第120話 望み
「……敵いませんね」
これからの研一との戦いの為に、盾や人質に使いたいからこそ、大事にマキを抱えているんだなんて言い訳する事だって出来ただろう。
それでも心の底から信じていると言わんばかりの、研一の視線。
マキによく似た真っ直ぐな目で見詰められ続けると、これ以上、プロディには誤魔化し続ける気力は保てなかった。
「予定では、貴方が来る前に全て終わっている筈だったのですが、最後の最後で上手く進んでくれないものです……」
観念したとばかりにプロディは一つ、溜息を吐くと――
まるで財布を落としてしまった程度に気落ちした様子で、ぽつぽつと語り始めようとする。
「その前に、お嬢様を安全な場所に移動させてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
異論なんて、ある筈がない。
迷いなく歩き始めたプロディの後を、研一は黙って後を追う。
「ここは――」
そこは遺跡の奥にあった小さな部屋。
たくさんの機械や道具ばかり置かれている室内に、数冊の子供向けの本が置かれているのが印象的な機械油の臭いが漂う場所であり――
部屋の中央には、少し前に試験運用したばかりの『魔人だって安全に産めるでしょう』が、所狭しとばかりに鎮座している。
「片付けてもない部屋に勝手に貴方を招き入れたと知れば、お嬢様は激怒するでしょうね」
どこか穏やかにそんな言葉をプロディは告げながら、『魔人だって安全に産めるでしょう』という名の二つのポッドを操作して、ポッドを開けると――
開いたポッドの片方に、マキを丁寧に横たえた。
「私の目的は、この装置を使ってお嬢様を助ける事です」
そして予告も無く、自らの目的を語り始める。
けれど――
「……プロディさん。知らないのかもしれないけど、その装置でマキさんを助ける事は――」
この装置で出来るのは僅かな延命処置だけ。
根本的な治療や解決は出来ないと、寂しそうに語るマキの姿を、今でも研一は鮮明に思い出せる。
「ええ。普通に使えば、そうでしょうね」
「普通に使えば?」
そんな事は全て知っているとばかりに、プロディは頷いて。
驚いてオウム返しに言葉を繰り返した研一に向き直り、話を続けていく。
「そもそもこの装置は空気中の使われてない魔力を、長い時間掛けて吸収して人体に注入するという非常に非効率な使い方をしているのです。だから充填に一週間も掛かる上に、たった数日の延命程度の効果しか発揮出来ないのです」
「ふむ……」
それならば更に効率的なエネルギー変換が出来れば、希望があるのか。
表情と反応から研一の考えを察したプロディは、更に説明を続けていく。
「とはいえ、人体に適合する魔力と言うのは、多くありません。合いもしない魔力を無理やり身体に注入すれば、それだけで拒否反応を起こして即死するでしょう。もしどんな魔力でも注入出来るなら、それこそ魔力自慢の人間でも掻き集めて充填すればいいだけですからね」
「まあ、そうなるよな……」
それが出来るなら、それこそ数日の延命だけでも問題ない。
魔力が切れる度に新しい魔力を、誰かに注いでもらうだけで解決するのだから。
「ですがもし、自身の身体全てをお嬢様の身体に適合する魔力に変えられる者が居たらどうです? それも一度注入さえしてしまえば、一生困らない程の膨大な魔力を持つ者なら?」
「…………」
プロディの言葉が誰を指すかなんて、確認するまでもない。
全身を雷に変換して戦うという離れ業をやってのける魔人が目の前にいるし、この話の流れで、それが誰かなんて解からない筈がないのだから。
「本当は少しずつ魔力を渡せれば、こんな事をしなくてもよかったのですが。身体の一部を切り刻んで譲渡していくのと変わりませんからね。おそらく少し渡してしまった時点で私の魔力制御は狂い、二度と身体を雷に変えるなんて芸当も出来なくなるどころか、それ以外の魔法だって使えなくなってしまうでしょう」
「だから、一回でマキさんの敵を全部、排除しようとしたのか……」
「理解が早くて助かります」
今回の事件でマキの暗殺を計画していた者達は全員焙り出されたし、マキの力不足を感じて者達は遺跡の罠を駆使したマキに叩きのめされた。
残った女戦士も、最後には心変わりしてマキ側に就き。
そして――
「主を裏切り国を乗っ取ろうと目論んだ傲慢な従者でしたが、病気を克服した党首様には手も足も出ずに返り討ちに遭った。という筋書きだったのです」
もし研一が十分でも辿り着くのが遅ければ、プロディは自らの身体を犠牲にしてマキの治療を成功させていただろう。
そうなれば、マキを裏切り国を乗っ取ろうとしていたプロディの姿しか知らない女戦士達は、間違いなくプロディの狙い通りの勘違いをしていた筈だ。
「自分で言うのは恥ずかしい限りですが、私の国内での支持率は無視出来ない程に高いですからね。綺麗に死んでも、不満の種になってしまうでしょう。それならば最低の裏切り者として、誰からも蔑まれるような形で退場する必要があったのです……」
弱い上に私利私欲で国を奪おうとした上に、死んで居なくなった者なんて誰も支持する筈がない。
計画通りに進んでいれば、プロディ派なんていう不穏分子は、事実上、消滅する事になっていただろう。
「晴れてマキーナ国は、私よりも遥かに強かったお嬢様の統治の下に纏まっていき、全て円満解決、ハッピーエンドと行きたかったのですが――」
そこでプロディは言葉を止めると。
少し困っているようにも、それと同じくらい嬉しそうにも見える表情で研一に笑い掛けた。
「やはり、貴方も私を止めますか?」
会話しながら二人はマキの部屋から、既に退出していた。
先程マキと戦った場所で、プロディは答えなんて聞かなくても解かり切っているといった様子で、プロディは研一に問い掛ける。
「止めるに決まってる……」
「貴方が私と同じ立場なら、同じ事をする癖に?」
プロディの気持ちは、痛い程に研一にだって解かる。
もし自分の命を捨てれば、恋人が生き返ってくれるというのなら、きっと今すぐにだって自分の命なんて捨ててしまうだろう。
「ああ、それでもだ!」
本当は自分に止める資格なんてないと感じながら、けれど迷いなく研一は叫び返す。
もしかしたら、これがマキの身体を治せる最後の機会で、ここでプロディを助ければ永遠にマキの身体は治らないのかもしれない。
確実にマキを助ける為には、この選択がきっと最善なのだろう。
そんな事は頭では解っていたが、理屈じゃなかった。
我儘で夢を見ているだけだ、なんて思われたとしても――
プロディの命も名誉も全て犠牲にしてマキを救うくらいなら、最後の最後のまで、マキとプロディが生きていける道を探し続けたかった。
「それでは貴方を殴り倒してでも、私は私の目的を成し遂げさせて頂きます」
苦しそうに顔を歪めた研一とは対照的に。
プロディは嬉しそうに微笑むと、言葉と同時に戦いを始めようと動き始める。




