第129話 海を渡る前に
「あんの頑固者の分からず屋! 自国の民を守る事こそが何よりも大事でしょうに!」
不機嫌さを隠しもしない、サーラの叫び声が部屋中に響き渡る。
ここはサーラの自室。
先程、転移陣を使って各国の代表達の会議を終えたところなのだが、この態度から解かるように、完全に話し合いはサーラの望まぬ形で終わっていた。
「何が怪しい者を我が国に迎え入れる訳には、いかないですか! しかも、魔族にずっと攻められていたのに報告もしないとは! 国を預かる者として、自覚が足りません!」
それというのも鍛冶の国と呼ばれるファブリスが魔族に襲われ危機に陥っているにも関わらず、研一を派遣を断固として断っているのである。
その拒否ぶりは徹底しており、援軍の中に紛れて研一が送られてくる可能性がある以上、援軍も必要ないと宣言するどころか――
転送陣を閉じてしまっており、実質、鎖国状態を維持しているのである。
「魔法の触媒となる武具を作れるのは、今やファブリス国の鍛冶師だけなのですよ! あの国が滅びれば、もはや人類は魔族と戦う為の武器を手に入れられなくなるのに等しいというのに、あの方は、それを解かっているのですか!」
そして、その件でサーラが怒っている……というよりも、焦っているのがファブリスという国の性質だ。
原則として、加工された物体は魔力を通し難くなり、防具として使うならともかく、武器としては使い物にならなくなる。
何故なら、魔力を流した木の枝の方が鍛え上げた鉄よりも強いなんて事は、多々多々ある事だからだ。
だが、例外がある。
特殊な技術を持って製造された武器は魔力を通して武器として使えるだでなく、物によっては使い手の魔力を増幅させる事すら出来るのだ。
その製造技術である鍛冶魔法を唯一使えるのが、鍛冶の国のファブリスの職人達であり、ファブリスの滅亡はすなわち、人類全体の軍事力の低下にすら繋がる。
「あの女は、自国の重要性を解っていないのですか!」
「ですが姫様、向こうの言い分も当然の事だとは思います」
不満を隠しもしないサーラに少し冷静になるようにと諫めるような声を上げるのは、腹心であるベッカだ。
気持ち自体はベッカもサーラに寄り添いたいところではあるが、こんな状態を周囲の人間に見られる訳には、いかない。
こうやって落ち着かせるのも忠臣の役目と割り切り、勤めて冷静にサーラをなだめていく。
「確かにあの男の表の評判だけを聞けば、信用出来ないという向こうの言い分の方が正しいとは私も思いますし……」
現在、研一の国内外の評判は最悪に近い。
というのも事実は置いといて、噂だけを統括するならば――
サラマンドラ国では党首であるサーラを無理やり手籠めにして、ドリュアス国でも党首であるテレレを国民を人質にして好き放題に嬲った。
挙句の果てにマキーナ国では、魔族達と戦う見返りにマキの身体を要求していたが、魔族に奇襲されマキの安否が解からなくなると見るや。
報酬が払われない可能性があると判断し、魔族が襲ってきている事なんてお構いなしに、マキーナ国を見捨てて逃げたという事になっているのだ。
「そんないつ裏切るかも解からない男に国の未来を託すなど、それこそ党首としての職務放棄だ、というファブリスの主張の方が、客観的には真っ当な意見だと思います」
勿論、サーラもベッカも研一がそんな男ではないと知っている。
マキーナ国では何があったか知らないが、どうせ、また自分の評判を犠牲にして人助けでもしていたのだろうとしか思ってない。
(そうでなければ、魔族と相打ちになったとかいう、あの女を連れて帰ってきた事に説明が付かないしな)
仮に、死んだと噂されているプロディと共に帰ってきてなかったとしても。
二人が研一の事を疑う事なんて、なかっただろうが――
「私だって解っています……。客観的に見れば、向こうの言い分の方が正しい事くらい……」
それは研一が噂とは違う善人だからと、サーラ達が知っているから言える事だ。
だが、その噂を表立って否定する事は出来ない。
何故なら、研一は憎まれれば憎まれた分だけ強くなるという厄介なスキルを持っている。
下手に噂を晴らして善人だとバレてしまうと、戦闘能力が一気に低下してしまう危険性があるからだ。
「幸いにもファブリス国に、あの男を連れて行く方法自体は見付かったのですから、今回はそれで我慢しておきましょう」
本当は、こんな言葉が何の慰めにならない事くらい、ベッカだって解っている。
サーラが本当にもどかしく感じているのは、頑張っている筈の研一を、大手を振って認めて上げられない事。
噂なんて出鱈目だと叫んで否定出来ない状態に、無力感を覚えているだけなのだ。
「ええ。ですが、その件に関しても色々と考えないといけませんね」
「……はい。むしろ、あの方が協力してくれる方が遥かに意外な事でしたからね」
それはそれとして。
どうしても納得出来ない感情は一旦置いといて、これからの事について考えていかなければならない。
「ウンディーネ国の党首がファブリス国まで送ってくれるという事に決まったという話ですが、姫様。正直なところ、どう思います?」
それ自体は、本当に嬉しい誤算だ。
サラマンドラ国からファブリス国に向かう為には、転送陣を使わないのならば海を越える必要があり――
水の国と呼ばれるウンディーネ国の助力は、とても有難い話であった。
「……違和感がありますね。むしろ、あの方こそ、そんな悪逆非道の男の手助けなんて、どれだけ頼まれても出来ないと怒りそうな印象ですし」
「ですよね……」
問題は、ウンディーネ国の党首の考えが解からない事である。
党首という人間は国を守らなければならない者として、多くの民を救う為に、多少の悪には目を瞑らなければならない事というのは多々ある。
サーラが研一を悪党と思ってたのに戦力として確保していたように、テレレが次代の事を考えてゲスタブを処刑出来なかったように。
大局の為に、清濁を併せ呑まなけえばならない場合が多々多々ある。
けれど、ウンディーネ国の党首であるディーネは、かなり正義感が強いタイプであり、研一の噂を耳にすれば――
軽蔑したような目を向けてくる事はあっても、決して協力するような人物ではない。
「しかも姫様。協力する条件として、あの男が一番気に入っている奴隷を、一緒に連れて来いと言っているんですよね?」
「それも訳の解からない話です……」
おまけに研一だけでなく、この場合、センも一緒でないと協力しないと言ってきているのだ。
「噂通りに判断するなら、言葉を選ばないなら性処理用の道具も連れてこいと言ったようなものですよ? 姫様。私には、どうしてもあの方の意志とは思えないのですが……」
「ですが事実です。さて、どうしたものか……」
悩んでいるが、研一とセンにファブリス国へ助力してくれるように頼む事自体は、既に二人の間で決定事項だ。
だが、その道中であるウンディーネ国での滞在。
そこを少しでも安全に研一達に過ごしてもらう為には、事前に何をすればいいのか。
答えの出ない問いに、サーラ達は頭を悩ませるのであった。




