第109話 それは灰色と呼ぶには黒過ぎて
「……申し訳ありません、無駄話が過ぎましたわね。それで、研一様がお聞きになりたい事は何ですの?」
自分の不幸に研一が怒りを覚えるのを感じたマキは、自らの頬を僅かに緩ませつつ。
それを悟られないように、話題を逸らす。
「あ、ああ。昨日アンタが話してた、商人の女の情報が知りてえんだが――」
「……ウィアー様ですか。愛想が良くて元気な方ですし、気になってしまうのも解かりますわ」
けれど、わざわざ研一が訪ねてきてくれた理由が、別の女の話だと知らされて、声に力が無くなっていく。
先程までは舞い上がりそうな心が、一気に、どん底にまで落ちていきそうな程であった。
(……無理もありませんわ。わざわざ足を運んで下さったというのに、お茶の一つもお出しせず、機械を弄っている油に塗れた女ですもの。他の女性に目移りするのが自然の摂理というモノ)
恋焦がれる異性が自分に会いに来てくれたのだ。
本当はマキだって、お洒落をして出迎えて、楽しくお話なんてしていたい。
他の女に目移りなんてさせないよう、精一杯、女としての魅力をぶつけたいのだ。
(ですが、私が生きている間に、これだけは完成させないといけませんの……)
それでも自分の個人的な恋心を、国やプロディよりも優先させる事なんて出来ない、
残り少ない命だと自覚しているからこそ。
化粧の一つもせず機械を弄っている姿なんて、研一に見せたくなくとも追い返さないのだ。
党首としての責務も果たしつつも、恋焦がれる人と話せる時間を少しでも長く噛み締める為に。
「ウィアー様を口説くのでしたら、職業柄、お金が好きそうに思われそうですが、人情に篤い情の深い方ですので――」
そんなマキに、好きな人からの質問に答えないという選択肢はない。
研一がウィアーに女として興味を持ったのだと思い、誠心誠意、自分が知る限りの情報を伝えようとするが――
「……急に何の話をしてるんだ?」
研一からすれば、突然何を喚き出しているんだという話だ。
きょとんと戸惑った表情を見せたのは数秒。
すぐにマキが何を言いたいのかを察して、自分の物言いの悪さに顔をしかめて反省する。
「あの女を抱きたいって話じゃねえよ。俺が今、抱きたい女は、てめぇだけだからな」
「え、あ、その、ありがとうございます」
「契約の代償に抱かれるってのに喜んでじゃねえよ。気持ち悪い女だな」
「ふふ、申し訳ありません」
楽しそうに笑うマキの声に、研一の胃が色んな意味で痛む。
(……なんで、こんな人の前に現れた男が俺みたいな嘘吐きなんだよ)
努力も何もかも踏み躙るなんていう、悪党演技で接している事も申し訳なければ――
そんな悪党でも本気で愛してくれるなら構わないという気持ちさえ、踏み躙っている事だって今すぐにでも謝りたいくらいなのだ。
――プロディから、踏み躙られる事を知った今でも、マキが自分の事を好きだと研一は聞かされていた。
「それであの女の話だがよ。アイツが魔導人形を破壊しているって可能性は、ねえのか?」
けれど、自分の都合で騙しておきながら、被害者面する資格なんてある訳がない。
そんな自己満足に浸るくらいなら、マキが命を削ってでも守ろうとしている国の為に出来る事をしようと、今にも土下座したくなる気持ちを研一は必死で押し殺し。
振り切るように本題を切り出していく。
「ウィアー様が魔導人形を?」
「ああ。何でもアレが壊され始めてからタイミング良く現れたんだろう? どう考えても怪しいじゃねえかよ」
「確かにこちらからお呼びした訳でもないのに、丁度良い時期から来て下さるようになりましたが……」
「……他に何か魔導人形関係で、あの女に気になる事はないか?」
「そうですわね。今回みたいな例外はありますが、基本的には私が発注を掛けなくても、修理に必要な部品を持ってきてくれますわ」
(もう真っ黒だろ、それは……)
どう考えても、ウィアー自身の手によるマッチポンプにしか思えない。
国とか魔族とか関係なく。
単にちょろい金づるのマキを騙すのに自分の存在が邪魔になりそうだから、悪感情を向けていたんじゃないかと研一は考え始める。
「……よくもまあ、そんな怪しい女と取引なんてしてるな」
「怪しいだなんてそんな。先程も言いましたが、商人なんて職業をしているから誤解されがちですが、本当に心優しく情に厚い良い方なんですわよ?」
(駄目だ、これは……)
世間知らずで友達も少ないお嬢様っぽいし、数少ない話し相手となれば目も曇らざるを得ないのだろうと、研一はマキの説得を諦めると――
もうウィアー本人を本人を捕まえて、尋問してやろうと心に決める。
「ところで、この機械。完成まで後何日くらい掛かるんだ?」
そして、最後に確認しなければいけない事。
この『魔人だって安全に産めるでしょう』の進捗を訊ねていく。
これさえ完成してしまえば、もうウィアーを放っておく理由なんて、どこにもないとばかりに。
「余程の問題でも起きない限り、試運転も含めて一日か二日くらいでしょうか?」
機械の完成時期なんて聞いてどうするのか。
と疑問の声を上げるマキであったが――
「忙しいのは解かるが、こうして顔もマトモに見れない状態で話すのは、何か寂しいだろうが」
「…………」
半分くらいは本音混じりに放たれた、研一の誤魔化しの言葉に。
耳まで赤くして、黙り込むくらいしか出来なくなってしまったのであった。




