1-8
東の山脈を登る悠の足取りは重かったが、その目には迷いはなかった。険しい山道を抜け、冷たい風が吹き荒れる山頂にたどり着くと、目の前には巨大な洞窟が口を開けていた。その中から放たれる魔力の波動は、肌に刺さるような鋭さを伴い、空気を震わせている。
「これが竜種……。」
悠は深呼吸し、拳を握りしめた。
シアから竜種の存在を聞かされていたが、いざその力を目の前に感じると全身の緊張が解けない。
洞窟の中は薄暗く、壁面には古びた紋様が刻まれていた。歩を進めるごとに魔力の密度が濃くなり、まるで別世界に足を踏み入れたかのようだった。そして奥に進むと、それはいた。
漆黒の鱗に覆われた巨大な体。鋭い爪と牙を持つその姿は、悠の想像を超える威圧感を放っている。竜種――伝説に語られる最強の存在。その目がゆっくりと開き、深紅の光が悠を射抜いた。
「ほう……150年ぶりか。」
竜は低い声で言葉を発した。その声は洞窟全体に響き渡り、悠の胸を震わせる。
「この巣穴に、人種が踏み込むとは珍しいな。命を捨てる覚悟があってのことか?」
悠は震えを抑えながら一歩前に出た。
「俺は修行の一環としてここに来た。お前を討つことが、俺の試練だ。」
竜は一瞬沈黙し、それから笑い声を響かせた。
「修行の一環だと?愚かだが、面白い。いいだろう、かかってくるがいい。だが覚えておけ、人間よ――この命を賭ける覚悟なしには、竜を討つなど不可能だ。」
悠は深く息を吸い込み、拳を握りしめた。
「覚悟なら、とっくにできている。」
――
竜種はその巨大な体を起こし、空間そのものを震わせるような咆哮を上げた。それと同時に、灼熱のブレスが悠に向かって放たれる。悠は即座に魔力を脚に集中し、ブレスを横にかわした。炎の熱が洞窟の壁面を焼き、岩が崩れ落ちる。
「速さだけはなかなかのものだ。」
竜が嘲笑混じりに言う。
「だが、それだけで竜に勝てると思うな。」
「速さだけじゃない!」
悠は叫び、拳に魔力を集中させた。風の属性をまとった拳が空を裂き、竜の巨体に向かって放たれる。しかし、竜はその攻撃を受け流すように片爪を振り上げた。
「悪くない。しかし、人種の力は所詮その程度か。」
竜は悠を挑発するように目を細めた。
悠は歯を食いしばりながら体勢を立て直した。
「まだまだこれからだ。」
悠は魔力の循環をさらに高め、炎と大地の属性を拳に融合させる。その拳が竜の鱗に直撃し、鈍い衝撃音が洞窟に響いた。竜が一瞬だけ体を揺らしたのを見て、悠は手応えを感じた。
「やるではないか、人間よ。」
竜は笑みを浮かべながら再び咆哮した。
「ならば、次はこちらの番だ!」
竜の尾が唸りを上げて振り下ろされる。悠は間一髪でかわしたが、その衝撃波だけで体が吹き飛ばされた。岩肌に叩きつけられた彼は、全身の痛みを感じながらも立ち上がる。
「簡単には倒れないところは評価してやろう。」
竜が言う。
――
戦闘は数時間にも及んだ。悠は何度も倒されながらも立ち上がり、その度に自分の限界を超えていった。そしてついに、彼は自らの魔力のすべてを解放する決意を固めた。
「これが最後だ……。」
悠は拳を握りしめ、全身に魔力を巡らせた。
「全属性を込めて、お前に一撃を放つ。」
竜はその言葉に目を細めた。
「ならば受けて立とう。その覚悟に応えよう。」
悠は目を閉じ、体内の魔力を風、炎、水、大地――そしてそれぞれの上位属性へと調和させた。空間を裂く風、すべてを焼き尽くす炎、時間すら刻む水、そして闇の重圧が彼の拳に集約される。
「いくぞおおおおお!」
悠は叫びながら竜に向かって突進した。
竜もまた、その口からブレスを放つ。その衝撃が洞窟全体を包み込む中、悠の拳はその中心を貫いた。
爆音が響き渡り、光が洞窟を埋め尽くす。竜の咆哮が最後に響き、そして静寂が訪れた。