第122話 たとえ物語があるのだとしても
「あ、何だよ。その俺の方がディーちゃんの事を解ってるって面はよぉ!」
言い訳もせず立ち塞がった研一の姿が、逆にザインの感情を逆撫でしてしまう。
激高したザインがプロディを貫いた光線を、研一に放つ。
「ぐっ……」
文字通り光の速さで放たれた魔力の塊に、いくら視界がスローモーションのように見えている研一でさえ、反応する事は出来ない。
防御する事も出来ず、無防備で喰らってしまう。
「何だよ! 何なんだよ! 世界にはお前等二人しか居ない訳! お前等二人の都合で振り回される人間や魔族の事とか少しは考えろよ!」
けれども、倒れる事も無くプロディを庇うように立ち続ける研一に、ザインは二重の意味で怒りを募らせていく。
一つは自分の攻撃が通用してないという焦り。
もう一つは、自分では研一やプロディの間に入る事すら出来ないのかという疎外感。
その激情に身を委ね、次々とザインが光撃を放っていく。
(……耳が痛い話だ)
避ける事さえ出来ない光速の攻撃に身体に痛みが走るのを感じながら、研一は身体とは別に心がズキズキと痛んでいく。
ザインの言葉に反論のしようもない。
マキとプロディの事しか考えてなくて、魔族の事なんて頭から綺麗さっぱり抜け落ちていた。
本来ならば一番警戒しなければいけない勢力だったにも拘らず、世界には自分達だけしか存在していないみたいに、傲慢に考えていたのは事実であり――
その結果、不意討ちを許してプロディに大怪我を負わせてしまったのだから。
「大体お前、誰なんだよ! ずっとずっとディーちゃんの傍に男なんて居なかった筈だろ! 俺の方がお前なんかより先に出会って、俺の方が長く居たんだよ! それなのに何で!」
研一からすれば、お前の方こそいきなり現れて喚き散らしている野郎という印象しかないが、事実が違う事くらい解っている。
ザインの方が、研一よりも遥かに早くプロディと出会っているのだ。
当然、プロディとの思い出だって研一より多いだろうし。
ただ似たような痛みを背負っているというだけで、共感や同情に似た気持ちを抱いているだけの自分なんかより、よっぽど強く真剣に好きだったのだろうとも認めている。
(皮肉な話だよな……)
それを横から出てきた自分が、変な勘違いをさせた結果、ザイン自ら想い人であるプロディに手を掛けさせるまで追い詰めてしまった。
(……俺さえ居なければ、少なくとも話も聞かずに殺そうとまでは思わなかっただろうに)
あまりにも間が悪過ぎて、ザインにもプロディにも申し訳なさ過ぎる。
だからこそ、研一は激しい自己嫌悪で強さを増し、更に激しさを増していくザインの攻撃にすら、棒立ちで耐えてしまう程の耐久力を手に入れてしまっていた。
「……ザインだっけ。お前には怒る資格くらいは、あるんだろうけど、これだけは言っておく」
それでも黙って攻撃を受け続けてやるのは、ここまでだとばかりに研一は構えると――
意味ありげに一瞬だけ視線を後ろに向けたかと思うと。
次に、どこか憐れむような目でザインを見て、はっきりと告げる。
「本気で好きだって言うならさ、もっと相手の事をちゃんと見た方がいいぞ」
いつの間にか、地面に倒れていた筈のプロディが居なくなっていた。
ザインが怒りで研一に集中していた隙に、気付かれないように静かに、この場から逃げ出していたのだ。
「なっ――」
もはや死を待つばかりで動ける筈なんて無かった筈だと、ザインの顔が驚愕に歪む。
事実、その認識に間違いはない。
あのままならプロディは、もう死んでいただろう。
(……準備の一つくらいしてるさ)
だが、大事な仲間だったマニュアルちゃんを失ったにも関わらず、何の備えもせず、同じ過ちを研一が繰り返す訳がない。
多少の傷くらいなら即座に治せる、ドリュアスの秘薬の一つくらい用意しており――
先程、ザインの前に研一が立ち塞がる直前に、プロディが感じていた優しい感触とは、研一が使用した薬のもたらした鎮静作用だったのだ。
「言い訳とか適当な嘘並べて逃げようとしてるだけに聞こえるかもしれないが、お前には知る権利があると思うから教えとく。プロディさんの目的をさ――」
突然居なくなってしまったプロディの事で驚き、戸惑って動けないでいるザインに、研一は全てを伝えていく。
プロディがマキの為に今回の騒動を起こし。
マキの為に、その命を散らそうとしている事を。
「はっ、何だよ、それ……。結局、俺ちゃんの事なんて眼中にもないって事じゃねえかよ!」
そんな言葉が、ザインを落ち着かせる訳がない。
むしろ更に怒りを募らせると、今までみたいに遠くから光弾を乱雑に撃ちまくるのを止めて、形振り構わず真っ直ぐに研一へと突っ込んでくる。
目的は、研一の後ろにあるマキの部屋。
その中でマキを救おうとしているプロディを追い、プロディを殺そうとしているのだ。
