第113話 最後のマーチャント
「う、嘘や。人間に、いや、上位の魔族にだって耐えられるようなモンやない……」
ウィアーが信じられないのも無理のない事だろう。
先程の攻撃は、ウィアー最大にして最強の切り札とも言うべき一撃だったのだ。
(神聖大金貨やで! 神の一撃と言ってもいい程の威力だった筈や!)
無論、強化された研一の身体に重症とも言える程の痛手を与えるような攻撃を、そう簡単に撃てる訳がない。
ウィアーの持つ商業魔法には金銭を使う物がいくつかあり、金額を増やせば増やす程、その効果は加速度的に増していくのだが――
商業魔法に攻撃魔法は通称『コインショット』と呼ばれる、硬貨一枚を使用して使う魔法しかなく、威力を出し難い。
そこでウィアーが使用したのが、神聖大金貨だ。
神と取引する為に遥か昔に作られたと言われており、今では各国の代表が一枚ずつ持っているだけと言われる高価な品である。
――あまりに貴重過ぎて、国家予算を総動員しても手に入れられるか解からないと言われている、世界で一番、高価なコインだ。
「どうした? これで仕舞いか?」
「しまっ――」
あまりにも研一の強さが予想を超え過ぎていて、戦いの最中である事すら忘れていたのだろう。
魔導人形を動かす事もせず、立ち尽くしているウィアーに研一は瞬時に近寄いたかと思うと、地面に引き倒して、そのまま抑え込むが――
「くっ、離せや! この色狂いの変態男が!」
どうやらウィアーは、研一に襲われるものだと思っているらしい。
必死で身を捩り、研一の手から逃れようと試みる。
「うるせえんだよ! もうてめぇは終わってんだ、大人しくしやがれ!」
(これ以上、何かされたら今度こそ死んでしまう!)
だが、研一にだって余裕はない。
もう一度同じ攻撃なんてされたら堪らないとばかりに、ウィアーの服が破れようがお構いなしに必死に抑え込んでいく。
「なんでや! なんでそれだけの力がある癖に、こんな酷い事しか出来へんのや!」
「酷い事してんのは、そっちだろうが! 言え! 何で魔導人形を壊してた! てめぇの目的は何だ!」
もはや抵抗しても無駄だと悟ったのか。
ヤケクソ気味にウィアーが必死の叫び声を上げるが、それに怯んで止まってやるほど、研一は甘くはない。
ウィアーの叫びに負けないように声に力を込めつつ、油断せず拘束する手に力を込める。
「魔導人形壊そうとしとったんは、そっちやろうが! 訳解からん事言うて、誤魔化そうとすんなや!」
「あ?」
だが、そこでウィアーの口から予想外の言葉が飛び出して。
何を言われているのか解からないとばかりに、思考が止まる。
――それでも拘束の手は、決して緩めなかった。
「ウチはプロディはんから聞いてんねんで、アンタの企みをな!」
戸惑い動けずにいる研一に気付く事も無く。
ウィアーは企みとやらの内容を、声高らかに話し始めていく。
「魔導人形を軽く壊す事で国の防衛力を不安視させ、マキはんの方から呼んでもらう形で国に侵入し、マキはんの信頼を得たところで防衛の要である魔導人形を今度は全壊させ、自分以外に頼れる者を失くして国を乗っ取ろうとしているいうんは、全てお見通しや!」
(え、いや、どういう事だ?)
突然の言葉に、さすがに研一も考えずには居られない。
これが拘束から逃れる為の、嘘八百である可能性は否定出来なかったが、嘘と言い切るには態度が本気にしか見えない。
(この話って前にプロディさんが襲ってきた時に言っていた事と大体同じだよな?)
