第12話 変えられない結末
四肢欠損などの過激な描写があります。
それ等を了承の上、お読み頂ければ幸いです。
「うっ――」
部屋に入ってその光景を見た途端、意図せずに声が漏れた。
他の部屋以上に念入りに綺麗にされている上に、おそらく媚薬の混じった香を定期的に炊かれているのだろう。
まるで恋人の部屋に初めて訪れた時のような感覚が研一を襲う。
「その反応、初めての方ですか」
けれど、それら全ての情念を吹き飛ばす存在が目の前に居た。
両手両足を失い、磔のような状態で壁に固定された裸の女。
目の部分は酷い火傷でもしているように爛れており、そこだけ見れば目があった事すら解からないだろう。
――肌の色が青み掛かっていたが、顔と四肢が痛々し過ぎて研一には気にならなかった。
「自分達でこのような姿にしておきながら勝手に嫌悪感を覚え、その癖して事が始まれば夢中で犯す。人間のその吐き気を催す狂気と悍ましさには感心さえ覚えますわ」
スキルなんてなかったとしても伝わってくる程の、あからさまなまでの激しい憎悪と侮蔑。
言葉以外に何も抵抗出来ないという諦観だけが、そこにはあった。
「…………」
覚悟はしていたつもりだった。
調べた情報通りの光景だったし、ぶつけられた言葉だって予想に比べれば随分と甘いものである。
それでも見てられなくて目を逸らしてしまう。
(あれ?)
そこで気付く。
これ程の悪意を向けられているのにスキルが強化される感覚を覚えない。
先程男達を叩きのめした時でさえ、怯えや恐怖から多少なりともスキルが強くなっていく感覚を覚えたにも拘わらずだ。
『魔族は人ではありません』
「え?」
頭の中に突然響いた無機質な声に、意図せずに戸惑いの声を漏らす。
(ああ、そうか。『人』に憎まれる程に強くなるスキル――)
数瞬遅れて、その言葉の意味に思い至って――
(何だよ、それ……)
見た目なんて人間と大して変わらない。
会話だって出来ている。
それでもお互いに殺し合わなければならない相手である事は変わらないのだと、世界そのものから言われたように感じて――
どうしようもない怒りと悲しみが研一の中に渦巻いていく。
「どうしました? 私を指名出来るという事は、お得意様なのでしょう? 犯るなら早く犯って下さいませんか? 媚薬も渡されているのでしょう?」
大口の相手を満足させられないと罰を受けるのだろう。
黙り込み何もしない研一に焦れるように言葉がぶつけられる。
「……あいつ等は全員捕まえました」
それで研一は拳を握り締める事で自分を奮い立たせると口を開く。
ここには他に人間は居ない。
異世界に来て初めて素の口調での言葉だった。
「その、ですね。仲間の魔族達の居る場所まで俺がアナタを連れて行けるのだとしたら、帰りたいですか?」
「……ああ、今回はそういう趣向ですの。本当に下劣な発想をさせれば人間に敵う者なんて、この世界に居ないですわね」
「ごめんなさい。それだけの事をされてますし、信じられないだろうとも思います。でも時間があまりないんです。趣向と思って頂いて、出来たら本心からアナタの望みを答えて下さい」
ここは異世界だし相手も魔族。
もしかしたらこの状態からでも回復出来る魔法や回復薬とかがあるのかもしれないし、それならば復帰したいと望んでいるかもしれない。
そんな僅かばかりの希望と――
どうしようもないだろうな、という諦めと絶望を胸に問い掛ける。
「本心、ねえ。それなら本当に本心から話させてもらいますわね。ですから怒りに任せて怒鳴る姿だとか、希望を抱かせてから踏み躙りたいだとか、そういうのは期待しないで下さるかしら?」
「はい。本心で好きに話してくれると有難いです」
感情のままに怒鳴られるかするとでも思っていたので内心だけで驚きつつ、それでも邪魔をしないように続きを促す。
「殺し合って負けたんですもの。そりゃあ殺されたり食べられたりしたって文句はありませんわ。私達だってそうしていますからね」
「そういうもの、ですか?」
「ええ。命っていうある意味では相手の全てを奪おうとしたんですのよ? それなら全てを奪われる事になったって仕方ないじゃないですの。だからってこんな形で飼い殺しされるのは悪趣味にも程があるとは思いますけど……」
(これが魔族の価値観なのかな?)
