第125話 そして隣には
(……ディーが居ない景色にも、少しだけ慣れてきてしまいましたわね……)
あれから一週間ばかりの時が流れた。
プロディが居ない寂しさを埋めるように業務に明け暮れたり、マキの力を信じないマキーナ国の戦士達全員を纏めてぶちのめしたり。
些細な問題こそ、あったものの――
それでも少し前に魔族の襲撃を受けた事を考えれば、その程度の問題しか起きなかった事を賞賛されてもいいくらい、マキーナ国の運営は順調であった。
それでも、党首であるマキの表情は暗い。
(本当は解かっていたんですの。あの方がプロディの意志を尊重してくれた事くらい……)
最初からマキだって、心のどこかでは気付いていたのだ。
辛い役目を押し付けてしまってごめんなさいと謝る立場であっても、責めるような立場でない事くらい。
それでも感情を抑えられないくらい、プロディが大事過ぎて八つ当たりせずに居られなかったのだ。
(いいえ、それだけではありませんわ……)
優しくて強い物語に出てくる主人公のような研一なら、本で読んだような全て丸く収まるようなハッピーエンドで終わらせてくれる。
そんな未来を無意識に期待してして、そうならなかったから勝手に裏切られたなんて思い込んでしまった部分もあったのだろう。
今になって、マキはそんな事に気付く。
(あの方だって、力を授かっただけの個人でしかないのに……)
その手で守ったり、救える人間の数に限界があるなんて当然の話だ。
それでも精一杯、自分達を助けてくれた人に御礼を言う事すら出来ず、罵倒するだけで終わってしまった事がマキの心に影を落としていた。
――研一とマキの会話は、プロディの件で罵倒して気絶させられたのが最後であり、マキが気が付いた時には、研一は既にマキーナ国から居なくなってしまっていたのである。
(恩知らずなんて言葉だけでは、到底済まされませんわ……)
しかも、それだけで話は終わらない。
ただ国を去っただけでなく、研一は大きな置き土産を残していってくれたのだ。
(あの方は、ディーの計画を国の誰にも伝えなかった……)
それこそがプロディの起こした事件の後始末であり――
あの事件は、研一が国境でウィアーに無理やり乱暴しようとした際、邪魔だった魔導人形を破壊したのが始まりだと、国民の間では思われている。
これはマキやウィアー達が、研一に罪を擦り付けようと何かをした訳ではない。
マキの暗殺を企んでいた女戦士達に、研一が裏で手を回して、国中に事実無根の噂を流させたのだ。
(その現場を女戦士に見付かると同時に魔族がやってきて、あの方は戦う事もせず、慌てて逃げ出したなんて――)
あまりにも酷過ぎる内容だが、事実、多くの女戦士が国境に来た魔族の群れに見向きもせず、走り去った研一の姿しか見ておらず――
マキの暗殺を企てた女戦士達は、相当に酷く研一に脅されでもしたのか。
頼まれた噂こそ熱心に流布したが、反対に事実に関しては硬く口を閉ざして、絶対に誤解を解こうとしないのだ。
(けれど、こんなの酷過ぎますわ!)
これが研一の憎まれる程に強くなるという、スキルの都合を考えただけの話ではなく。
プロディの名誉を守ろうとしてくれた事くらい、マキには解っている。
何故なら、この出鱈目な噂の締め括りは――
国境の魔族は陽動であり、裏で党首であるマキを暗殺しようと襲ってきた敵の本隊があったのだが、プロディは党首であるマキを守る為に最期まで戦い、亡くなってしまったという、事実とは完全に掛け離れたモノだったのだから。
(すぐにでも、あの方はそんな腰抜けでないと叫びたいくらいですけど……)
下手に汚名を晴らして、スキルの弱体化を招き研一の戦いの邪魔をする訳にもいかない。
研一が口汚く罵られるのを黙ってみている事こそ、今のマキが出来る最大の協力なのだとマキ自身も解っているのだが――
それでも、歯痒い事には変わりなかった。
「そう暗い顔せんで。ここでへこたれとったら、あの人の想いも気遣いを全部無駄にしてまうで?」
目に見えて落ち込んでいるマキの元に、一人の女が声を掛ける。
それはあの事件が終わってから、プロディに代わるようにマキの補佐を務めるようになった、ウィアーであった。
「ウチが言うのもアレやけど、いつか謝れる機会が来るさかい。それまでお互い、気張ってこうや。な?」
滅亡したとはいえ、将来的には国を背負うべく育てられていたウィアーの手腕は素晴らしいの一言で。
何かあれば武力で解決しようとする者ばかりのマキーナ国において、戦い以外で国を発展させようと尽力するマキの苦労をよく理解していたし。
研一に対してはプロディに騙されていたとはいえ誤解して本気で殺そうとしてしまったのに、最後の最後で命を守って貰ったという、ある意味ではマキと同じ恩知らず仲間だ。
実務面でも精神面でも、これ以上、マキを支えるのに適任な人間は現状では居ないだろう。
「ほらほら。折角身体も治してもらったんやさかい。元気にしとかんと、あの人も治し損になってまうで?」
「……はい。いつかあの方に恩を返せる時が来るまで、無様でも何でも生き抜かないといけませんものね」
マキは思うのだ。
これからも研一は強さの為、そして誰かの為に汚名を被っていくのだろう。
その結果、魔王を倒して世界が平和になった時、魔王に代わる悪逆非道の次なる脅威として多くの者が研一を排除しようとする可能性は高い。
いくら事情を説明しても、終わってからなら綺麗事なんていくらでも言える、と信じない者が大勢出るだろうし。
研一に権力を持ってほしくない者が、扇動する可能性だってあるだろう。
(そんな時が来てほしくはありませんが……)
そんな状況になった時、助けに行く力も守る力も足りない事だけは御免だ。
いざという時に研一を助けたい。
それだけの為にマキは国を富ませ、自らも力を蓄え続けていく決意をする。
――その使命感がなければ、きっとプロディを失ったショックと恩人の誹謗中傷を晴らす事も出来ない無力さに、引き籠って泣くだけの日々を過ごしていたに違いない。
(誰が真実を知る味方なのか、慎重に見極めていかないといけませんわね……)
同時に、マキは考える。
研一の力は強大で、それでも助けられる相手には限界があった。
そんな研一が本当に困って助けを必要とした時、自分の力だけでは足りないのではないか、と。
(あの方が召喚されたのはサラマンドラ国でしたわね……)
近い内に党首であるサーラに探りを入れよう。
マキはそんな事を心に誓いつつ、業務に励むのであった。