おまけに、偶然で片付けて終わらせるには、ここまで推理の内容が被るのだろうかという疑問が残る。
どうするべきかと迷い、動けない研一であったが――
「マキはん、あのお嬢様はなあ、お前みたいなゴミ男が踏み躙っていい方やないんや!」
そんな研一の迷いを吹き飛ばそうとするように。
閉じ込めていた想いが噴き出したとばかりに、ウィアーは更に言葉を続けていく。
「ウチの国が魔族に攻め入られた時、どこの国もウチ等の救援要請に応えてくれへんかった。まあ商売の国言うだけあって、他の国が攻め入られても変わらず魔族と取引しとったし、助けろなんて虫の良い話や思うから、そこに恨みはあらへん」
正直、この件に関してはウィアー自身、当時の党首である自身の親に散々苦言を呈していたのだ。
いくら金払いがいいからって、もう魔族との取引は止めるべきだと。
だが、金を稼げる時に稼ごうとしないなど、商人失格だと異端視され、誰にも聞き入れてもらえなかったのだ。
(おまけにウチを生贄に救世主を召喚しようとしたんや。あんな連中、むしろ滅ぼされて清々したわ)
他国からの助けを借りられないならばと国の重鎮達が次に頼ったのは、神聖大金貨を用いた神の奇跡であり――
商売の神は対価が大きければ大きい程、見返りも大きくしてくれる事で有名だ。
そこで当時、商売の国の党首であったウィアーの父は、自らの娘ならば効果も絶大の筈だと神に捧げようとしたのだ。
――逆に、それが商売の神が、国を見放す最後の決め手になったのだから皮肉な話だ。
「どこの国も助けてくれず、もはや国と共に死に行く運命だったウチを救ってくれたんが、マキはん達やった……」
肉親からは生贄にされ、かつて友人や仲間と仰いだ者達から見捨てられ。
そこまで自分が苦しんでいるのに。
結局、召喚の要請に応じてくれない救世主に、自分は生贄になる価値すらないのかと絶望に包まれた瞬間――
『どこでも進める君』という名の空飛ぶ車で魔族達の群れを飛び越え、ウィアーに向かって裏切り者の上に役立たずか、なんて罵声を浴びせる党首達を蹴散らし。
ウィアーだけを車に乗せ、国から連れ出してくれたのが、マキとプロディであった。
――そして商売の国は滅び、商人魔法の使い手はウィアーしか生き残らなかったのだ。
「ウチは少しでもマキはんの恩義に応えようと、提案したんや。あの空飛ぶ車には軍事的に見ても大きい価値があるし、魔導人形をもっと戦闘向きに改造すれば、マキはんの支持だって上がるって」
どんな悪路でも自在に動ける上に、短期間であれば空も飛べる『どこでも進める君』は、日常生活においても便利だが、軍事的な利用価値も凄まじいモノがある。
魔導人形の強化に関しては、わざわざ語るでもないだろう。
「けど、今の時期にそんな事をすれば機械は兵器という印象しか持たれなくなってまう。それは長い目で人類を見ると良くない事になると、マキはんは断ったんや」
だが、機械の軍事的価値に、生みの親であるマキが気付いてない訳がない。
気付いていて尚、目先の事より世界の将来を考え、あえて日常品として扱おうとしたのだ。
――その未来に自分が居ないと理解していただろうに。
「解からへんというか気にもしてへんやろ。なんで自分が作った機械に何でもかんでも名前を付けたがる、あのマキはんが何で魔導人形だけは愛称付けへんのか」
「……」
研一は、静かにウィアーの言葉に耳を傾ける。
言われてみて気付いたが、確かにおかしい話であったし。
熱を帯びたウィアーの言葉に、本当にウィアーが魔導人形を壊していた犯人なのか解からなくなってきていたから。
「名前を付けてしまって愛着が出れば、壊される事に我慢出来なくなって限界まで改造したくなるからや。そうなれば機械は完全に兵器やいう印象を拭えなくなるさかいな」
そこまで言い切ったところで、ウィアーは微かに、笑う。
それは敗北を悟って諦めた果ての笑い、ではなく。
時間稼ぎが成功した事を確信しての改心の笑みであった。
「これは――」
騙されたなんて研一が思った時には、遅かった。
いつの間にか魔導人形達に取り囲まれていた上に、その魔導人形達が全身から蒸気を噴き出し始めるという、ただならない様子を見せている。
「マキはん、堪忍な……」
そして、ウィアーの短い呟きが聞こえた瞬間。
六体の魔導人形が、一斉に爆発を引き起こしたのであった。