それともこの魔族個人の考えなのか。
あるいはこの世界では、こういう価値観のものが人間にも魔族にも多いのか。
解からないが口を挟まずに魔族の話に研一は耳を傾ける。
「けれどそれは私個人の話でしょう? 襲い掛かった訳でもない子ども達を好き放題にしていいというのは違う話でなくて?」
「……ごめんなさい。仰る通りだと思います」
「別にあなたがやった訳じゃないのですから謝る必要はないでしょうに。随分と変わった方ですのね……」
そこで二人の間に沈黙が訪れる。
時間にして数秒に満たない、本当に僅かな時間。
「それで俺にしてほしい事はないですか? もしどこか連れて行ってほしい場所があるなら言ってください。それで、その――」
「…………」
「もし終わりにしたいなら、教えて下さい」
殴り飛ばすばかりで一度も魔法のようなものを使った事はなかったが、感覚のようなもので解っている。
その気になれば目の前の魔族を、この世界から塵一つ残さず消し飛ばす事が出来るだろう。
「いくつか訊ねても、よろしいかしら?」
「はい」
「あなた。この国、いいえ、この世界の人ではないんじゃないかしら? 魔力を感じない代わりに何か強い、神々しい力のようなものを感じますわ」
「……はい、その通りです。少し前に別の世界から召喚されました」
「そうでしたのね……。それでは子ども達の面倒を見ていく当てはありまして?」
「ええ。そちらは何とかしたいと思ってます」
「頼りない返事。でも無責任に出来るだなんて言い切ってしまう方よりは、そうやって自分の言葉に責任を持とうとする方が私は好きでしてよ」
「…………」
「奥の扉の向こうに、一人、女の子が居ますわ。私の力を強く受け継いでいる大事な大事な最初の子」
(ああ、資料で読んだ……)
魔族は第一子に能力の多くが受け継がれる為、第一子は特別な扱いをするらしい。
そして、その第一子を人質に取るようにして言いなりにさせている部分もあるみたいな記述を確認していた。
――おそらくこの世界の事情に詳しくない研一に対する、ベッカなりの配慮だろう。
「名前はセンと言いますの。その子に手を出さない事を約束に言う事を聞いてた部分もあって、まだ未経験ですのよ。人間も初めてには価値があるんですわよね?」
「それは、その……」
ただでさえ答え難い質問な上に――
このような扱いを受けている相手に、言える言葉も度胸も持ち合わせていない。
「気分が乗らないのでしたら番いになれとまでは言いませんわ。そういう価値を示した方が引き取って頂ける可能性が上がると思っただけですので」
言葉に詰まる研一の姿に、かえって引き取り難くなると思ったのだろう。
魔族の女は少し残念そうに前言を翻して、告げる。
「お願いを聞いて下さると言うのなら、センの面倒だけは直接アナタが見て頂けないかしら? 無理でしたら他の子と同じように扱ってくれて構いませんの」
「解りました。その子が嫌じゃないならという条件付きで、俺が元の世界に帰るまでの限定にはなりますが、それでいいなら必ず俺が面倒を見ます」
魔族の女の願いに無責任な事を言わないように、しっかり考えて答える。
この願いにだけは、その場凌ぎの誤魔化しなんかで適当な事は言いたくなかった。
何故なら――
「でしたら終わりにして下さいな。優しい優しい救世主様」
彼女の告げる言葉を予測出来ていたから。
この館に来ると決めた時から、解り切っていた結末。
(やっぱり異世界だからって、この状態からは回復なんて出来ないのか……)
仮に完全に回復出来たとしても、いつか敵として殺し合う事になるだけでしかない。
それでも研一は生きていてほしかった。
やり直して元気になってほしかった。
けれど、そんな希望なんてどこにもないというのなら――
やるしかなかった。
「いきます」
色々考えていた筈なのに、気の利いた言葉は口から出て来ない。
両手をかざして、少しでも早く終わるように力を込めた。
「…………」
両の手の平から放たれた光が一瞬の内に魔族の女の身体を覆っていく。
それだけで、魔族の女は塵の一つも残さずにこの世界から消滅した。
(痛みとかなかったよな……)
悲鳴の一つも聞こえなかった事に、せめて安らかに逝けてたらいいと願い――
痛みでも堪えるように研一は目を閉じる。
(……行こう。時間がない)
悲しんで立ち止まっている暇などない。
魔族の女との約束を果たす為、研一は部屋の奥にある扉へと歩き出す。