「どいつもこいつも! 俺ちゃんを無視しやがって!」
邪魔するように立ち塞がった研一に力任せに襲い掛かりつつ、ザインの頭に浮かんでいたのは、プロディとの思い出。
始まりは、とても恋とは程遠い事件だった。
まだ若く目立った手柄も挙げていなかったザインは、当時は部隊を任されるどころか、下っ端の一兵でしかなく、当時から強さには自信があったザインにとって、その扱いは不満以外に言い表しようもない程に不快なものでしかなかった。
そこでマキーナ国の国境を守る魔導人形を一人で全て破壊し、力を示そうとしたザインだが、偶然にも魔導人形の様子を見に来ていたプロディに、手も足も出ず叩きのめされたのである。
殺される覚悟をしたザインであったが、プロディは止めを刺さなかったどころか、マキーナ国の住人にバレないようにザインの逃亡を手伝いすらした。
(それが優しさでも何でもなかったのは、俺ちゃんだって知ってたさ)
己の力を過信するだけあって、ザインは確かに強く、そこ等の雑魚魔族とは一線を画す強さを持っていた。
その結果、プロディは、甘やかされて育った有力魔族の子息か何かが、功名心に駆られて独断専行したのだと解釈しており――
下手に殺してしまうと、有力魔族などに目を付けられて面倒な事になり兼ねないと判断したのだ。
――どうすれば少しでも長くマキと平穏な時間を過ごせるかにしか興味がなかったプロディにとって、ザインの生き死になんて、面倒事以外の意味など一欠けらだって存在しなかったのである。
(俺ちゃんには殺す価値もないのかなんて、最初は怒りもした)
けれど、自分を無視するなと何度も挑んでいる内に、その気持ちが恋心に変わるのに時間は掛からなかった。
また来たんですか、なんて呆れたような顔が、自分に笑い掛けてくれる日を夢見て。
何度も何度も足を運び――
九割くらいはボコボコにされ、偶に話したと思えば魔族の情勢がどうだとか、姿を消す魔法の仕組みを知りたいとか実用的な話ばかりで、色っぽい話なんて一度だってなくて。
(ようやく頼み事があるなんて言ってくれたのに、騙されていても構わないって思って手伝ったのに、それで他の女の為に死のうとしてるなんて認められるかよ!)
それならば自分の手で殺して、その魔力も何もかも奪い尽くす。
自分が心の底から認めている相手だからこそ、他の誰かに奪われてしまう前に、全て自分の物にしてしまう。
そして、永遠に一つになる。
人間社会では理解されないかもしれないが、それは魔族の中では、極有り触れた一般的な死生観であった。
――逆に言えば。
プロディに騙されて殺されたのだとしても、それでザインは満足して死んだだろう。
「邪魔すんな、この野郎が!」
ザインの猛攻は、止まる事無く続いていた。
離れた距離からでも回避すら出来なかった光弾を至近距離で撃ちまくり、合間合間で拳を繰り出す。
それは息も吐かせぬ程の連撃であったが――
(遠くからでも避けられないくらい速いんだから、近付いて来なけりゃ勝ち目なんてなかったかもな……)
自己嫌悪で強化された研一には、何発受けても多少痛いだけで倒されるような攻撃でもない。
もし遠くから光弾を撃ち続けられていたなら、負ける事はなかったかもしれないが、ザインを倒す事は相当に難しかっただろう。
「悪いな。お前にも色々事情があるんだろうけど、俺も急ぐんだ」
ザインにも想いや過去があり、彼なりの主張や物語があった事くらい研一だって解っている。
だが、研一から見たらザインなんて、突然現れたポッと出のストーカー男のようなモノでしかなく。
どこまでいっても、プロディを殺そうと目論む敵でしかないのだ。
「じゃあな。生まれ変わったら次は、ちゃんと好きな相手の大事なモノくらい知れるようになってくれ」
倒す事に躊躇してやる理由なんて、どこにもない。
攻撃を食らいながらも溜めていた魔力を、右腕に一気に集中すると――
無造作に拳を振り上げた。
それだけで凄まじい程の魔力が渦のように放たれ、避けるどころか防御の姿勢を取る事さえ出来ないまま、ザインが渦に呑み込まれていく。
「なっ――」
決着は一瞬だった。
ザインは驚愕の表情を浮かべると、何の抵抗も出来ないまま消滅し――
跡には塵一つだって残っていなかった。
「…………」
もし自分が現れなくても、きっとプロディがザインに振り向いてくれる事はなかったと、今でも研一は確信している。
それでも、勘違いで殺し掛けるなんてズレた終わりになるよりは、マシな恋の終わりになっていただろうと、少しだけ感傷に浸ると――
(急がないと――)
それでザインへの意識を全て断ち切って、地面に残っている何かを引き摺ったような血の跡を追うように、迷いなく走り出す。
その血の跡が示す先にある、マキの部屋。
そこで自分の命を犠牲にしてでも大事な人を救おうとしているだろう、プロディの元へと向かう為に。




