第116話 国の為ならば――
「ぷ、プロディ様! 何なのですか、ここは!?」
離れという名の遺跡に侵入したプロディ達に襲い掛かったのは、数々の防犯装置であった。
少し振れただけで身体が痺れて動かなくなる電気網、一呼吸で眠りに誘う睡眠ガス。
どれも捕獲や捕縛を目的としているのか、死者こそ出ていないものの、次々と襲い掛かってきた罠の数々に、既に残っているのはプロディと一人の女戦士だけである。
「少し、講義をしましょう」
息も絶え絶えといった様子で腰を下ろして休む女戦士と対照的に。
疲れ一つ見えない涼しげな顔で罠を潜り抜けたプロディは、突拍子もなくそんな事を呟いたかと思うと、相手の反応も待たずに説明を始めていく。
「長く雷の国などと呼ばれてきたマキーナ国でありますが、そもそもマキーナとは機械の事を指しており、この遺跡こそ我が国の元々の姿に近いものなのです」
「そんな事は解ってる! そもそもどうして遺跡の機械がまだ生きているのかという話だ! もうとっくの昔に滅びた文明の筈だろう!?」
これでも女戦士は、脳筋民族と呼ばれるマキーナ国の中では珍しく、頭の方だって決して悪くはない。
当然、かつて自分達の国が超機械文明を誇っていた国だという事くらい知っているし、その文明が滅んで千年は経過している事だって学んでいる。
「ええ。もはや動かし方も解からなければ、半ば朽ち果てていた機械の残骸など、知識も何もないマキーナ国達の者からすれば石ころ程度の価値しかなかったのでしょうね。何かの拍子に、その石ころにでも埋もれて王家の恥でしかない魔力無しの子が死に、そして世話役の魔人を殺す理由が作れれば、王としては万々歳だったのでしょう」
「だが、遺跡で生活をしている中、運良く動ける魔導人形をあの女が見付け、それを使って当時の王達を倒した。そんな事はマキーナ国に住んでいる者ならば、誰でも知って――」
マキの実父である当時の王の目論見通り、ボロボロだった遺跡の壁が崩れる事故が起きたらしい。
だが、そこで誤算が生じた。
崩れた壁でマキは怪我をするどころか、壁の先に隠されていた魔導人形を見付け、その魔導人形とプロディの力を借りて玉座を簒奪したと伝えられている。
(そんな偶然力を手に入れただけの者に、我等の国を任せられるものか!)
だが、それでは実力を重んじるマキーナ国の民に、認められないのも仕方ない事だろう。
兵器を作らない事も、そうして苦労知らずで地位を手に入れたから、平和ボケしているんだと軽んじられる結果になってしまっている。
だが――
「それが実は少々、違うのです。そもそも古代の技術は我々が想像しているよりも遥かに高く、見た目こそ朽ち果てて見えた遺跡でしたが、表面に汚れが蓄積して古ぼけて見えただけで、崩れるどころか、現代までその強度と機構を保っていたのです」
「何だと? では魔導人形はどこで見付けて――」
マキーナ国の人間が、いくら知識に乏しかったとはいえ、状態が良い魔導人形があれば、大事に扱っていた筈。
残っていたのは整備中だったのか。
それとも過去の戦いで壊れてしまったのか、バラバラになって土を被っていた魔導人形の残骸しかなかった。
「マキが全て直して組み立てたんですよ。あの打ち捨てられていた魔導人形をね」
「……」
そして、もう機能していなかった遺跡のシステムも解明した上に復旧させたのです、とプロディは付け加えると――
あまりに突然の話に、驚き過ぎて声も出せないでいる女戦士の様子を気にもしてないように、更に話を続けていく。
「それだけの知識がある事を持っていると国民に知られてしまえば、自分が死んだ後に国を纏める者に支障が出るかもしれませんからね。それに気付いていたマキは、自らの力を隠す事にしたのです。運よく手に入れた地位に胡坐を掻いて、国民の意見を無視して自分の好きな発明だけをしている暗君を演じる為に」
自分が無能に振る舞えば振る舞うほど、次に国を纏める者への信頼も深くなる。
それがマキの考えだった、とプロディは告げる。
「だ、だが。その話が本当ならばあの女はどうやって、それ程の知識を手に入れた! 教えるような者なんて傍に誰も、いや、そもそも失われた古代知識の筈だぞ!」
「魔力が乏しいだけで、完全に魔法が使えない訳ではないですからね。マキこそ本来のマキーナ国の民が持つ機械魔法の使い手であり、彼女の魔法は機械の声を聴き、構造等を知ったり、機械を操る事が出来るのですよ」
「それは、かつてマキーナ国の王家の者だけが使えたという――」
「ええ。ですが、今更そんな事を知られては、マキこそが党首に相応しいと言い出す者が出兼ねないでしょう? ですから、この事実を知れば揺らぎそうな者達を入口に置いてきたのです。幸い、マキは自分が死んだ時の為に必要な知識は全て私に伝えてくれましたからね。もう用済みですよ」
「…………」
「それに病気が治ったという事は、魔力を手に入れたという事。マキーナ国の王族だけが使えたという伝説の魔法ともなれば、私でも苦戦するでしょうからね。不穏分子は排除しておきたかったのですが――」
そこまで告げたプロディは、感情の伺えない冷たい視線で女戦士を見る。
すぐにでも襲い掛かってきてもおかしくない程の、闘志と呼ぶには鋭く重い殺気という名の意志の光を、目に宿し始めた敵の姿を。
「今更、マキに寝返ろうとは。虫が良いにも程がありませんか?」
「……言い訳のしようもないのは認めよう。だが、マキーナ国の国の為なら、私の恥や想いなど何の価値もない!」
女戦士は叫ぶと同時に、何の迷いもなくプロディに襲い掛かる。
いくら余命幾許もないからとはいえ、国民の意見も無視して好き勝手生きていた小娘なんかに、これ以上国を任せておけないと思っていたから蜂起したのだ。
それが誰に理解されなくても国の未来を願い、己の評判すら犠牲にして、悪評に塗れて死ぬ覚悟すらしていたと聞かされた上に――
そんなマキの想いを知って尚、信頼を裏切り、地位を奪い取ろうとしている者なんかに自分の国を任せたいなんて、もう思わない。
(敵わないでも、せめて一撃だけでも!)
それが今まで誤解していたマキへの贖罪になるなんて、女戦士だって思っていない。
ただ自分の意地の為に、決死の覚悟で攻撃を仕掛けたが――
「貴女の力と国への想いは、ここで失うには惜しいですからね。私が統治する国で、防衛隊長として頑張って頂かないと困りますので」
あまりにも力の差が大き過ぎた。
プロディは一瞬で女戦士の意識を刈り取ったかと思うと――
「もう引き籠りの時間は終わりですか? お嬢様」
おそらく遺跡の中にあった、何らかの移動装置を使ったのだろう。
いつの間にか、視認出来る距離に佇んでいたマキへと極自然な様子で語り掛けた。




