを求める風潮はどこの国にも強く根付いているようにしか研一には感じなかったが――
そんな誤解をされていると気付いていたのだろう。
サーラは戸惑う事無く、説明を続けた。
「今は魔族との戦いが激化している状況ですからね。強さよりも政治力が求められる時代も多くあったのです。ですが、ウンディーネ国は最低でも島を動かすだけの膨大な魔力と卓越した水魔法の練度が必要となります。島が暴走したらウンディーネ国が亡びるだけでは済みませんからね」
「……そりゃそうだな」
言われて想像したが、国が存在出来る規模の島が暴走して海の上を走り回っているなんて下手な災害を遥かに越える大事件でしかないし。
大陸に突撃でもしようものなら、死者数がどうこうなんて次元じゃない。
その地域の生命全てに影響を与える大惨事になるだろう。
「極端な話、水魔法の使い手として最強であれば、どんな無法者であっても党首になれてしまうとも言い換えられます。そして、無法者が党首だった時代は最悪だったそうです。下手に倒して島を制御出来る者が居なくなれば終わりですし、かといって言いなりになる訳にもいかないですからね……」
(なんというか、そういうところはファンタジー世界でも生臭いよね……)
地球でいうところの兵器問題みたいな話だ。
それも個人の力と意志だけに左右される分、ある意味では地球よりも厄介と言えない事もなかった。
(ヤバいな。早まったか?)
そこで気付いてしまう。
いくら研一が凄まじい力を持っていると言っても、島そのものと戦って勝てる気はしない。
そんな相手だと解かっていたなら、センが何を言おうと置いてくるべきだったと後悔し始める研一であったが――
そんな研一の戸惑いを、サーラは雰囲気だけで察すると、心配しなくてもいいとばかりに、新しい情報を提示していく。
「ですが、今代の党首であるアクア・ウンディーネは、透き通る水の如く清廉潔白とさえ謳われている稀代の名君です。絶大な力を持ちながらも自他共に横暴を許さない方で、無闇に争いを起こす事こそありませんが、不当な扱いを受ける国があれば即座に駆け付け助力し、魔族との戦いにおいても積極的に他国と連携を繰り広げ事に当たっており、非常に高い評価を受けている立派な方です」
「はっ、それだけの力持ってる癖に、随分とつまんなさそうな人間だな……」
(よかった。そういえばベッカさんも、水の国の党首は良い人だって言ってたもんな……)
口では吐き捨てるような演技をしつつ、内心だけで研一は胸を撫で下ろす。
サーラやベッカが太鼓判を押す程の人物が治めている国ならば、仮に何かあったとしてもセンの事を悪く扱う事はないだろうと思ったのだが――
「ですが、だからこそ気を付けて下さい。今回の件は、どうもあのアクア・ウンディーネの指示とは考え難いのです……」
そんな人間が、極悪非道で知られる研一を他国に連れて行く手助けをするとは思えないし。
一番気に入っている奴隷を連れて来いと言ってくるのも、おかしいとしか言いようがないと言われれば納得の話であった。
「はっ、何だよ。心配してくれんのか、お姫様?」
とはいえ、研一はサーラが自分の事を嫌っていると思っている。
研一の能力の事を知ってしまったサーラが、余計な気遣いをさせない為、見損なったと宣言したのもあるし。
何より思い出したように、凄まじい悪感情を向けてくるからだ。
これで好かれていると思えるような性格はしていない。
――尤も、その悪感情は嫉妬で、サーラの研一への好感度は振り切れているのだけれども。
「……アナタが何か問題を起こせば、召喚した上に食客として滞在させている我が国の問題になりますからね。心配するのは当然でしょう?」
何か裏でもあるのかと勘繰られていた事に気付いたサーラは、すぐに自分の国の名誉の為だから、勘違いするなと憎まれ口を叩く。
実際は久しぶりに長い時間、話が出来て嬉しくて少し素が出てしまっただけなのだが――
研一に余計な気を遣わせたくなかったのだ。
「……誰か来ました」
そこで、ずっと無言で二人の話を聞いていたセンが口を開いた。
別に何か少しいい雰囲気だと思って邪魔しようとした訳ではなく、本当にこのタイミングでウンディーネ国からの使者が来たのだ。
――邪魔したくなかったのかと言われれば、邪魔したい気持ちはあったのだが。
「えっ……」
センの言葉に顔を上げた研一は、戸惑う。
数名の人間が海の上を歩いて、こちらに向かってきていたのだ。
(ああ、もし島なんか近付いて来たら波とかで大変な事になるからか……)
てっきり、その動く島とやらが直接港に近付いてい来る所を見られるものだと思っていた研一は少し拍子抜けするが、少し考えれば解かる事であるし。
海の上を歩く人間は、それはそれで地球では見られない光景なので、新鮮であった。
「お迎えに上がりました、そちらが救世主様と奴隷の方でしょうか?」
「はい。この世界の為にわざわざ異世界から協力して下さっている貴人です。丁重な扱いを望みます」
僅かな会話と共に、サーラは研一達を使者に預ける。
あえて大仰な手続きも何もない辺り、逆にサーラのウンディーネ国への信頼の深さが伺える応対であった。
「それでは救世主様、我々の近くの水に降りて来て頂けますか? 我々の周囲であれば、決して海の中に沈む事はありません」
「ああ、案内頼むぜ」
若干怖いが、ここで怯むのは極悪非道の救世主様のイメージに合わないだろう。
研一は内心の恐怖を押し殺し、水面に足を踏み出す。
「ほら、てめぇもさっさと来いよ」
しっかりと水の上に立てた事を確認すると、乱暴な口調でセンにも水の上に来るように促した。
「…………」
そんな研一の態度に、案内役は僅かに眉をしかめたが――
あまりにも小さな変化だった為、その動きに気付いた者は一人も居なかった。
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